山茶花究の飲み方

 天気予報では、雪が降るかもしれないとのことだった。
 朝、外に出てみると、なるほどと思うくらい寒かった。
 昼休みに外へ出てみたら、みぞれまじりの雨が降っていた。

 「安兵衛」で野菜炒め定食を食い、「PRONTO」でコーヒーを飲みながら「ゲド戦記?」を読む。
 本を20分ほど読んでから会社に戻るが、体がタバコ臭くなっていた。
 吸わなくなると、こうした匂いに敏感になるらしい。

 夜、珍しく豚の角煮などを肴に日本酒を飲む。
 もともと肴にはあまりこだわらないほうで、つまみなしに焼酎をストレートで飲むなんてことをしてきたのだが、酒と長く付き合っていくためにはやはり、空腹のままで飲む習慣は絶たないといけない。

 山茶花究という、今はもう亡くなった役者さんのエピソードで、最初の1杯を飲む時は話し掛けるな、というのがある。
 酒が喉を通り、腹に沁みわたり、酩酊の兆しが血管を駆け巡る瞬間を、全霊をかけて味わい尽くすことこそが、酒飲みの本懐であるというのだ。
 お喋りをしたり、つまみを食ったりするのは、「ほんまもんやない」のだそうな。
 こうなると酒飲みも命がけだ。

 夜、実家にて、なぜか「婦人公論」なんぞをぱらぱらめくる。
 亭主の節約ルポが載っていた。
 月に貰う小遣いが3万円程度で、節約をすることで仕事帰りの「ちょっと一杯」分をなんとか捻出するサラリーマンの記事だ。
 金があったバブル時代より、豊かな生活に見える不思議さはどうしたことだろう?

 「旦那の小遣い」制度は日本独特のものらしい。
 専業主婦が当たり前だった時代の遺物だろう。
 対等であるべき人間関係に、「小遣い」などという概念が入り込むということは、おかしいことなのだ。

 例えば、たとえを逆にしてみるが、妻が外で働き、夫は家で主夫をしているとする。
 妻の収入を夫が管理し、月の初めに「これ、今月の小遣いね」と言って5万円などを渡したりする、そんな関係は、とてもおかしいと思う。

 それでも不満を感じず、幸せに暮らしていけるならいいが、こんなくだらないことからどす黒い不満の芽が育ち、暗黒家族が出来上がるなんてことだってあるのだ。
 そんな家で育たなくてはいけない子供の立場はどうなるのだ。
 やはり、夫婦とはいえ、金のことはシビアにするべきだろう。
 「小遣い」などという曖昧な明細にせず、細かい項目に分けるべきだ。