体当たり演技

三国志で共演した笠原久未ちゃんの舞台を見に、夕方中野のザ・ポケットへ行った。
開演して間もなく、役者の一人が舞台上をカニ歩きして登場し、よくわからないことを言ってから退場した。
その役者は5分起きに登場した。
前説代わりらしい。

坂本龍馬を切った男の話だった。
久未ちゃんは病気の妹と、気の強い遊女の二役を演じていた。
遊女役の演技では、男に馬乗りになったり、派手な啖呵を切っていた。
体当たりの演技と言えばわかりやすいだろう。
だが気の強さの奥にある遊女像は見えてこなかった。
そういうシーンがなかったせいもある。
あるいは演出の性質上、そうなったのかもしれない。

声を枯らした役者が数名いた。
とにかく声を出せ式の演出だったのだろうか。

「男は誰でもヤクザの演技ができて、女は誰でも娼婦の演技ができる」
ビートたけしがそう言っていたように思う。
心理的抵抗の境界線を越えさえすれば、その言葉は真実だと思う。
だから、演劇人が<演技>という言葉を云々するのは、その先の段階だ。
体当たり演技の先にようやく、するべきことがある。
だが、するべきことを発見するには、やはり体当たりをしなければならない。

10時過ぎ帰宅。
モチメから電話。
先日セッティングしたPCが、電源ボタンを押しても起動しなくなったとのこと。
金曜日までに仕上げねばならない仕事があるとのことだったので、急遽明日の夜に修理に伺うことになった。