魔女の気配

一晩寝たら、身体がずいぶん軽くなっていた。
夕方6時過ぎに帰宅。
着替えて走る。
環八を北上し、平和台まで往復。
16キロ。

日曜から今日まで15キロ以上走るという誓いを立てた時点で、もし一日でも走れなかったら公演が失敗するという恐怖感があった。
願掛けではなく、自分で自分に呪いをかけたようなものだ。
走りながら、今日で呪いが解けるなあと思うと同時に、ひょっとすると「走らせようとしない力」が働くんじゃないかと思った。
理由はなく、ただそう思えた。

その力は、その昔魔女狩りの時代に民衆が恐れた魔女の力と同じかもしれない。
存在しないものだったのに、存在するもの以上の力を感じる。

平和台から折り返し、いつも以上に車に気をつけた。
すると、普段よりも曲がり角や交差点が怖くなる。
石につまずいて転ぶかもしれないとおもうと、足元が普段よりも暗く感じる。
しょっちゅう走っている道なのに。

走り終わってから水を買おうと思い、ポケットに千円札を入れておいた。
無事15キロ地点まで走り、呪いが解けたなあと思いながらコンビニに入り、ポケットの中を探った。
千円札がなかった。
運動をしてものが落っこちるようなポケットではないし、穴もあいていないのにだ。
血の気が引いた。

家に帰り、今度こそ安心してシャワーを浴びた。
夕食をとり、休憩してから、台本を書きはじめる。
2時間書いて30分仮眠をとる。

真夜中、マンションの廊下から猫の声が聞こえた。
住人に猫を飼っている人はいない。
野良猫だろうか?

うちは3階だ。
廊下に出て階段を降りると、2階と3階の中間に猫がいた。
人懐っこい猫で、頭を足にこすりつけてきた。

1階に降りると猫がついて来た。

「どっから来たんだおまえ?」

問い掛けると猫は、

「ニャー」

とだけ答えた。

部屋に戻る。
猫は途中までついて来たが、うちには上がってこなかった。

魔女が猫に姿を変えて、呪いが解けたことを知らせにきたかのようだった。

台本書きを続ける。
休憩をし、ニュースサイトを見る。
田中好子さんが、癌で亡くなったことを知る。
キャンディーズのスーちゃんが。

呆然とする。