『嵐が丘』のような世界

『本格小説』下巻読む。
ヒースクリフもキャサリンもいる。
だが成人してからは『嵐が丘』とは若干展開が違ってきた。
ヒースクリフは失われた男だが、東太郎は間に合った男だ。
完全には間に合わず、完全には足りていないが、かけがえのない時を少しでもよう子と共有できたのだから、ヒースクリフに比べると断然幸せ者だ。

ふと『モンテ・クリスト伯』のことを思い出した。
エドモン・ダンテスは貧しい者ではなかったが、騙されて裏切られて、財産も最愛の女性も奪われ、牢獄に放り込まれる。
そこから奇跡の脱出を果たすと同時に巨万の富を得て、自分を裏切った連中に復讐していく話だ。
こういうストーリーを思いつくのは、やはり男だろう。

夕方、ラーメン大で野菜増しを食べる。
織田信成に似た店員の時は野菜をたっぷり盛ってくれ、スープの濃さも丁度良いのだが、今日の店員は笑いの世界に入らなかった不機嫌な志村けんといった感じの人で、罰ゲームのようにラーメンを茹でていた。
野菜の盛りも普通で、味も薄かった。
アンラッキー。

9時からジョギング。
五日市街道のドンキホーテまで往復。15キロ。
12キロあたりで疲労を感じた。
ともあれ、先月15日から走りを再開してひと月経ち、10キロの足にはなったということでよしとしよう。
これからひと月は10キロ以上15キロを目安に走り込み、2月に入ったら20キロも交えていく予定。

日馬富士、またも敗北。
昨日せっかく勝ったというのに。
だが、こうなったら今場所は、地獄の底までとことん見守っていくしかない。