ダイナモの話

 昨日の酒が微妙に残った平日の幕開けである。
 二日酔い一歩手前という感じが何とも生ぬるく気色悪い。
 「いっそひと思いに!」
 と心の中で哀訴。

 その酔いも正午過ぎには空腹感にとってかわる。
 昼になれば上着を着なくても外を歩ける。
 どうやら春が来たようだ。
 まるで片栗粉の貯蔵庫が大爆発したみたいに花粉が飛んでいる。
 いや、飛んでいるというより、たちこめている。

 去年の4月、飯野の芝居で音響をやったのだが、その時に主演のオギノ式と話したことがある。例によって下らない話だが、思い出しながら書いてみよう。
 まず、オギノ式が突然、気になる言葉の話を始めた。

 「『ダイナモ』って言葉、気になりません?」
 「ダイナモ? 発電器のかい?」
 「ええ。響きというか意味というか、気になって気になって」
 「なるほど。確かに『言いごたえ』のある言葉だね」
 「芝居のタイトルになりませんかねえ」
 俺はしばし考えた。そして花粉のためにくしゃみをした。
 そして突然思いついたのだ。

 「『ダイナモ杉』なんてどうだい?」
 「どんな話ですか」
 「その杉は、見た目は普通の杉なんだ」
 「はいはい」
 「ところが彼は、恐るべき野望の持ち主だった」
 「『彼』ですか?」
 「そう、『彼』だ」
 「どんな野望です?」
 俺は青梅街道に視線をずらしてはぐらかす。

 「杉はなぜ、花粉を飛ばすのだろうね?」
 「はあ?」
 「なぜだと思う?」
 「…そりゃ、受粉させるためでしょう」
 「そうだ。受粉だ。じゃあ、なぜ受粉させようとするんだい?」
 「子孫を残すためですよ」
 「その通りだ。この地上に生きとし生けるものはすべて、子孫を残すという競技に参加するアスリートなのだ」
 「スプリンターですか」
 「違う、アスリートだ。でも、どっちでもいい。とにかく、競技上は人も杉も同じ土俵に立っている」
 「関取ですか」
 「アスリートだ」
 オギノ式も青梅街道に視線を移し、俺の説明を吟味する。

 「さて、花粉症がこれだけ取り沙汰されたのは、いつくらいだったか覚えているかい」
 「かれこれ10年前くらいじゃないでしょうか」
 「そう。以前にはそのような病気はなかった。あったとしても症例は現在より確実に少なかったわけだ」
 「50歳くらいの人が、最近花粉症になったりしてますもんね」
 「なぜだと思う?」
 「花粉の量が増えたんじゃないですか? 戦後の大量植樹で杉が増えたっていいますから」
 「しかし、昔から杉が沢山生えている地域はどうなるのだ? その周囲に済む人間は昔から花粉に悩まされていたのか?」
 「それじゃ、杉の種類が変わったとか」
 「いや、ただの杉なら問題はない」
 「どういうことです?」
 「彼だよ」
 「彼?」
 「ダイナモ杉だ」
 突然荻窪上空に暗雲がたちこめ、不吉なカラスの群が阿佐ヶ谷方面上空から四面道を右折し、環八を関越練馬インターチェンジ方面へと飛んでいく。

 「ダイナモ杉…やつは何者なんです?」
 「この季節が来るまでは大人しく、普通の杉のふりをしている。しかし、ひとたび花粉の季節が到来すると、自ら回転するのだ」
 「回転!」
 「ダイナモだから」
 「なるほど、発電器みたいな動きをするわけですね」
 「そして辺り一面に花粉をまき散らす」
 「すげえ。まるでナウシカに出てくる腐海の植物みたいだ」
 「話はそれだけではない」
 「まだあるんだ」
 「やつは突然変異体なのだ。そして、世界征服の野望を抱いている」
 「世界征服?」
 「子孫の話をしただろう?」
 「はい」
 「花粉症になる人々の目や鼻の粘膜には、当然のことながら花粉が付着している」
 「はい」
 「…そして杉の目的は、受粉だ」
 「ちょっと待って下さい博士! それはつまり…」
 「そう、やつは我々の粘膜に、己の子孫の種を着床させようとしているのだ」
 「なんて恐ろしい…」
 「幸いなことに、まだくしゃみ鼻水で済んでいる。しかし来年あたり、杉になりかける人間が現れるかもしれない…そして…」
 「…そして?」
 「杉になってしまった人間達もまた、ダイナモ!」
 「ダイナモ!」

 その後しばらく我々は「ダイナモ!」「ダイナモ!」とカー用品店の地方CMの売れないお笑いコンビみたいに叫び合ったのである。

 このネタを芝居にするという話は、お互いそれから一度もしていない。
 そして、杉になってしまった人間の噂も聞かない。