トツゲキ倶楽部終演

朝6時帰宅。
打ち上げ中、眠らずに眠気をやり過ごしたので、電車で寝落ちすることなく帰宅できた。

バタンキュー。

起きると11時だった。
夜ではなく昼前。
6時間くらいの睡眠で、体が起きるようになっているらしい。

洗濯をする。
雨続きの週だったが、こまめにしていたおかげで衣装だけで済んだ。

昼すぎ、久しぶりに「丸信」でワンタン麺を食べる。
3ヶ月ぶりだった。
麺の量に、胃と脳が戸惑った。

帰宅し、パソコンで音楽ファイルのレベル調整という地味な作業をする。
フリーソフトで登録しボタンを押すだけだが、mp3ファイルが膨大にあるので時間はえらくかかる。

夕方5時頃、眠くなり、床に横になる。
起きると9時半だった。
4時間半を何者かに盗まれた感覚があった。

音楽ファイルの処理はエラーをひとつ残して終わっていた。

昼に食べたワンタン麺が腹に残り、食欲はなかった。
テーブルの上が散らかっていた。
最近忘れ物をよくするのは、片付いていないからだ。

引っ越しのこと、不動産屋に伝える期限が迫っている。
同時にマグの稽古も迫っている。
現在の状況は4年前の「顔と名前」の時とそっくりだ。

幡ヶ谷、笹塚、代田橋、池ノ上、下北沢、上北沢、東北沢、明大前、永福町、十条、中野。
そのあたりの部屋をネットで検索する。
引っ越しの目的がはっきりしていないので、絞り込み結果が多すぎた。
広い部屋じゃなくても、分かれた部屋に住みたい。

遅くまで起きていた。

トツゲキ倶楽部公演を振り返る。

今回の稽古中は、余計なひと言を発しないように気をつけていた。
ユニークだと面白がってくれるのは、相手の善意だろうし、集団の和を乱さないための気配りでもある。
そこにつけ込んで、ギャーギャー騒がないようにした、ということ。
結果的に、稽古以外で喋ることも少なめになった。

前回出た時と比べて、横森さんと永野さんの役割分担がより明確になっているように思えた。
黒幕である永野さんはより俯瞰的演出的に、横森さんはより役者的に見ているようだった。

横森さんの出演シーンは減り、稽古で実際に演じる回数も少なかった。
その分、役者として生理的に感じる違和感を、役者へのダメ出しの言葉にしていた。

中日の土曜日に劇場でやったシアターゲームで、スピードを上げていった時の横森さんは、とても楽しそうだった。
過酷な稽古期間中にみたことがないほど、生き生きとリズムにのっていた。
役者であり続けたいんじゃないかなと、その時思った。

稽古場は終始、和気藹々としていた。
ここ数年の間に常連役者が固定され、トツゲキ恒例の何々、というイベントがスムーズに行われてきた。

石川くんは朝10時からの特別稽古を受けていた。
普段は明るく笑っていたが、人知れず感じるプレッシャーで、飯が喉を通らなくなることもあったらしい。

後藤さんとたかりょうくんとからむ役だったのはとても嬉しかった。
出演者中もっともストイックだったのはたかりょうくんだった。
かといって、ストイックさを周囲に認めさせるような発言はせず、かたくなさを感じさせないバランス感覚があった。
横森さんにとってもっとも頼れる存在だったのではないか。
そのたかりょうくんを、一哉さんがちょくちょくいじっていた。
「生まれ変わったらたかりょうになりたいなあ」
とか。

後藤さんには稽古の休憩中などに色々な話を聞かせてもらった。
役者としての現状を打破するためにしてきたことを、淡々と話してくれた。
穏やかな声だったが、かなり勇気のいる決断だったろう。

昨年だったか、何かの折りに今回のキャスティングについて話していた時に、
「ドカさんは何々の役だそうですよ」
と聞いた。
その役を前回演じた人を知っていたので、その人は出られないのかと思い、
「えー?オレがー?」
と反応した。
それが伝わり、今回は研究員の役をやることになった。
もちろんそれだけが理由のはずはないが、もらった役をごねてかえてもらったみたいな気はずっとしていた。
余計なひと言とは、そういうことをいう。

稽古が始まってからは淡々とセリフを覚え、言われたことを咀嚼して、見てもらうの繰り返しだった。
特別なことは何もなかった。

前回は芝居以外の何かと戦いながらの稽古参加だった。
今回はそういうことがなかったので心理的には楽だった。
受け入れてもらったので、できることをやり、尊重してもらったので、敬意をもって臨んだ。
敬意といってもマナーを守ることくらいで、するべきじゃない話をしないとか、そんな程度。

ただ、オレは黙ると、旧ソ連KGBのアジア系エージェントみたいに、何を考えているのかわからない男に見えるので、不気味に思われたとしても仕方ない。
不気味な男が笑ったら、いっそう不気味になるし。

正直なところ、自分がどの程度作品の出来に役立っていたかわからないが、集団の、とても良い感じにある瞬間に立ち会い、作品作りに関われたのは、役者として幸せだった。
できることなら、二十代の頃フリーの役者をやっていた頃に関わりたかった。
もっともその頃だったら、性格的にも実力的にもお呼びじゃなかったかもしれない。

打ち上げ後に一哉さんから、
「また一緒にやろうね」
と握手されたのが、稽古、本番、打ち上げのピリオドとなった。

次はマグだ。
色々、経験させてもらったことをフィードバックして、いい稽古場を作りたい。