ゲームをやっていた頃

また、えらく早い時間に起きた。4時過ぎだ。外は真っ暗だった。このまま起きてしまおうか迷ったが、することがなかったので、再び寝台にもぐりこみ、次は7時20分に起きた。サッポロ一番を食べる。

昨日の夜、羽毛枕を洗濯して外に干した。様子を見ると生乾きだったので、そのまま干すことにした。

西村賢太『暗渠の宿』読了。食堂の女と同棲することになったその顛末。主人公は、作中の女には取り繕うが、読者に対してはすべてをさらけ出す。当たり前のようだが、実はなかなか難しいのではないか。特に私小説においては。しかも、さらけ出し方に露悪的な意図を感じない。不思議とすっきりしている。病的なのに健全という二律背反がある。

昼休み、歯医者へ。歯石クリーニング。その後、「魚串酒場」でランチ。先週来た時は店の名前を覚えなかった。特大チキンカツを頼んでみる。チキンカツが二枚ついてきたが、引くほどの量ではない。揚げたてを供してくれるし、もも肉を使っていておいしい。800円。他のメニューは700円。カキフライ、焼き魚定食もあり、神田界隈で十分戦える店。午後は眠気と戦った。2時台が一番眠かった。

先週からゲームのことを考えている。初めてやったコンピューターゲームはテニスゲームだった。そのあとブロック崩し、スペースインベーダー、ギャラクシアン。パックマン、ラリーXの頃は、ゲームセンターに入ってはいけないと親から言われていたが、ディグダグあたりで勝手に遊ぶようになった。安いゲーセンだと10円で遊べたが、ゼビウスはどこでも100円だった。

そのうちパソコンにはまりだす。プログラムを書けばタダでゲームが遊べる点が魅力だった。はじめにゲームの魅力があったから、パソコンにも興味が持てたのだ。

ファミコンが発売されたのは夏だった。存在を知ったのは、ドリフ大爆笑の提供CMだった。商品紹介をするだけの地味なCMだったが、画面に映っているゲームの出来に目を瞠った。ドンキーコングだった。アーケード版を作っているのは任天堂だから当たり前かもしれないが、見た目がそっくりだった。翌日学校で、昨日のCM見たか? という会話を友達とした。さっそく欲しがっている奴もいた。実機を見たのは少し後。おもちゃ屋のデモだった。ドンキーコングとポパイとマリオブラザーズ。完全に同じとまではいかなかったが、十分満足できるクオリティだった。

ファミコンが他のゲーム機と違ったのは、なんと言っても色だった。当時、他のメーカーから出ていたゲーム機は、キャラクターの色が単色であることがほとんどだった。ところがファミコンは、たとえばマリオなどに複数の色が使われていた。動きがとても滑らかだった。当時、売れていた8ビットパソコンのグラフィック解像度は、640X200ドット。ドットごとに8色というのがデファクトスタンダードだった。しかしゲームを作るとなると、ビットマップ画像しかないわけだから、大変な苦労がいる。シャープのX1はドットごとの色指定が可能なPCGがあったので、ゲーム作りに向いたパソコンだったが、それでもナムコ協力で世に出たゼビウスやマッピーは動きがカクカクしていた。

ファミコンを買ってからは、ゲーセンに行かなくなった。コンピューターにも興味を失った。やがてゲームにも飽き、キラータイトルのみを追いかけるようになった。といってもドラクエだけだ。やがてファミコンは押し入れにしまった。ドラクエ4が出たとき一時的に出したがまたしまった。

ドラクエ5をやりたさにスーパーファミコンを買った。ハードの進化にびっくりして、またしばらくゲームにはまった。バイトする年齢になっていたので、メガドライブとメガCDも買えた。しかし、卒業と失恋とオーディションに落ちるということがわずか三週間の間に立て続けに起き、こんなことしてる場合じゃないと思ってゲーム機とソフトを全部売った。代わりにビデオデッキを買い、レンタルビデオで映画を見るようにした。当時住んでいたアパートの部屋にはアンテナ端子がなかったので、テレビをつけても画面は砂嵐に近かった。上の階の部屋は屋根の八木アンテナから75Ωのケーブルが引き込まれていた。分波器を買ってきて延長工事を自分でして、ようやくテレビの録画も出来るようになった。

その後、スーパーファミコンはドラクエ6をするためだけに買いなおした。プレステはドラクエ7をやるために買った。ビデオデッキは買ってから十年以上使った。西荻に住んでいた時に壊れた。スーパーファミコンもプレステも、西荻にいた時に捨てた。今年ドラクエの最新作が出たが、さすがにもう追いかけられない。

夕方、帰り道頭がフラフラした。芝居が終わってからずっと、目まい未満のフラフラが続いている。しかし体の方はすっかり回復した。走ってみようか。それほど寒くないし。

6時半帰宅。風呂を追い炊きにしてから走りに行く。昔自転車で通勤していたルートで、中野通りまで往復。5キロ。

汗がちゃんと出た。体もまともに動いた。ほっとした。7時半帰宅。風呂に入り、おかゆとそぼろ納豆で夕食。走れたとはいえ、7月8月に走り溜めした体力貯金はゼロだった。明日、腿が筋肉痛になるんじゃないかと思う。

Prefumeのライブ、来年2月にあるとメールで知り、急いでエントリーする。2ステージのみの抽選制。