次回作の覚え書き

 淡々とした一日だった。
 まるで、草食動物みたいな。

 読む本のストックはなくなり、新しく書いている台本の方は、どうやら雪隠詰め。
 小松からの手紙には、俺の書く台本について、色々示唆に富んだ意見が書いてあった。
 その意見を生かすには、書き方を考え直した方がいいのだろうか。

 今までは、書ける時に一気に書いてしまうやり方をとっていた。
 無理して書くと、つまらないものを書いてしまうから、書いていて自分が面白く思える時以外は書かない、というやり方だ。
 この方法だと、のってる時はいいものが出来るのだが、そうでない時に1ページも書けないという事態が起きてしまう。

 やはり、毎日コツコツ書いていくやり方をとった方がいいのだろうか。
 昔はそのやり方だったのだが、表現が緻密になると、言葉が生の役者にそぐわなくなってしまうのだ。
 つまりは、書き言葉の台本になってしまうのだ。
 そのあたりの微調整が難しい。

 さて、現段階では、どの辺まで出来ているのか?
 まとめてみよう。

 山間に、小さな村がある。
 戦後間もない頃、その村で心中事件があった。
 陸軍の兵站について極秘に研究していた初老の学者が、村の女と心中したのであった。
 しかし、どういうわけか、その女の死体を見た者は一人もいなかった。
 昭和30年代に入り、その村を若い女が訪れ、心中事件にまつわる話を村人から集めはじめた。
 彼女こそ心中した女の妹であった。
 姉の死に、己の血にまつわる不条理な何かを予感し、姉が見たものは何であったのかを確かめに、村に戻って来たのである。

 こんなとこか。
 しかし、どうも設定がどす黒い。
 大江健三郎みたいだ。
 民間伝承や、不思議な出来事はあってもいいのだけど、死の影が濃すぎると、ただのホラーになってしまいそうでいやだ。
 ホラーなんて、小説や映画の蓄積が全然ないから、面白いものを書く自信がない。

 まあ、あせらずコツコツいくしかねえか。