昼飯という習慣

 曇り空と残暑が同時にやってきた。
 秋の気配というよりは、まるで梅雨だ。
 梅雨より梅雨っぽい天気だ。

 都心のオフィス街近くの駅には、就職戦線ならぬ昼食戦線がお昼時に形成される。
 誰しも数ヶ月は戦線に身を投じ、今日は洋食明日は中華と飛び回る。
 が、次第に飽きがくる。
 目先を変え、弁当に走る者。
 コンビニ食に頼る者。
 コーヒーとたばこ、そして新聞だけで過ごす者。
 はたまた、何にも走らず何にも頼らずカスミを食らって過ごす者。
 そのカスミさえ食う術を見出せず、餓鬼となりはてる者。
 色々な過ごし方の裏側に、人生がある。
 なんて書くと大げさすぎるが、オフィス街の午前中に消費されるカロリーなどたかが知れている。

 かつてプロレスラーの橋本真也は、コンビニと提携して<破壊王弁当>をリリースした。
 一目見て、
 (超カロリーじゃん)
 と思った。
 あんなもの食うのは、スクワット1000回を世間話しながらこなす人間だけだ。
 と思った。

 そもそも昼食という習慣はいつできたのだろう。
 人間が狩猟のみに頼っていた時代、一日三食という習慣があったとは考えにくい。
 獲物はそんなに都合良くしとめられてはくれまい。

 朝飯はしっかり取れと医者はのたまう。
 昼飯はどうなのか?
 しっかり取れと忠告するインテリの声を聞いたことはあまりない。
 なくてもいいのか?

 夜。
 昨日作った鍋を少しと、ステーキ肉を焼いて食べた。
 掃除をし、部屋を片付けた。
 電話をし、ジョギングをし、シャワーを浴びた。
 アクエリアスを飲み、散歩をし、ヤクルトを飲んだ。

 先々週から乳酸菌飲料を意識的に飲み、腸に優しくしている。
 おでこの吹き出物が着実に減った。