新人教育

いつものように、デスクでサンドイッチを食べる。
隣席の新人君と少し話す。

午前中、その新人君について上司に言われる。

「彼の担当、(自分と別の同僚の)二人に担当分担お任せってことで理解していいんだよね?」

どういう人が来るのか、彼は何ができるのか、何も聞いていなかったので、逆に質問した。
結局、好きに使ってくれみたいなことを言われた。

彼と話す。

「僕も、何をするのかよくわからないまま入ってきたんで…」

ただ、人を一人増やせば、我々がなんとか使うだろうということだろうか。
それなら、自分流にやらせてもらおう。
瞬間的にそう決心した。

午前中、きょろきょろしながら顔を赤くしている新人君に、データベースのことを徹底的に喋り倒す。

「ちょっとずつ教えるんじゃなくてさ、最初に可能な限り、全貌を教えるから」
「はあ…」
「たぶん、というか絶対、理解はできないと思う。できるはずないよね? だから、逆にリラックスできるでしょ? わからなくていいんだもの。それでもとにかく、概要を喋りまくるから、はあ、はあと言う感じで聞いてね」
「わかりました…」

お昼頃になると、彼も理解することを観念したようだった。
ただ、全貌がどのくらいの規模であるのかは、ぼんやりとわかったらしい。

「お疲れ様」
「いやあ…すごい…っすね」
「でも、今話した全貌の、ほんのさわりの一部から始めればいいんだから、楽でしょ? 押すボタンは5つ。あとは待ってればいいんだもの」
「緊張します」
「緊張禁止」
「はあ…」
「昼はおれがメンテナンスやるから、午後は、今話したデータベースを、好き勝手にいじってみて。壊れても大丈夫なように、そのパソコンあるデータを使うから。いや、むしろ壊して」
「いやそれは…」
「冗談だけど。でも、色々触ってみると、距離感がつかめるからさ。遠慮なく全部のボタンを押していいから」

新人君はお昼を食べに行った。

午後、言われたとおりに色々触ったらしい。
「この機能、すごいですね」
「それはね、これこれこういう仕組みで…」
「ハアー…」
「じゃあ、夕方のメンテナンスをするための、メールの文面と送信先のアドレスを送るから。メールの署名って設定してる?」
「いえ」
「Outlookのオプション開いて」
「はい」

新人君に教えながら、自分の仕事依頼を待つが、そちらの方は別件で詰まっていて、なかなか来なかった。
腹をくくり、教えることに徹する。

メールの文面、サーバーのパス、気をつけないといけない点、データベースの構造、他のAccessとは違う使い方をしている部分、なぜそうしたのか? とにかく、思いつく限り教える。
「おれ、延々喋っているけど、覚えなくていいから。でも、聞いて。ただただ、聞いていればいいから」
「はい」
「休憩トークしようか」
「はあ」

時々、仕事とは関係のない話をした。
住んでいるところ、好きな映画、ゲームの話など。

「塚本さん、ゲーム好きですか?」
「俺はねえ、ドラクエだったら、7で終わってる」
「そうですか。僕も、9まではなんとかやったんですけど」
「面白かった?」
「いやあ…」
「8は?」
「8は、短かった、ですね」
「一番やったゲーム機は?」
「スーファミっす」
「へえー。俺もやったよ。何が一番すき?」
「うーん…」
「クロノトリガー?」
「…も、好きっすけど…ドラクエ…5ですかねえ」
「おおー、5か」
「ええ。あの、人生の選択迫られたりとか、奴隷になったりとか、たまりませんねえ」
「ファイナルファンタジーなら?」
「4っすねえ」
「おおー、これまた渋い。ゴルベーザ?」
「ええ」
「フースーヤ?」
「ええ」
「パワーとメテオに、いいですとも!」
「ええ、そういうのが、ええ」
「映画は見るの?」
「ベタな、アクション系ですね」
「シュワルツェネッガーとか?」
「はい。コナン・ザ・グレート、最高っす」
「なにを? あんなマニアックな…ヒロイックファンタジーをか?」
「ええ、そういうのが、ええ」
「じゃあ、ロード・オブ・ザ・リングとかも?」
「ええ、そういうのも、ええ」

夕方のメンテナンスになった。
散々教えまくったにもかかわらず、作業自体はすぐに終わる。
ボタンを押す時に、
「今、そのボタンを押して、何が起きているかを想像してね」
と言う。
「今、サーバーからデータがコピーされているから。で、次のボタンは、複数のデータを一つにまとめるボタン。そういうのを、頭の中で映像化しながら、ボタンを押してね」
「はい」

作業はすぐに終わった。
むしろ、メールの文面をコピーする作業の方が、確認などもあり、煩雑であるようだった。

「Outlookを、使いやすいようにカスタマイズした方がいいね。全く使わないボタンは非表示にするとか、プレビュー画面の大きさとか、自分に合った設定にしてね。そういうのって、毎日やることだから。じゃあ、あとは終業時間まで、そういう作業をやってね」
「はい。今日はどうもありがとうございました」
「いや、まだ終わりじゃないから。あと30分」

新人君は、戸惑いつつも、昨日や今朝のような緊張は抜けたようだ。
良かった。
しかし、一日中喋り倒したので、疲労感がひどかった。

定時後、自分の仕事に戻る。
先に進みたいのだが、知るべき情報が自分のところに全く来ないという現状がある。
責任者がいないためだ。
ギリギリになって、
「これを、こうして欲しいんですが」
という形で、依頼が来る。

10月は、散々苦労して、巨大なExcelシートを取り込む仕組みを作った。
乗り気ではなかった。
それをAccessに入れると、あまりにも無駄が多くなる。

「仕方ないじゃん」

の一点で、押し切られた形もあった。

だが、そうまでして作った仕組みが、もしかしたら別のシステムによって、まったく無駄になるかもしれない。
初めから知っていれば、今の仕組みにする必要がなかったかもしれない。

そのことをうっすらと感じているが、情報は自分のところにやってこない。
気にしないと言えば嘘になる。

新人君の教育に関しても、彼をどういう形で雇用しているのか、曖昧なままお任せにされているようだ。
お任せでいいなら、半年かけて立派な子に育てる覚悟はあるのだけど、もしもそういう風に成長したとして、彼の給料はちゃんと上がるのだろうか?
もし上がらなかったら、
「ここやめて、別のところ移った方が、今のスキルなら給料あがるよ」
と、自分は平気で言えるポジションにある。

人事的に、色々な歪みがあると思う。
誰が悪い、というものではない。
ラッシュアワーの電車に似ている。
ただただ、混んでいる。

7時前に退社し、買い物をして帰宅。
疲れを頭に残したくなかったが、吐き出し尽くした後の虚無感があった。

ビールを一缶飲み、本を読むが、9時を過ぎた頃にもう眠くなった。
ここ1週間、寝る時間が早い。
1時前には布団の中に入っている。

明日は休日。
観劇予定がひとつあるのみ。
あとは、リフレッシュ。