松屋に慣れたら吉野屋で食い逃げしがち

 朝7時半に起き、シャワーを浴びる。
 このところ朝シャワーを浴びている。
 自分史数十年間の中で希有な期間といえる。
 一応走るつもりで早起きしているのだが、昨日の朝や今朝みたいに雨が降っていると起き損となる。
 いわばシャワーは補填だ。
 何を補填するのかわからないが、浴びればいくらか血行も良くなるし、ぼやけた頭の中もすっきりしてくる。

 シャワーの後、ご飯と味噌汁。
 それからコーヒーだ。
 近所の小学校から放送が聞こえる。
 「今日は運動会前最後の全体練習の予定でしたが、グランドのコンディションが悪いため、中止です」
 うるさいうるさいうるさい。

 山口洋子「100人の男」読む。

 昼、珍しく吉野家で牛丼を食う。
 かなり久しぶりだ。半年ぶりくらいかもしれない。

 大学時代学校帰りは国分寺、バイトは高田馬場という生活をしてきた。
 両方の町に共通の牛丼屋といえば「松屋」だ。
 松屋は食券システムを採用しているので、食う前に金の支払いは済んでいる。
 ところが吉野家はそうではない。
 食い終わった後カウンター越しに支払うシステムだ。
 松屋慣れした自分は吉野家に入ると食後に金を払うのを忘れ、ちょくちょく食い逃げと間違えられてしまう。
 両国の吉野家で怒鳴られたことがある。
 「ちょっとあんた!お金!」
 自分のことを言われているとはつゆ知らず、車道に止めてあるバイクまでぬけぬけと歩き、ヘルメットを被る前にタバコを一服しようとした時、後ろから肩を掴まれた。
 振り返ると店員が憤怒の形相だ。
 いきなり人の肩つかむとは無礼な奴だとにらみ返したのだが、すぐに牛丼大盛りの料金をまだ支払っていないと気づき、ぺこぺこ頭を下げ「ごめんなさい、松屋と間違えちゃって」と言い訳しながら金を払った。
 往来の視線が気にかかり、タバコをすぐにしまいバイクにまたがり逃げるようにしてその場を去ったが、あれは本当に恥ずかしかった。

 それ以来吉野家で牛丼を食う時には事前に金を財布から出し、目の前のカウンターに置いておくようにしている。
 そうすれば支払いを忘れることもないという考えだ。
 ところが1000円札をカウンターに置いたものの、食い終わる頃にその存在をすっかり忘れ、新しい1000円札を財布から出し、会計を済ますことも2度3度ではなかった。
 並が当時400円として、1400円の牛丼を食ったことになる。
 
 そういうわけで吉野家の牛丼時間はいつでもある種の緊迫感をはらむことになるのだった。

 夕方7時半、うちにかえるとガスが止められていた。
 なんてことだ。油断していた。
 すぐにコンビニに行き料金を払おうと思ったが、平日の開栓は夜7時までとなっており、今から払っても今晩は火の気はない。
 とりあえずカセットコンロ用のガスボンベを買う。
 おかず用の火はこれで何とかなるだろう。

 「高峰秀子の捨てられない荷物」読む。
 養母との確執が凄まじいのによくある苦労話っぽく感じないのは、高峰秀子本人のからっとしたパーソナリティゆえだろう。

 久しぶりに椎名林檎「無罪モラトリアム」聴く。
 やはりいい。このアルバムが一番いい。
 声がいい。