猫の死

 夕方のことである。
 近くのコンビニに買い物に行って、パンを買って帰ろうとしたら、目の前の連雀通りが渋滞していた。
 先頭の車が進もうとしないのだった。
 どうしたのだろうと思って先頭の車の先を見てみると、道の真ん中にうごめく物体があったのだ。
 猫であった。
 対向車線から跳ね飛ばされてきたようだった。
 猫は激しくうごめき、口から血を吐いていた。
 近所でよく見かける猫だった。
 異変に気づいた通行人の足が止まる。
 猫はまだうごめいている。
 渋滞の先頭の車はまだ動かない。
 後ろの車は不思議と、事態を認識しているかのようにクラクションを鳴らさず、アイドリングのまま停止していた。
 突然猫の動きが止まった。
 まるでCDラジカセのボリュームをすーっと落としたかのようだった。
 「あ、死んだ」そう思った。
 先頭の車から運転手が降りてきて、猫を道路の端の方に引き寄せた。
 そして、その物体から目をそむけるようにして再び車に乗り、後方の渋滞の様子を振りかえるようにして見てから、走り去っていった。
 蕎麦屋のおじさんが「保健所に・・・」と言っているのが聞こえた。

 動物の命がなくなるその瞬間を見るのは初めてだった。
 「かわいそう」という言葉が出なかった。
 もしも人づてに話を聞いたならば、「かわいそう」という言葉が出たかもしれない。
 しかし、それは間違ってる。
 実際、「あー・・・」しか言えない。
 「かわいそう? じゃあ代わってくれ!」って言われたらどうする?

 由緒ある祈りの言葉なんか知らないが、生まれ変われたらもっとさりげない死に方で一生を終われますようにと、猫のために上に向かって手を合わせてみたが、どうなるものか。
 稽古に行っても目に焼きついた映像が強烈過ぎて、しばしば放心状態に陥ってしまった。
 中山君や竹内君に「今日は元気ないですね」と言われたが、ちょっと出せる状態ではない。

 夜、望めぐから電話。
 稽古のことや劇団漠のことなど色々話す。
 彼女も色んな意味で人生の転機が訪れようとしているみたいだ。