終電逃したフランス人

 NHKの連ドラ、「オードリー」が、来週で終わるらしい。
 どういうわけか、昨年の10月に始まって以来、コンスタントに見続けている。
 こんなことは、「スクール・ウォーズ」以来だ。

 おかげで登場人物それぞれの行動ベクトルが、今では手に取るようにわかるといった次第。
 昨日など、長島一茂の演技に思わず飯を食う箸をぽとりと落としてしまった。
 だって、格好良かったのだもの。

 あの一茂が、こんな芝居をするなんてと、感動してしまいました。私。
 これは作品の力というよりは、時間の力が大きいのではなかろうか。

 つまり、NHKの連ドラは2クール、半年間放送されるから、出演者やスタッフを含めた現場の空気がじっくりと醸成される。
 それだけ時間があれば、今回みたいに若い役者が沢山出ているドラマだと、雰囲気がすごく良くなるのではないか。
 民放のドラマが地獄のようにつまらないのは、1クールものばかりだからだろう。
 1クールものだと、シナリオそのものの面白さに頼るしかないのではないか。

 昼、台本を書く。
 構成を大幅に変えてみようと思い、今まで書いたものはそのままにして、全然別のシーンから新しく書き出してみた。
 今まで書いたものは、ある大学教授の家の縁側で、先生を囲んでバーベキューをするべく教え子達が集まるところから始まっている。
 今日書いたものは、会議室でいきなり始まる会議、という書き出し。何の会議なのか、そういう部分を謎にしておき、後半で解き明かすスタイル。
 両方とも、アカデミックな感じにすることが出来るので、場合によっては合体させることになるかも知れない。

 夜、マラソン。
 久しぶりに葛西橋を渡る。
 夜の荒川は実におっかない。
 お化けが出そうだし、ちょっとつまずいたら落っこちそうになるくらい柵が低いし、おまけに川面まで30メートルはあろうかというくらい橋の位置が高いのだ。
 

 大学に入って間もない頃だ。
 忘れもしない初舞台の千秋楽が終わり、先輩3人と武蔵小金井の「やる気茶屋」で飲んだのだが、地下鉄東西線の終電を逃してしまった。
 実家の西葛西から二駅離れた、東陽町行きには乗ることが出来た。
 東陽町から実家まで歩こうとしたのだが、突然外人に呼び止められた。
 浦安に行くにはどうしたらいいかと、片言の日本語で尋ねられた。
 歩くしかないということを、片言の英語とジェスチャーで説明した。
 すると彼は、途中まで一緒に行こうと、これまた片言の日本語で言った。
 確かに葛西橋を渡るまでは、道は一緒なのだ。

 東陽町から西葛西までは、大体歩いて5キロほどあり、小1時間かかった。
 その外人も片言で、俺も片言である。
 片言コンビはトコトコ歩き、確実に互いの情報を収集した。
 とりあえず、彼にこっちが大学生であることを納得させるのに10分くらい費やした。
 そして、彼が実はフランス人で、英語はあまりしゃべれないと言うことを理解するのに、同じくらいかかった。

 葛西橋にさしかかったときに、彼は目を見開いて立ち止まった。
 その日は夜になると急に気温が下がり、橋は濃霧に包まれていたのだ。
 ただでさえ暗くておっかない橋である。
 その橋を濃霧が包み込む様は、原住民の俺でさえ怖気をふるうに十分だった。

 彼は、霧が晴れるまで渡らないと言うことを5分くらいかけて説明した。
 俺は、この霧は天然のものであり、有毒ではないということを、深呼吸のジェスチャーを駆使して10分くらいかけて説明した。
 双方合意に達し、片言コンビはゆっくりと橋を渡った。

 葛西橋は800メートルくらいある長い橋である。
 歩いても歩いても向こう岸に着かない。
 フランス人はどうも俺に対して少しばかり疑いの気持ちを持っているらしく、2メートルほど後ろを歩いた。
 それは日本人も同じことである。もしも名うてのホモ外人だったりしたら、どうやって身を守ろうかということを考えながら歩いていた。

 15分くらいかけてようやく江戸川区側に着いた。
 フランス人はほっとしたのか、急に陽気になって喋り始めた。
 片言の日本語に、英語とフランス語が混じり、日本人は混乱したが、いくつかの単語や言い回しから、彼が21歳であることと、仕事なのか趣味なのかわからないが、六本木でギターを弾いているということがわかった。

 西葛西に着き、日本人はそこから浦安へのルートを説明した。
 フランス人はフランス風になめらかにうなずいた。
 そして握手をして別れた。
 夜の1時半だった。

 
 マラソンしながらそういうことを思い出した。
 葛西橋はあの頃と全く変わっておらず、おっかなかった。
 せめて柵を高くして欲しいもんだ。
 なにせ、俺のへそくらいの高さしかないのだ。