とんねるず礼賛

今さらだが、先月末に録画しておいた『とんねるずのみなさんのおかげでした』20周年スペシャルを見た。

この番組をちゃんと見るのは久しぶりだ。
20周年というが、火曜ワイドスペシャル版が始まったのが1986年で、レギュラー番組化されたのが1988年だから、本来ならば昨年の秋か来年の秋が20周年のはずだ。
たが、1990年と1994年にそれぞれ半年間充電しているから、足して1年間は放送されなかったことになる。
とすれば、1986年に始まったと考えて、今年が<のべ20年>ということになる。

番組がレギュラー化された1988年の秋から、最初の充電に入る直前の1990年3月までは、実によく見ていた。
仮面ノリダーの時代だ。
オープニングがゲストとのコント、合間に短いレギュラーコント、モジモジ君、ゲストの歌が入り、後半がノリダーだった。
この頃に録画したビデオテープは今でも大切に保管している。
そろそろDVDに焼いておかないと、見られなくなってしまうかもしれない。

今回のスペシャルは、主演俳優賞や女優賞などの賞を、過去20年の該当する出演者に授与するという構成だった。
もちろん見応えは賞そのものよりも過去映像にある。

この番組が80年代後半に、他のお笑い番組を大きくリードした理由は、お笑い以外の分野への本気度にある。

たとえば『ひょうきん族』には「ひょうきんベストテン」というコーナーがあり、ゲストが歌うことがあったが、たいていの場合まともに歌わせてはもらえなかった。
「スリラー」のパロディもあるにはあったが、西川のりお「オバQ」の歌を口ずさむのがオチというお粗末さ。
おれは当時中学生だったけれども、さすがに恥ずかしかった。

たぶん当時のひょうきんタレントでマイケル・ジャクソンの「スリラー」を真剣に聴いたり、ムーンウォークを本気で練習したりする人はいなかったと思う。
「ひょうきん族」はお笑い芸人達の住む世界だった。

とんねるずは違っていた。
「みなさんのおかげです」で作った数々のパロディPVは、もちろん笑わせることが目的だから、ふざけてはいる。
だが、作りの根底に、アーチストへのリスペクトがある。
うろ覚えだが、木梨憲武がマイケル・ジャクソンを演じた「BAD」のPVコントでは、マイケルのPVで踊っていた本物のダンサーを何人か使っていたはずだ。

芸人の縦社会を経験する代わりに、井原高忠が演出する赤坂コルドンブルーのステージに立ったことが、とんねるずの原点ではないかと思う。
コルドンブルーでは、お笑いよりダンサーの方が主役だった。
そして井原高忠は、バラエティ番組のパイオニアだ。
伊東四朗は井原高忠演出の番組「九ちゃん!」で、音符を読まされ、歌を歌わされ、バイオリンまで弾かされたという。

とんねるずのPVパロディには、こうした妥協のなさが受け継がれているように思う。
そして、それほどの労苦とお金をかけるバラエティ番組が見あたらなくなって久しい。

他にも沢山の企画があった。
野猿、アルフィーとの卓球対決、食わず嫌い王、ドッキリ企画、物まね、ゲームなど。
20年分が凝縮されたものを見ると、なんでもありという印象を受ける。
だが、これがヴァラエティーの本来の姿ではなかったか。
そして、とんねるずはお笑い芸人ではなく、ヴァラエティータレントなのではないか。

2時間、濃い映像を見て、久しぶりに腹を抱えて笑った。
特に、木梨憲武の「タンバリン教室」には、ひっくり返った。
よくもあんな不条理なコントをこともなげに・・・

テレビ番組で抱腹絶倒するのは久しぶりだ。
『ガキの使い』の「絶対に笑ってはいけない高校」以来かもしれない。
笑い疲れた頃に電話。
渡辺ノブ君から。
水曜日に会い、演出について色々アドバイスすることになった。

夕方5時にジョギング。
電波研究所コース。
55分。

シャワーを浴びてから買い物に行く。
あんこうが妙に安かったので買う。
作ったことはないが、アンコウ鍋を食べることに決める。

うちに帰りネットであんこう鍋のレシピを調べる。
あんこうを下ごしらえし、割り下を作り、あとは普通の鍋と同じ。
あんこうは旨かったが、骨がやたらに多かった。