ハッスル真紀子

 呑気な日曜日を味わいたくて、昼の間はほとんど何も考えずに過ごした。
 昨日、一昨日と、稽古で頭を使いすぎたため、ブドウ糖が枯渇してしまった。
 何事も限度を超えるのはよくない。
 でも、限度を超えるのが好き。

 夜、テレビで長野智子が、
 「女子アナはテレビで泣いたら駄目。女子アナはトイレで泣くの」
 と言ってた。
 名言だと思った。

 田中外相の周辺が慌ただしい。
 外務官僚との衝突が紙面を賑わしている。
 外務省の体質を批判するのは易しいが、そうなったのには理由があるはずだ。
 なぜだろう。
 日本の外交を司ってきた数十年の間に培われてきたノウハウが、もはや一般の人にはわからないほど高度に専門化されてしまったのだろうか。
 多分、あまり公には出来ない、手を汚すような外交手段があるのだろう。

 以前、捨て犬処理場のドキュメンタリーを見たことがあるが、その存在を我々の日常生活にどーんとさらけ出したとする。
 大変なことになるだろう。
 なにしろ、保健所がかり集めた犬を、ガス室に集め、毒ガスで皆殺しにし、バーナーで焼いてしまうということを、機械的に定期的におこなっているわけだから。
 そのドキュメンタリーでは、さすがにガス室の様子は映してなかったが、声だけは聞こえた。
 悲鳴がどんどん消えていくのだ。
 
 かといってその施設をなくしたらどうなるか。
 今から25年ほど前に、野良犬によって通学途中の小学生がかみ殺されるという事件が頻発したのだが、その当時の世論は、野良犬は捕獲して薬殺すべし、だったと思う。
 たぶん、そうなるのではないか。

 結局、清と濁が混然となっているのがこの世界なわけで、濁であるからいけないと、一概には言えないのだな。
 コレステロールみたいなもんで、善玉と悪玉の判断こそが重要だったり。
 となると、外務省の問題も、ただ旧弊を打破するだけでは、どうにもならないような気がする。
 その、弊の部分を吟味して、善玉か悪玉かを判断しつつ改革するということになると、その仕事は外務大臣ではなく、そのブレーンの役割ではないかと思えてくる。
 仕事の質から、外務大臣じゃ目立ちすぎてしまう。
 
 田中真紀子さんは、その辺をわかった上で、顔に徹する方がいいのではないか。
 今暴れたら、寝た子を起こさないだろうか、それが心配だ。