なぜ日記を書くのだろう

 結局インターネット上に公開されている日記は長い年月にさらされていないからその価値がどういうものなのか今一わからないのだ。
 同時性はあると思う。
 が、歴史に残るかというと甚だ疑問だ。

 例えば戦前の喜劇役者に古川緑波という人がいて、この人が残した日記は「古川緑波昭和日記」として戦前戦後の芸能史を語る意味できわめて重要な資料となっている。
 きっと日記を書く時の書き手が無防備だからそうなるのだろう。

 インターネットの日記はいくら努力しても頭の片隅に読者がちらつく。
 大して読まれてないにしてもだ。
 それは仕方のないことだ。
 ネットにつながっているということは、書いたものが「外」にあるということになるのだから。
 いわば露出プレイだ。
 それで興奮する輩もいるだろうし、萎縮してしまう輩もいるというわけ。

 では自分はどうなのかというとこれまたよくわからない。
 別に逃げているわけではなくて、ネット公開日記にふさわしい文体が見つからず試行錯誤を続けるうちになあなあになってしまい頭が呆けてしまったのだ。
 だからごくたまに今日のように「いいのかなこんなんで」と反省するのだ。

 BBSなら明らかに読み手を想定した文章を書ける。
 「呼びかけ体」もオッケーだ。
 ですよね、だよね、じゃん、じゃん。

 それでもこうして書き続けている。
 言葉とは一体なんだ?
 誰か教えて欲しい。

 それはさておいて、今日のことを書かねばならん。
 日記だからな。
 お約束とはいえ、仕方ないのだ。

 朝、昨日作った鍋の残りで雑炊を作って食べた。
 アミノ酸たっぷり。
 うまみ成分の洪水。
 味蕾の歓喜。

 昼はコッペパンとおにぎり一個。
 粗食といえよう。

 夕方まで仕事をしたが、特に書くことはない。
 ルーティンワーク。
 気がついたら終わってたみたいな感じ。

 小金井に帰り残り物の食材で味噌煮込みうどんを作る。
 別に味噌煮込みうどんを作るつもりじゃなかったのに、流れでそうなってしまった。
 が、自分でいうのもアレだが、めちゃくちゃうまかった。
 丼で大盛り2杯食ってしまうくらいうまかった。

 胃が落ち着くのを待ってからマラソンに行く。
 連雀通りを新小金井街道まで走り、東八道路まで南下して二枚橋まで戻る。
 坂を上って新小金井に出て、そこから再び連雀通りを走ってうちに帰る。
 40分くらい走れたのでよしとする。

 11時半から台本を書く。
 なかなか進まないが、一日一時間は机に向かうというノルマは果たしている。
 季節は三寒四温。
 同じペースでいきたいものだ。

 ってな具合に一日が終わった。
 それをこうして書き終わり、途方に暮れているわけだ。

 「じゃあお前はどうしたいんだ?」
 と聞かれたら、結局答えに詰まってしまうだろう。
 しかしフラストレーションを感じているのは事実だ。
 それをうまく言葉に表せないだけなのだ。

 まあそんなフラストレーションも明日になれば夢に置き去りなんてことだってあり得るわけで。
 だからってそれを期待しながら寝床に入るのはどうにも癪に障る。
 参った。
 今夜は寝られるだろうか。