野菜噺

最近妙に寒いのはどういうわけだろう。
最低気温が5度前後だ。
2月上旬よりも寒い。

二十代の半ばに市場で働いていた頃は、2月の寒さがことのほかこたえた。
一日で最も寒い時間帯である夜明け前にバイクで市場に向かう。
走行時間は15分ほどだが、あごが震えるほど寒い。
作業着に着替えて最初にする仕事は、卸売りセンターの二階にある弁当屋に大量の野菜を運ぶことだった。
台車に乗せられるだけの段ボールを積み、長いスロープをゆっくり上る。
バイクで冷え切った体にその作業は大きな負担となった。

ある朝、スロープの途中で両膝に激痛が走った。
台車の重みが急激に増したように感じ、踏ん張っている両足は震えた。
膝をさすりたかったが、手を離すと台車は大量の野菜もろとも坂を滑り降りてしまう。
台車には総重量200キロ程の野菜が積んであった。
スロープの下に停めてある罪もないトヨタハイエースを廃車にするだけの威力はある。

一歩も動けないまま固まっていた。
しばらくすると痛みがややマシになったので、スロープを一歩上った。
膝に激痛が走り、そのままの体勢で固まる。
少ししてまた一歩上る。
その繰り返しで、なんとか二階に上ることができた。

弁当屋から野菜売り場に戻ると、社長に怒鳴られた。
「何分かかってんだ!」
「すいません!」

だが、一日の仕事はそれで終わりじゃない。
トラックで運ばれてきた野菜を倉庫に運んだり、お客さんの車に野菜を運ぶ作業が午前11時まで続く。
20キロの箱を100個近く積んではおろし積んではおろす。

今じゃとても出来ない。

市場の仕事をはじめた頃、個人指導の塾講師と、居酒屋の店員をやっていた。
塾と居酒屋はすぐにやめるつもりだったが、手違いでそれぞれの最終勤務日と市場の仕事が重なってしまった。
さらに翌日の昼、後輩の卒業公演を手伝う約束もしてあった。
ものすごい二日間となった。
昼の2時に起きて食事をし、夕方塾に出かける。
8時まで子供に教えて、その後居酒屋に向かう。
朝の4時まで居酒屋で働いて、すぐにバイクに乗り市場に向かう。
市場で朝の11時半まで働いて、いったんうちに帰りシャワーを浴びる。
バイクで学校に向かい、後輩達のテント設営と舞台仕込みを手伝う。
作業を終えうちに帰ったのは夜の7時だった。
29時間働きっぱなしだったのに、逆に目がギンギンに冴えて眠れず、ビデオを見たりしながら夜中の1時まで起きていた。
そして4時間眠り5時に起き市場へ。
さすがに疲れた。
野菜が嫌いになった。

「そういうわけで野菜が嫌いになった」
「でも塚ちゃん、よく野菜食べるじゃない」
「食べるね」
「嫌いなのに食べてるの?」
「俺は野菜が嫌いなんだけど」
「けど?」
「野菜が俺のこと好きなんだ」
「へえ」
「でも俺は自分のことがそんなに好きじゃない」
「へえ」
「自分のことが好きな人もそんなに好きじゃない」
「へえ」
「自分のことがそんなに好きじゃない人は結構好き」
「結局自分が好きなんだ」
「揚げ足をとる人嫌い」