靖国参拝

 なぜか突然母に、靖国神社参拝についての意見を求められた。
 急には答えられず、お茶を濁してしまったのだが、おかげで仕事をしながら一日中そのことについて考えてしまった。

 要するに、靖国神社を、参拝するだけで諸外国を揺るがす神社のままにしてあるのが、一番良くない。
 東条英機などの戦争犯罪人を弔ってあることが問題なわけだから、やはり別々にしておいた方がよい。
 というか、何とかする気はないのだろうか?
 何か問題があるのだろうか?

 最近の日本は妙なところで右傾化しているように思う。
 靖国神社については、このままの状態で参拝するのは、「各方面からクレームをつける隙をあたえる」という意味で、よくないと思う。
 なぜ、外交的にも「日本のアキレス腱」となったままの状態にしておくのだろう?
 わからん。
 このままでは、靖国神社の存在が、政治的踏み絵になってしまう。
 その方が、国を守るために戦った無数の英霊達に失礼ではないのかね。

 俺個人は、靖国神社に参拝したいなんて、まったく露ほども考えていない。
 国のために死んでいった魂に敬意を表するなんて考えは、ただの人柱礼賛的センチメンタリズムに過ぎないと思う。
 が、それをしたがる人の気持ちはわかるから、特に止めはしない。

 大体、俺が一番嫌なのは、原爆ドームを間近に見て、すぐ涙したりする連中だ。
 過去に起きた惨事に対して、現在に生きる我々は、圧倒的に、完膚なきまでに、無力なはずだ。
 泣くなんてむしろ侮辱だ。

 原爆ドームを見た瞬間、人の原罪に恐れおののき発狂し、喉をかきむしって死ぬのは、反応としては正しいかもしれない。
 でも、そんなことできるわけがない。
 だから、そういう負の文化遺産を見たとしても、俺は何の感想も言わない。

 なぜこの時期のテレビが嫌かと言うと、特番などでレポーター連中が、例えば原爆ドームや、焼夷弾の跡や、記録写真などを見て、何かの感想を言ってしまうのを観なくてはいけないからだ。
 頼むから何も言うな、と思う。
 が、それ以前に、なぜレポーターに喋らせる?
 なぜ、カメラで映すだけにしない?

 面白いのは、小泉首相の靖国参拝について反発している野党の、その反発理由が、主に外交上の問題となっていることだ。
 「戦犯が祀られている神社に首相が参拝するのは云々」
 という意見は、すでに出尽くしたから言わないのか?
 そうなのか?

 たかが神社に、総理大臣が参拝するだけで、大問題になってしまう社会構造は、構造改革のリストから外れているのか?

 とにかく、この問題は、どっちの立場にせよ、声高に主張する奴ほど胡散臭いと思う。
 口角泡を飛ばしあう中、ひっそりと戦友に線香をあげるじいさんは、多くを語ってないと思うぜ。