道場のしごき

 カーテン越しに雨音が聞こえた。
 部屋は薄暗い。
 雪よりも冷たい12月の雨は、人を意味もなくがっかりさせる力がある。
 意味がないので解決のしようもない。
 ただ家にこもって、やむのを待つばかりだ。

 昼過ぎに起きると、雨はやんでいた。
 天気は曇り。
 雨よりもややましといった感じ。
 部屋は寒い。ということは外はもっと寒いわけだ。
 ガスヒーターのスイッチを入れ、スパゲティを茹でて食べた。

 一ヶ月ぶりに図書館に行く。
 長く借りていた本をこっそり返し、新しく本を4冊借りる。
 帰りに食料品の買い物をする。
 キムチ鍋が食べたかったので、野菜、きのこ、豚肉、豆腐、そしてキムチの素を買った。

 コーヒーを飲んでから、部屋の外の後片付けをする。
 夏の芝居が終わってから、使わない材料などをアパートの外に置いていたのだが、それがまだ少し残っているのだ。
 本当は9月中に処理したかったのだが、あまりの蚊の多さに断念した。
 10月は雨ばかり降っていたので、これまた断念した。
 だから、作業が飛躍的に進んだのは11月だった。
 やってみるとあっという間だ。
 ゴミが減っていくのを見るのは一種の快楽だ。

 作業が終わると外は暗くなってきた。
 少し休憩してからキムチ鍋を作った。
 材料は豚肉、白菜、ネギ、にんじん、春菊、豆腐、しめじ。
 出し汁で水炊きをつくり、キムチの素で味を調えるだけ。
 本物のキムチで作るより安い。

 7時からNHK「トップランナー」見る。
 ウルフルズが出演していた。
 ジョン・B・チョッパーの脱退と復帰についての話が面白かった。
 スピッツが重要な鍵を握っていたらしい。
 ジョン・Bがバンドをやめた時、もしも復帰することがあったら困るからと、楽器を預かってくれたのがスピッツのベーシスト。
 ジョン・Bの復帰に反対していたサンコンが考えを変えたのも、スピッツのライブを見た時にバンドのあり方や雰囲気がとても良く感じられ、ウルフルズもそうありたいと思ったから。
 ジョン・B復帰コンサートの映像が流れたが、泣いているファンが結構いた。

 夜、外に走りに行こうと思ったが、気温がかなり下がっていたので中止し、かわりにスクワットをやった。
 腿の筋肉痛は完全に治ったが、200回はやはりきつい。

 昨日、武藤敬司の自伝を立ち読みした。
 新日本プロレスの新弟子時代にやったスクワットについては、膝にいいわけがないと切り捨てていた。
 周りの新弟子は皆、プロレスラーになりたくて入門したのに比べて、それほど熱い動機があるわけではなかったらしい。
 だから、きついトレーニングが嫌になり、
 「もうやめます」
 と言ったこともあったそうだ。
 面白いのは、普通の新弟子に対してはどんどん辞めさせるはずのコーチが、そういう武藤に対しては、
 「待て武藤、あと1週間だけ頑張ってみろ、あと1週間」
 と引き止めているところだ。
 体格、柔道の経験、体の柔らかさ、素質、ルックス、どれをとっても金の卵だったのだろう。

 後輩いじめの話も書かれていた。
 船木誠勝が新弟子をスリーパーで気絶させ、風呂に沈める。
 風呂に蓋をして、その上にライガーが乗っかり、溺れさせるなど。
 他にも、スズメを捕まえて焼き鳥にし、それを新弟子に食わせた者もいたそうだ。

 これらに関して武藤は、
 「あんなの、強くなるためには絶対関係ねえよ」
 と書いていた。

 武藤敬司自伝の隣に、船木誠勝の本もあったので、新日本プロレス時代の章を読んでみると、同じようなことが書いてあった。
 失神させられたあと風呂に沈められた後輩だが、脱出しようとしても蓋をされて出られないという恐怖を経験してもなお、やめなかったそうだ。
 ところがその後、ライガーに眉を剃り落とされたことで、ついにやめてしまったらしい。
 「あの頃僕らにいたずらされた人には申し訳ない」
 と船木の本には書いてあった。
 会社の状態があまりよくない時期だったため、道場の空気が陰湿なものになっていたのだろうか。
 あまりいい話とはいえない。