泣きのギター饗宴

松尾スズキ・河合克夫『ニャ夢ウェイ』を先週図書館で借りて、すぐに読み終えた。
猫マンガエッセイというべきか。
見開きページで一本なので、本になっている部分だけで3年分以上はありそう。
松尾スズキが原作で、マンガは河合克夫。
どちらかというと今回は、河合克夫目当てで借りた。
この人は器用なのか、他人の絵をコピーするのが上手い。
『だめんずウォーカー』のパロディなど、そっくりで笑ってしまった。
あと人形アニメの回で、猫の背後にうっすらとマネキンの首が写っていたりなど、不意に不気味な描写があったりする。
人間の心にある不気味な深淵を、あえてさらけ出すのではなく、特に隠そうとはしないという態度に見える。
だから、病んだ人という印象はない。

MacIEでブログなどが見られなくなっていたのを修正した。
スタイルシートをいじくるわけだが、Macを持っているわけではないため、その場で確認できないのが歯がゆい。
可能な限り手をうち、夜になってからMacユーザーのモチメに、
「見えてる」
とメールをもらい、作業が終わったことを知った次第。
しかし、古いブラウザ(Netscape4.7)では、レイアウトがごっちゃごっちゃである。
これは、スタイルシートの対応状況が不完全であるためだ。
ただ、Netscape4.7はうちのサイトに限らず、多くのブログが満足に閲覧できない。
6年も前のブラウザだから仕方ないだろう。
6.2だときちんと見られるし、7.1でも見られる。

コンビニで『わにとかげぎす』を立ち読みする。
主人公のバイトが変わり、新しい登場人物が出てきた。
孤独との向き合い方についての議論あり。
「<孤独>という名のモンスターに食われ」
という表現あり。
これは確か、『グリーンヒル』にもあった。

ブログの修正やらなにやらをやり、台本書きやら資料読みやらをやると、脳がへとへとに疲れた。
体はそんなに疲れていない。
でも脳の疲れは体の疲れより深刻だ。

牡蠣と大根と豚肉と豆腐で、簡単な鍋を作って食べた。

心を休めるため、ジョージ・ハリスンの曲を聴く。
そういえばYouTubeには、ジョージの映像が沢山アップされていた。
コメント欄には沢山の、
I miss you.
の文字。
2001年に亡くなって、今年で5年経つ。
そういえばこの5年間、元ビートルズのソロアルバムは、ジョージのばかり聴いていた。
ジョン・レノンのソロ作品は、運命を組み伏せ、血まみれになって格闘している孤児の姿がかいま見える。
ポールのソロ作品は、己の才能に疑いを持つことなく、ポジティブに運命を乗り越えていく大人の姿がうかがえる。
ジョージのソロ作品からは、何が見えるだろう。
運命の不条理にめ、時には組み伏せようとし、時には楽天的になろうとし、最後にはそれをすべて受け入れることにした人間の姿だろうか。
1970年にリリースされたソロ第一作のタイトルは、「All things must pass」
それから31年間の人生は、そのタイトルの境地に達するための、長い旅だったのかもしれない。

もしかすると、ビートルズファンを長く続けている人ほど、ジョージのことが好きになっていくのかもしれない。
今さらアルバムを買わなくてもよいくらいビートルズを聴きまくったけど、たとえば有線放送なんかでジョージの「While my guitar gently weeps」が流れると、足を止めて聞き入ってしまうのだ。

YouTubeに、2年前の映像がアップされていた。
プリンスがギターを弾いている。

泣きのギターの饗宴。
素晴らしい。