扇子に淫語

 昼過ぎに起きる。
 キャベツと豚肉があったので焼きそばとお好み焼きを作った。
 お好み焼きは意外と腹持ちがいいということを再確認する。

 銀行に行き金をおろし、スーパーでコーヒーフィルターを買う。
 ほんの少しの外出なのにずいぶん寒かった。
 しかし2月も半ばを過ぎれば春の足音が援軍の軍靴のごとく聞こえてくるはずだ。
 もっとも進軍の砂塵には花粉が多量に含まれ、とばっちりを食う人々は都内に数百万はいるかと思われる。

 何気なくテレビをつけたらインテリアデザイナーの赤松さんという人が視聴者の部屋をコーディネートする番組をやっていた。
 住む部屋のデザインにも「はじめにコンセプトありき」という発想が新鮮だった。
 番組では応募した女性の部屋をジュラシックパークのコンセプトでコーディネートしていた。
 あれでは掃除が大変だろうが、住むこと自体が楽しかろう。

 かくいうおれは小物が苦手だ。
 いや、小物が苦手というよりも小さい物が苦手なのだ。
 小さければ小さいほど苦手だ。
 すぐどこかへなくしてしまうし、踏んづけて怪我をしたり味噌汁の椀に落っことしたりしてしまう。
 筆記用具は部屋の各所に散らばるし、最後に消しゴムを見たのはいつのことだったのか思い出せない。

 扇子というのも厄介だ。
 夏になれば確かに重宝するのだがそれ以外の季節はどこにどうやって保管しておけばいいのか見当がつかない。
 引き出しに無造作につっこんでおけばいいのか?

 随分前の話になるが、バイト先の居酒屋でとある小劇場系の劇団員であるKさんと知り合いになった。
 その人は厨房で調理をしており、おれはホールで接客をしていた。
 ある時Kさんが俺を呼び止め聞いてきた。

 「塚本、いんのうってどういう字だ?」
 「はあ?」
 「漢字でどういう風に書くのか知りてえんだよ」
 「いきなりそんなこと言われても」

 とまどう俺にKさんは真っ白い扇子を出して見せた。

 「これにさ、でけえ字で書きてえんだよ」
 「はあ」
 「2文字がいいんだよ」
 「いんのうじゃなきゃいけないんですか?」
 「なんかこう、オラオラって感じのエロい熟語がいいんだよ」
 「陰のうは熟語じゃないと思いますけど」
 「なんかねえか? 難しそうな字で、エロい漢字」
 「うーん」

 いきなりそんなこと言われても思いつくはずもなかった。
 Kさんはあきらめずにレジに行き、店長から国語辞典を借りた。
 しばらく厨房で辞典片手に考えていたKさんは、扇子にでかい字で「秘部」と書いていた。
 そしてその扇子を畳み、憮然とした顔で俺を見て言った。

 「お前にやるよ」

 こうして「秘部」と書かれた扇子はおれのものになったのだが、例によって夏が終わったらどこかへなくしてしまった。
 大掃除をすればもしかしたら出てくるかもしれない。

 そしたら、
 なんかすごくやだな。