あきらめの終電逃し

 武蔵小金井から王子へ行くにはいくつかのルートがある。
 最も早いのは赤羽経由のルートだ。
 新宿から埼京線に乗ると、どこにも停車せず池袋まで走り、池袋から赤羽までは各駅に止まる。

 新宿駅のホームで高崎線の快速が停車していた。
 新宿、池袋、赤羽の順に止まるという。
 赤羽までわずか三区間だ。
 迷わず乗った。

 ところが池袋から赤羽までのコースが埼京線とは違っていた。
 埼京線は赤羽までほぼ直線のコースを辿るのだが、高崎線は山手線の線路を平行して走るのだ。
 つまり大塚、巣鴨、駒込、田端、上中里、王子、東十条という駅を延々と通過していくのだ。
 遠回りのコースになってしまうため時間のメリットはあまりなく、目的地である王子を一度通り過ぎるのも切なかった。
 無駄な時間を過ごした気になる。

 受付の手伝いにの島根さんが来た。
 三月の芝居が終わってから専門学校に行き、今では社会人として働いている。
 「仕事はもうやっているの?」
 「ええ」
 「大変?」
 「大変ですよ。毎日仕事のチラシ配ってますよ」
 「新人だしね」
 「ええ。それに、他人のどろどろした部分を見ることが多いので」
 「きついね」
 「きついですね」

 開演の一時間前から洗面台の前に座り、「小説家への道 ?」を読んだ。
 パソコンを使った原稿執筆について書かれていた。
 五年ほど前の情報だが参考になることが多い。
 例えば原稿執筆はワープロソフトよりエディタを使った方が良いという意見があった。
 印刷やレイアウトよりデータの汎用性が重要というわけだ。
 その通りだと思った。

 三時からの本番は破綻もなく終わった。
 お客さんをロビーに送り出してから、役者やスタッフが全員集合して記念撮影をした。
 携帯デジカメや使い捨てカメラなど、カメラを所持している人のフィルム分だけシャッターが押された。

 ばらし作業は単純かつ簡単だった。
 人は決して少なくなかったので、夕方の六時を過ぎる頃にはあらかた片づいていた。

 の女の子たちが打ち上げ用の食材を買ってきたので、本番中ずっと座っていた洗面台の前に行き、鍋の仕込みを手伝った。
 鍋を洗い、おでんを仕込んだ。
 高橋さんと篠本さんはちゃんこ鍋を仕込んだ。
 三月の「動物大集会」の時も確か洗面台にまな板を用意して、王子の松本さんが買ってきた野菜を切った記憶がある。
 食材を見るとじっとしていられないのだ。

 鍋の用意が出来、打ち上げが始まった。
 居酒屋の打ち上げもいいが、自分たちで鍋を仕込んだりする打ち上げも好きだ。
 キャンプみたいなものだ。
 おでんもちゃんこ鍋もおいしく出来ていた。

 「野球部だったんですよ」
 大矢君は言った。
 「本当? なんだ、それじゃ君、体育会系じゃないか」
 「まあ一応。でも高校ではすぐやめちゃったんですけどね」
 「ポジションは?」
 「ピッチャーでした」
 「シンカーの投げ方教えてよ」
 大矢君は思い出しながら右手の指を曲げた。
 それからしばらく、スライダー、ナックル、スクリューボールの投げ方や、それらがどのように変化するかを教わった。
 「実際に野球をしていた人と話したかったんだよ」
 「そうですか」
 隣にいた篠本さんが言った。
 「四十分くらい野球の話してますね」

 今回出演しているの松島さんは今回が初舞台だという。
 そして次回の出演は未定だという。
 「わたし結構、年いってますよ」
 おニャン子クラブの「じゃあね」がはやった頃、小学生だったという。
 横にいたの黒木さんが言った。
 「塚本さんはB型ですか?」
 「そうだよ」
 「やっぱり。マイペースな感じがしますもの」

 の高橋さんは、むかし西葛西に住んでいたらしい。
 「どの辺に住んでたの?」
 「清新町です」
 「懐かしいな。パトリアとかあるよね」
 「パトリア、ありますね」
 「あの辺は俺が小学校の頃まで埋め立て地でね、水たまりにヤゴが大量に繁殖して、秋になるとすさまじい数の赤とんぼが西葛西方面に飛んできたんだよ。まるでB29のように」
 今はお台場に住んでいるという彼女は言った。
 「西葛西は住みやすいですよ。お台場って何もないですから」

 野坂さんが音頭をとり、玉山さんに白無垢を着せることになった。
 玉山さんは着付けの黒田さんと共に楽屋に消えた。
 二十分ほどして白無垢を着た玉山さんが戻ってきた。
 そのまま玉山さんは大入り袋を配り始めた。
 「いや、マジで動けないっすコレ」

 十一時を過ぎてからカラオケに行くことになった。
 明日の仕事のことを考えて、十二時に去るつもりで店に入った。
 ところがフォーリーブスの「ブルドッグ」を嬉々として歌っているうちに、終電に間に合わなくなってしまった。
 「なんてこった。畜生。こんな事じゃいけねえよ。いくつになったんだお前?」
 自己嫌悪で半ばやけになり、手当たり次第に知っている曲を歌った。
 「ああ、仕事行きたくねえ!」
 ぼやいていたらの林さんが苦笑混じりに言った。
 「もう、諦めてくださいよ」

 明け方五時、大塚さんの歌う”We are the chamnpions”で二次会はお開きとなった。
 全身がたばこの煙臭く、後頭部が痛かった。
 タンバリンを叩きすぎて左の掌が痛かった。

 駅までの道を林さんと話した。
 「塚本さんはお仕事、どちらなんです?」
 「青山です」
 「私もです」
 「どの辺ですか?」
 「青山学院の方です」
 「ああ、じゃあ表参道のあたりですね」
 「ですね」
 「僕は外苑東通りの方なんですよ」
 「お住まいは?」
 「小金井です。林さんは?」
 「白金です」
 「じゃあ南北線ですね」
 「ええ」
 「僕、去年、白金高輪台で野宿しましたよ」
 「まあ、あんなところで。寒いじゃないですか」
 「夏でしたから」
 「まあ」

 田端で大塚さん、篠本さん、芝崎さんと別れた。
 山手線に乗り、武蔵小金井まで大矢君と一緒に帰った。
 お互いに疲れて言葉も少なかった。

 6時半にうちに帰った。
 わずかながらでも睡眠時間を摂取するために布団を敷いたところで、日記の日付は15日に変わる。