宇多田ヒカルの変化

 雨が多くなってきたのは梅雨が近いからだろうか。
 今週末になって気温が下がり、毛布がないと寝る時に寒かったが、きっと雨が上がった時には気温がまた少し上がっているのだ。
 日焼けできるほどに。

 去年は仕事先の屋上で日焼け作戦を展開したのだが、今年は迷っている。
 あれをやると午後になって頭がぼーっとしてくるのだ。

 本当は上半身裸になってサッカーでもしてればすぐに真っ黒になるのだが。

 昔、バイク便をやっていた時に、六本木の公園で上半身裸の男達がサッカーをしているのを見た。
 気温30度を超える炎天下の昼下がりに長袖姿のおれは、彼らが心底うらやましかったものだ。

 意外なことに日焼けするためだけに裸になってもそれほど焼けない。
 何かしている時にたまたま裸でいると、いつの間にかものすごく焼けている。

 本当なら島でも行って、うまい魚と土地の酒の日々を送りながら、悠々と日に焼けたいものだが。
 時間的にも無理だな。

 もちろん日に焼けることが健康に良くないことは百も承知だ。
 が、べつに俺は健康になることを進んでしたいわけではないのだ。
 確かに腸内洗浄をした。
 だが健康になりたくてしたかったわけではない。
 腸内を洗浄したかっただけなのだ。
 他意はない。

 夕方、小金井の生鮮食料品店でアジが1匹98円で売っていた。
 ナイスな大きさだったので2匹買う。
 刺身にして食いたいところだったが、刺身用とは書いていなかった。
 しかたないので3枚におろしてから、たたいてサンガ焼きにする。
 味噌を入れすぎてしまった。

 宇多田ヒカルの新曲を聴いた。
 最近の彼女は一体何があったのだろう?
 「想い」が純粋な形で曲へと昇華しているみたいだ。
 多作と寡作にも色々なタイプがあると思う。
 多作的な寡作、寡作的な寡作、寡作的多作、多作的多作。
 今の宇多田ヒカルは多作的多作だ。
 曲ができてしまうことを、どうすることもできないみたいな感じ。
 そしてできた曲がどれも宝石のように輝いていて、聴くものの心を鷲掴みにする。
 こういう時期は続くものではないから、今はとにかく宇多田ヒカルの瞬間瞬間を集中して味わっていきたい。
 論評や能書きは寡作的寡作になった時でいい。