役者やりたいと考えながら

 プロット書きをづらづら続ける。
 去年もそうだったが、台本が半分書けるまでは、
 (ほんとに出来るのかな)
 という不安が常につきまとう。
 (これいじょう書かないでいるのはまずい)
 そう思って書き始め、あとは締め切りや状況に背中を押されるように書き始める。

 今回の芝居はどうなるのだ?
 自分でもわからないことが多い。

 先日、チラシの話し合いをした時に、笑いについて話した。
 「笑ってる場合じゃないのに笑っちゃう笑い」
 について、自分でもまだ考え方が固まっていないのに、無理して話したような気がして、それがしこりとなって残っている。
 笑いが嫌いか?
 そんなわけはない。

 要するに、好きが高じるあまり、嫌いになってしまっているのだ。
 嫌いになることで好きを表すような状況。

 テレビの押しすぎの笑いが、耳にうるさいということがある。
 芸人にとっても本意ではない笑いをやらされているんじゃないか。
 (このくらいしないと伝わらないよ)
 みたいにディレクターなどが考えている節もあろう。
 その辺に、
 (余計なお世話だ)
 と反発する自分がいる。
 しらけてしまうのだ。
 (笑えるところくらい自分で見つけさせてくれよ)
 と思う。

 演劇サイトBackStageを運営している鏡田君は、
 「ドカさん、まだ役者やるんですか?」
 と、会うたびに言ってくる。
 「演出に専念した方がいいと思うんですけど」
 「でもさ、ちょろっとでも出て体動かしてないと、ストレスで俺死んじゃうよ」

 実際、舞台は出るのが一番だと思っていて、本当なら役者だけ存分にやっていたい。
 「俺がマグネシウムリボンの演出やるから、お前は存分に役者やれ」
 そう言われたら、結構うれしいかもしれない。

 プロット書きをしながら、そんなことを考えていた。