カラスがバカを襲う

 昨日あったことだが、書き忘れるにはもったいないので書いておく。
 昼、新宿中央公園のベンチに座り本を読んでいたら、遠くの方から歌声が聞こえてきたのだ。
 メロディはビートルズの Eight days a week だった。
 歌声の主は自転車に乗った若い男で、ヘッドフォンをつけたままノリノリで歌っている。
 「あーあ、変なのが来たなあ」
 いささかげっそりとして見ていると彼は自転車を降り、広場をステージに見立てて歌いかつ踊り出したのである。
 声は甲高く英語はめちゃめちゃ。
 ノリが最高潮に達する頃、そいつは一匹のカラスに襲われていた。
 ナイスカラス。

 色川武大「うらおもて人生録」読了。
 ふと、自分の人生を点検してみたくなった。

 振り返るのではなく、自分が現時点で人生をどのようにとらえているのかを確認することをしてみたくなったのだ。
 人生における様々な出来事や起こりうる事件、もしくは日常の雑事や不可避のもろもろをどのように考えているのか。
 わかりやすいところを言えば、食うために働くということを自分はどのように考えているのか。
 改まって問われるとすぐには答えが出てこない。
 つまり、その問題についてそれほど考えることがなかったのだろう。
 あるいはあえて意識に上ることがないようにしてきたか。

 一つ一つ考えてみると、自分という意識の構成部品が何となく見えてくる。
 そして、設計思想みたいなものもおぼろげにわかってくるのだ。
 自分はどんな人間を目指しているのか、ということだな。

 若い頃はそういうことを考えるエネルギーがとても高かったから、脳がオーバーヒートを起こすほど考えて考えて考えていた。
 今にして思うと同じところをぐるぐる回って疲れていただけなのかもしれないが、たとえそうだとしてもおかげで「脚力」はついたはずだ。

 仕事を楽しいと思ったことはあまりない。
 むしろ、年々そっち方面の意欲が失われているように感じる。
 これは仕事と自分の関わり方について考えてみたら思い当たったことだ。
 そういえばそうだったのだ。

 昔は欲しいものを買うためにバイトをした。
 だから、労働と代価の関係がとても単純だった。
 単純だから悩みはない。
 あるのは疲労だけだった。

 言ってしまえば、あの頃はただ疲れないように気をつけていれば働き続けることができた。
 今はそうじゃないような気がする。
 どうしてだろう?

 周りにいる人たちは大抵生活のために働いている。
 たまに例外もいるが、大体はそうだ。
 家賃を払わないといけないし、食費を稼がないといけない。
 旅行にも行きたいし映画も見たいし本も読みたいしおいしいものも食べたいし服も欲しいし鞄も靴もあれもこれも欲しい。

 そのことを認識しているかいないかで、働く意欲というのは違ってくるのではないかと、本日思ったのだ。
 当たり前のようなことに思えるけど、自分にとっては意識に上っていない限りなにもわかっていないのと同じことだったのだ。

 だからここ数年、何のために働くのかよくわからず、ただ働いていたように思うのだ。
 欲しいものがないという状況はこれまでの人生で一度としてなかった。
 だが、欲しいものと労働を結びつける努力を、ここ数年怠りっぱなしだったのだ。
 
 個人的に納得をしたところで、稽古場にて堀内君に質問してみた。
 「バンドの機材搬入のバイトをやって、丼屋をやって、牛丼屋をやって、それから今のとこスかね」
 山ちゃんに同じ質問をしてみた。
 「総務で、事務やってる。たまにお客さんが来たらお茶出したりとか、あとは大体パソコンに向かってる」

 なぜだろう。
 人の仕事がとても気になる。

 さて、夕方の稽古は駒込にて行った。
 昨年の「ギョーザ大作戦」で一回だけ使ったことのある稽古場だ。

 山ちゃんと堀内君のシーンを作り直す。
 二人は恋人同士の設定なのだが、虫歯のある彼女と虫歯のない彼氏という関係になっている。
 痛みという事象でくくると、二人は分かり合えないはずなのだ。

 この、分かり合えないという部分をエチュードでふくらませる。
 分かり合う分かり合えないという問題にしてしまえば、歯の痛みなど付け足しに過ぎなくなる。
 そうすれば二人が恋人同士という設定が無駄ではなくなるし、テーマにも広がりが出来るだろう。

 堀内君、顔をまだらに赤く染め、笑いをこらえながらエチュードをしていた。
 山ちゃんは先週に比べると随分自然な演技をするようになり、二人が並んでも違和感が出なくなった。
 こういう部分は見えない「いい部分」なのだ。

 稽古後、堀内君と再び仕事の話。
 しゃべりながら自分がこれまでにしてきた辛い仕事について考える。
 やはり一番辛かったのは卸売市場の青果店でやった荷下ろしの仕事だろう。
 朝5時半から11時半まで仕事。
 その後昼の1時から夜9時過ぎまで芝居の稽古だった。
 あの頃、10時を過ぎると眠くて仕方なかった。
 4ヶ月で7キロ痩せた。

 10時半、実家へ帰る。
 ありもので夕食。
 缶詰の鯖、明太子、納豆など。

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