餃子は現象である

 ダイナマイト浅香も、最近マラソンを始めたようだ。
 一説によると、体重のインフレが進んだためだという。
 夜中の12時に走っていると言う。確かに、ダイエットのためにこつこつ走っているのを誰かに見られるのは、気持ちのいいものではない。
 俺も走るのは大抵夜だ。

 だが、朝のマラソンという、PHP文庫的なライフスタイルに、一種の憧れを抱いているのも事実である。
 スローガンは、
 「朝のマラソンは犬と」

 犬はいないが、やはり朝のマラソンはどこか特別である。
 夜のマラソンというと、売れないプロレスラーが修業先のアメリカで、涙の味するパンを食いながら、俺もいつかは極上のワインと血のしたたるステーキを腹一杯食いたいなあとつぶやいてるみたいな、臥薪嘗胆の趣がある。
 ところが、朝は違う。

 ニューヨーク。保険会社に勤めるボビーの一日は、朝一番のマラソンから始まる。
 汗を掻いた体をシャワーで洗い流し、ライ麦パンと特性野菜ジュースの朝食をとり、朝の10時に出社。

 新陳代謝の活発なアメ公みたいだ。

 しかし、筋金入りの夜型で、日付変更線を股に掛けるような人生を送っている俺にも、朝のマラソンは効果があるのか。
 一度実験してみたいと思っていた。
 幸い今日は仕事が休みである。
 朝飯を軽くとり、足取りも軽やかに朝の町へ繰り出してみた。

 結果。
 非常に疲れた。
 汗をかくまで走るうちに眠気もとれるだろうと思っていたのだが、事態は全く逆で、汗をかけばかくほど体は重くなり、そのうちに汗さえ出なくなった。
 これはいかんと思い、25分くらい走ってうちに帰った。
 シャワーを浴び、アクエリアスを飲んで、ほっと一息ついたが、すぐに眠くなってしまった。

 結局夕方まで台本を書いたりして起きていたのだが、眠気はついにとれなかった。
 いきなり健康なことをしたからいけないのだろうか?
 それともいつもみたいに、健康なライフスタイルを、体が拒否しているのだろうか?

 夕飯を食ってから、寝る。
 6時半である。
 当然、本寝ではない。
 そんな早い時間に寝たら、夜眠れなくなるのはわかっていたのだが、もはや眠気に耐えられなかったのだ。

 10時にPHSが鳴る。
 番号非通知のコール。
 「おいおい、誰だこんな時間に? はっきり言って俺は後ろ暗いことが山ほどあるぜ」
 松井智美さんからだった。

 1時間半ほど、色々話す。
 台本のことばかり考えているせいで、話を餃子に持っていくことが多かった。

 「考えたんだけどさ、結局餃子は、皮が主人公なんだと思うんだ」
 「そうですか? 中身とのバランスも…」
 「もちろんあるよ。だけど、皮があって、あの包み方で包んでしまえば、中身がなんだろうと大抵は餃子になるんじゃない?」
 「ははあ」
 「もっと言えばさ、あの包み方をしなければ、たとえ中身が挽肉とニラとにんにくでも、それは餃子じゃないんだよ」
 「どういうことですか?」
 「たとえば、皮で二つ折りにするだけなら、それはきっと餃子じゃない」
 「なんですか?」
 「八ツ橋だ!」
 「おおー」
 「もっと言うなら、餃子は食べ物ですらないのかも知れない」
 「食べ物じゃない?」
 「皮と、中身と、あの包み方。この3要素が作り出す、現象なのかも知れない」
 「ぎょ、餃子は現象だったんですか」

 電話を切ると11時半だった。
 案の定、目が覚めてしまった。
 しかし気にせず、台本を書き始める。