クララ立ち

5時半に目が覚めた。目覚ましをセットした時間より早かった。睡眠アプリを見ると、いびきの時間が増えていた。去年の秋に買った枕で仰向けに寝ると、首がくの字型に少し曲がり、顎で喉を圧迫し、いびきが出やすくなるようだ。安眠枕なのだが、使っているうちに凹んで、体に合わない高さになったのかもしれない。

二度寝して6時半に起きる。風呂に入り汗を出す。蕎麦100本とうどんを茹で、つけ汁で食べる。アレルギー反応はなし。

8時半から仕事。Oさんから改修依頼を受ける。すぐに対処できるものだった。

昼、ミニストップでカップそば食べる。ミニではなく普通のサイズ。朝、乾そばを100本食べたのにアレルギー反応が出なかったので、気が大きくなった。だが食べる時は少し緊張した。蕎麦は自分にとって毒であると、数十年にわたって自分に刷り込んできたからだ。
カップ麺なので、そばの香りはほとんどわからなかった。食べ終わっても、身体に違和感はなかった。

ここ数日、そばのことばかり書いている。
人目をはばかりながらこのブログを読んでいる、すねに傷ある人、後ろ暗い人、心がやましい人から、食ったもののことばかり書くんじゃねえと言われる。
分ってる。オレだけのために書いている。他人のためにブログを書こうとすると、とたんに嘘しか書けなくなる。
オレも今年で還暦だ。衰えた記憶力を補うため、食ったもののことを書く。そうすればその日にあったことを思い出しやすくなる。

そら思い出した。1月10日。空から魚が降ってきた。狼が来て、トラが来て、ドラゴンが来た。ホシノちゃんも来て、空から魚が降ってきた。
村上春樹『海辺のカフカ』の中で、世界はメタファーだと大島さんは言った。すべての村上作品を読む時は、その言葉を頭に置けばいい。
大島さんとホシノちゃんが図書館でベートーベンについて会話する場面は、人と人が理解しあう、もっとも理想的で好ましい場面だ。

そばについては、食べたもののことを書いているだけではない。アレルギーが治ったのが嬉しいから書いている。肉体的に不可能だったことが出来るようになるのは、人生で起きる感動的なことのひとつだ。オレの中で、クララが立ったのだ。
以前なら、蕎麦を食べて立つのは死亡フラグだった。その期間は三十年に至る。クララが立てなかったのは、物心ついてからせいぜい数年だろう。

夕方、実家へ。麻婆豆腐を食べたいと母にメールしたら、自己流のソースで作ったらしく、砂糖が入っていた。母はキムチ系の味が一切駄目なのだが、中華系の辛いものも駄目になりつつあるのかもしれない。

週刊文春を読む。さいきんの目当ては、森秀樹の漫画連載「幕末」。描かれた侍たちの面魂が実にいい。原作は司馬遼太郎。映画化しても、役者が集まるまい。1970年代なら、辛うじて可能だったかもしれない。

NHK「ファミリーヒストリー」観る。星野仙一の回の再放送だった。弱味を見せない人だなあと思った。