語ることで死者を生かしていく

12時に家を出た。小雨が振っていた。
東小金井へ。
「宝華」でネギ丼と宝そばを食べた。
土曜日のお昼時だったので、店の前に行列ができていた。

歩いて緑分館へ。
訪れるのは小金井に住んでいる時以来だった。

田和義英を語る会に参加した。
昨年亡くなった田和くんをしのび、ご家族の方々と、田和くんについて語り合う会だった。
どのようなスタイルになるのか見当がつかなかったので、一応スーツを着ていったが、参加者はみな私服だった。知り合いは豪介だけだった。

田和くんが亡くなったのは昨年の9月27日だった。夜中に笑里からメールで知らされた。
葬儀からふた月ほど経ってから、田和くんのご家族から封書が来た。田和くんが亡くなった経緯が詳しく書かれており、一周忌の折にもう一度、田和くんを知る人達と語る会を持ちたいと結んであった。
一周忌まで待たなくても、と、その時は思った。年内にそうした会を開いた方が、多くの人が参加してくれただろう。

だが、ご家族が気持ちの整理をつけるのには、それだけの時間をおく必要があったのかもしれない。

田和くんの映っているホームビデオ映像を年代順に編集したビデオが流され、参加した面々が田和くんのエピソードを順番に語った。
ぎこちない感じで始まったが、一人、また一人と語るうちに、スタイルができて、語られる内容も多様性を帯びてきた。たくさん語られることで、田和くんの新しい像が形成されていくかのようだった。それを必要としているのは、ご家族の方々なのだと思った。

語られ、共有されることは、田和くんを生かすことではないか。
縁の深さは関係ないのだ。面白いエピソードも必要ない。漠然とした印象でもいいから、語ることで、与えられる命というのはあるはずだ。
葬儀に参加することより、大切なことをしているのだと思った。

知っている限りのエピソードを話した。初めて会った時のこと、その日にマグ出演のオファーをしたこと、カツ丼を食べさせたこと、客演した舞台の愚痴を聞いたこと、最後に会ったファミレスのこと。
亡くなる二年前から、しばらく役者として舞台に立つのは控えると言っていたと思う。それゆえ、田和くんと会う機会が減った。去年の時点で、一年半くらい会っていなかったのではないかと思う。

皆がエピソードを語り終わると、会の終わる時間が近づいていた。明日は同じ会を関西で開くとのことだった。ご両親に挨拶し、分館を出た。雨はやんでいた。

5時40分に後楽園へ。区民施設にて本読み会に参加した。
今回のテキストは菊池寛だった。「父帰る」「藤十郎の恋」屋上の狂人」「入れ札」を読んだ。「屋上の狂人」が大変面白かった。初めて読んだのは二十歳のときだったが、印象がまるで違った。やはり、戯曲は声に出して読んだ方が面白い。

10次帰宅。

夕食に麻婆豆腐を作った。セブンイレブンの冷凍刻みネギをひと袋全部入れた。入れすぎたと思ったが、火が通るとちょうどいいかさになった。安くて使いやすいネギだと思った。