いじめ問題

いじめ問題の対策を大人たちは考える。
考える大人たちの中にいじめは存在する。
いじめは、普段は姿を見せない。

殴っていればいじめか?
いや、殴られた方も殴り返していたから、けんかだ。
集団で殴っていたぞ。
じゃあいじめだろう。
示し合わせて無視するのはいじめか?
いや、彼は別に気にしてないようだ。
ものを隠されたりしているぞ。
じゃあいじめだろう。
クラスにもとけ込んでいるように見えるが、彼は自分がいじめられてると感じているようだぞ。
じゃあいじめだろう。
いじめっ子だと思っていた彼が、いじめを苦に自殺したぞ。
陰でいじめられていたんだろう。

いじめは絶対になくならない。
ニュースにならないから、いじめが減ったということには、絶対にならない。
表面上に現れない方が、むしろ危険だ。
いじめをいじめと自覚しないで、いじめていじめられる状態だからだ。

いっそのこと、正しいいじめ方を教えたらどうだろう。
教える前に、検証して体系化し、実践して細分化したらどうだろう。
ぬえのような<いじめ>の姿が、少しはわかってくるのではないか。
闇雲に「いじめはよくない」「かっこ悪い」と叫んでも、いじめている本人は自分が誰かをいじめているなどと思っていないに違いない。
遊んでいるだけだと思っているかもしれない。

夕方、中野坂上にて稽古。
6時に先乗りし、台詞の練習をする。
舞台監督の日高さん、美術の松本さん来る。

稽古後、サイゼリアにて松本さんと美術の打ち合わせ。
考えてみれば10月以来DM関連の打ち合わせが先行し、美術プランを話し合うのは稽古開始以来初めてだ。
舞台を横長に使う前提で稽古をしていたが、座ったお客さんから見えるか見えないかの問題をシビアに考えると、案を詰め直す必要が出てきた。
12時過ぎまで話す。