台本とはタイムテーブルのようなもの

 インターネット上で日記を公開している人は自分が煮詰まった時など更新が重荷になるようだ。
 義務でやっているように感じるらしい。
 突然更新が止まった日記ページを見ると、夜逃げした空き家を見る思いがする。
 まるで「北の国から87初恋」だ。

 「北の国から」といえば今度放映されるスペシャルで完結するらしい。
 実は一本も見ていないのだ。
 「87初恋」はラストの20分ほどしか見てないし。

 倉本想さんのシナリオは芸術的な完成度を誇るといわれている。
 特にテレビシリーズの「大都会」は非の打ち所がない。

 シナリオや演劇の台本はタイムテーブルだ。
 ドラマ以前の問題だと思う。
 そしてそのことを知り尽くした人が書くシナリオや台本を読むと、構成の美しさにうっとりする。
 「なんてきれいな台本だろう」
 そう思う。

 みっともないのはラスト部分が冗長な台本だと思う。
 もちろんそういうものを書く危険性は誰にでもある。
 最低でも危険を感じながら書くようにしていかなければ。

 書くことについて書いていたらちょっとずつ書きたくなってきた。
 むろん、7月公演の台本。
 しかしまだまだ資料が足りない。
 いや、資料はどうでもいいのだ。
 信じることができる一点があればいいのだ。
 何でもいい。
 「ああ、そういうことか」
 と、本気でつぶやければいいのだ。

 まだ本気でつぶやけない。
 何かが引っかかっている。
 資料だけじゃないように思う。

 タイトルが決まってないのも、そのあたりに原因がある。
 くだらないタイトルしか出てきそうにない。
 「北の国から2002?宇宙」とかな。