「弥勒」の衝撃

 篠田節子「弥勒」読み終える。
 読み終えてからボーっとする体験を久しぶりにした。
 途方もない読後感だ。

 読み始めた頃は、現在のアフガニスタン情勢と重ね合わせつつ、自分の中で勝手に善と悪の区別をつけていたのだが、主人公がパキスム王国に潜入したあたりから、価値観の逆転現象を何度となく味わわされることとなった。
 これはある意味で、物語の主人公と同じ目にあっているといえる。
 それだけ本の中に入り込むことができたのは幸せだったといいたいところだが、普段心の奥のスポットがあたることのない場所を、1キロのライトで照らされるみたいな、居心地の悪さを感じながらの読書というのが実情で、本を読むことで魂が磨り減っていくような心地がした。

 物語の舞台となるパキスム王国は、架空の国家らしいが、細かいところまで描写が行き届き、地理に詳しいものでもうっかり信じてしまいそうなほどだ。
 現実の世界では、タリバンはその急進的な宗教政策に破綻をきたしつつある。
 しかしこれからも、アンチ「急がば回れ」式の集団は、性懲りもなく同じ行為を繰り返すことだろう。
 それはイスラムとは限らない。
 日本でないとは、決して言い切れないのだ。
 いや、むしろ日本という国は、そういう集団を育む土壌の地味が肥えているといえよう。