サンシャイン黒マント事件

通信簿作りにも飽きた。
が、おかげで色々なことを思い出した。
古い記憶は棚につもった埃のようなもので、ちょっとつつけばすぐ舞い上がる。

サンシャイン黒マント事件。

大学時代、人文棟のことを我々は<サンシャイン>と呼んでいた。
二年生の夏に試演会公演というものがあり、その打ち上げで一年生たちがサンシャインの屋上へ夜風に当たりに行った。
(早速、おどかしてやろう)
そう思った俺は打ち上げ会場に積んである暗幕に身を包み、黒いビニール袋を頭から被って、非常階段からサンシャインの屋上へ上った。
屋上では一年生たちが楽しそうにしゃべっていた。
どうやって脅かそうか踊り場で考えていると、彼らの一人が何気なく非常階段へ近づいた。
彼はこちらの姿を認めて、
「うおー!」
と悲鳴をあげた。

「なになに? どうしたの?」
他の一年生が寄ってきた。
こうなったら出て行くしかない。

踊り場から屋上へ姿を見せた全身真っ黒の怪人を見た一年生達は、一斉に悲鳴を上げた。
「キャーッ!!」
「誰? 誰なの!」
「先輩ですよね!」

あまりにもその驚きが大きかったので、どうしたらよいのかわからなくなってしまった。
とりあえずしゃがんでみた。
するとまた悲鳴。

「キャーッ!!」
「縮んだ! 体が縮んだ!」

顔も体もすっぽりと黒い物に包まれていたので、しゃがんだだけでそう見えたらしい。

脅かす目的は十分に果たしたので、非常階段から1階へ降りた。
ふと思いついて、途中の階の踊り場に、頭に被っていた黒ビニールを落としておいた。

1階で暗幕をたたみ小脇に抱え、怖くてなかなか降りてこられない一年生の様子を木の陰からうかがった。
先頭に男子が立ち、恐怖を紛らすため階段の手すりをガンガン叩きながら降りてくる。
途中、黒ビニールが落ちているのを発見したらしく、
「キャーッ!」
と悲鳴が聞こえた。

(よし完璧だ)
打ち上げ会場へ戻った。
語りモードに入っている友人や先輩達がいた。
「すげえうるさかったぞ、何したんだ塚本?」
「すいません、僕さっきからここでずっと寝てたってことにしといてください」
暗幕を隠し、畳に横になった。

通常の3倍ほどの時間をかけ、一年生達は階段を降り、打ち上げ会場に戻ってきた。
「ほら! やっぱりドカさん寝てる!」
「ドカさん、ずっとここにいました?」
先輩が何食わぬ顔で答える。
「いたよ」

寝たふりをしつつ、一年生達が先輩にことのあらましを訴えるのを聞いた。
・黒い仮面と甲冑を着けた怪人が、黒いマントを羽織って現れた
・ハロウィンのカボチャが真っ黒になったようなビニール製の仮面だった
・身長2メートルくらいで、こちらから近づこうとすると50センチくらいに縮んだ。
・女の人の声だった
・しくしく泣いていた
・手すりを越えて空中から現れた
・途中の階で消えた
などなど。

狸寝入りにも飽きて、
「ん? どうしたの?」
と白々しく目覚めてみると、一年生は皆深刻な表情で、中には怒りに震えている女子もいた。
学生課に訴えるなどという穏やかでない意見も飛び交ううちに夜が白んできた。

(ここで俺が颯爽と暗幕を羽織れば、大笑いのうちにことが終わるぞ)
そう思った。
「ねえちょっとみんな聞いてくれる。その怪人ってさもしかして、(着込む)こんな奴じゃなかった?」

誰も言葉を発しなかった。
外で雀の声が聞こえた。
冷や汗が背中を流れ落ちるのを感じた。

やがて打ち上げ会場を、一年生達による壮大なブーイングが満たした。
あれほどのブーイングは、14年後の10月、新日本プロレス両国国技館大会の放送を見るまで聞いたことがない。

黒マント事件はここまで。

翌年以降も、サンシャインの黒マント再びと二匹目のドジョウをを狙った。
しかし、回を重ねるごとに情けない結果に終わった。

まず三年の時。
夏の公演の打ち上げをしている時に、それとなく一年生をサンシャイン屋上へ行かせるところまではうまくいった。
その年は、白衣を着てスカートをはきマスクをしカツラを被り、顔を白塗りにして白いパラソルをさしてみた。
明らかにやり過ぎだった。
一年生の驚き方にも、
「?」
というニュアンスが混じっていたし、大急ぎで部室に戻って衣装を片付けたものの、計算よりも早く戻ってきた一年生にクレンジングで落としきれなかった白塗りを発見され、
「やっぱりね」
と言われ、さらに追い打ちをかけるように、
「でも、いったい何だったんですか?」
と言われ、ひと夏落ち込んだ。

四年の時。
夏合宿で千葉に行った。
部員全員が肝試しをしに外へ出ている隙に、持参した黒ビニール袋の中に入り、後輩に袋の口を結んでもらい、宿の廊下で待機した。
宿に戻ってきた後輩達が暗い廊下を通る度に奇声を発して脅かそうという心算だった。
ところが、奴らは一人ずつではなく団体で戻ってきた。
わいわいがやがやという声が通り過ぎる。
ままよ、と奇声を発した。
「ん? 誰か何か言った?」
「別に」
「あれ? なんでこんなところにビニール袋があるの?」
「ゴミ?」
「誰か入ってるんじゃない?」
「誰?」
後輩はよってたかってビニール袋の口をほどいた。
袋の中ではわたくしこと塚本先輩が、辱めを受けたような表情で正座をしていた。

五年の時。
またもや合宿。
日が沈んでからこっそり宿に入った。
そして、みんなが集まるという部屋の押し入れに潜んだ。
後輩の一人を手なずけ、全員をその部屋に集めさせた。
「そこで怪談話をするんだ。いいな」
「やってみます」
後輩はみんなを集めた。
しかし楽しい話ばかりで、なかなか怪談話に進まない。
押し入れに潜むこと1時間。
腹が減ってきた。
駅で買った弁当を食べようと思い、鞄を開けた。
暗くてよく見えない。
持参した懐中電灯を照らした。
そのまま弁当を食べていると、後輩の誰かがいきなりふすまをあけた。
部屋の全員が不思議そうに、押し入れの中で懐中電灯片手に弁当を食べている塚本先輩を見つめていた。

これらの経験からひとつの結論を得た。
虎舞竜の「ロード」を責める資格は、俺にはない。