金勝山に登ってきた

2012年4月30日 月曜日

7時起き。肉じゃがで朝飯。
ネットで郊外の沿線を調べる。
ただ漫然と地図を眺めるだけに終わる。
どこに行くか決めないまま、正午前に家を出る。
西荻窪へ。
駅のホームに上がると、下り電車が先に来た。
三鷹まで乗る。

中央線に乗り換えて立川へ。
青梅線で拝島まで行き、川越線に乗り換える。

1時前に高麗川へ。
八高線に乗ることにした。
ホームに停まっているのは今時珍しいディーゼル車だった。
時刻表を見ると1時間に1、2本しか走っていなかった。
発車まで1時間以上あった。
席に座って、マイケル・サンデル『ハーバード白熱講義』の上巻を読む。

3時近くにようやく発車。
本をとじ、外の景色を漫然と眺める。

竹沢駅で降りた。
試しに降りてみたという感じだ。
無人駅だった。
駅の周りには店が一つもなかった。

線路に沿い、寄居方面に向かって歩いた。
歩いてみたという感じだ。
道は途中で右に折れ、JRの下をくぐる。
線路を背にして進むと、途中でつぶれた小さい工場をいくつも見かけた。

小さい虫がたくさん飛んでいた。
左手に水田があり、蛙の鳴き声が聞こえた。
道は右手にある山を囲むように続き、国道254号に合流した。
右に曲がると山を貫通するトンネルがあった。
中に入る。
歩いてトンネルをくぐるのは結構恐ろしい。

トンネルを抜けて少し行くと、右に折れる小道があった。
下り坂になっていた。
坂を下ると東武東上線の線路があった。

線路沿いに歩いていると、「東登山口」と書かれた看板が目に入った。
それまで1時間ほどかけて周囲を回ってきた山の登山口があるらしい。
立てかけてある地図を見ると、東側から山を登り南側から降りれば、竹沢駅のそばに出るようだった。
時計を見ると4時だった。
迷ったが、この土地に来ることがこれからの人生に何度もあるわけではないと思い、登ってみることにした。

アスファルトは途中から山道になっていた。
それなりに急な傾斜の段を登る。
真っ直ぐ登ってから左に向かって降りていくというという方向感覚で登り始めたのだが、道は右に曲がっていった。
さらに登ると再び左へ。
標識が立っていて、避難所まであと数十メートルと書いてあった。

避難所はプレハブ小屋だった。
急な雨や雷の時に使うのだと思う。
鍵は開いていた。
中は薄暗く誰もいなかった。
映画『死霊のはらわた』を突然思い出し、山のてっぺんにたった一人でいることが恐ろしくなった。

避難小屋から道を左に曲がり、尾根沿いにもう一つの頂を目指す。
次の頂は山頂らしく、見晴らしも良かった。
山は金勝山といい、300メートル弱の高さがあるらしい。
登山する山としては低いが、散歩のついでに登るには丁度いいのかもしれない。

山頂にはしっかりした建物があった。
事務所や施設やプラネタリウムがあるようだったが、人っ子一人いなかった。
今日、山に登っているのは、自分一人だけのようだ。

標識に従って山を降りる。
登ったのが東側とすれば、南側の斜面だ。
西側には車道があり、さきほど蛙の鳴き声を聞いていた水田のあたりから車で登れるらしかった。

清水が小さな流れを作っていた。
生活排水ではなく、山に降った雨が地中を通ってしみ出した、正真正銘のわき水だった。
この山は里山なのだ。
きっと何百年も村人を養ってきたのだろう。

清水は渓谷を作っていた。
両側に高い木がそびえ立ち、薄暗い緑のトンネルになっている。
下りの傾斜がおさまると、突然地面がアスファルトになり、視界に住宅地が広がった。
竹沢駅の北側に出たようだ。
時計を見ると、登り始めた時からおよそ1時間半が過ぎていた。
竹沢駅を出て、山をぐるっと回って、登山して、再び駅に戻るまでに、人の姿をほとんど見なかった。

高麗川行きの電車に乗る。
ひょんなことから登った山だが、結構楽しめた。
緑の匂いを思う存分味わえたし、山の頂上で一人きりという特殊な状態も体験できた。
近所にこういう山があったら楽しいだろうが、こういう山が近所ある土地に引っ越すのは大変だろう。

9時前に西荻へ。
ラーメン大で野菜増しを食べる。
朝7時に食べてから、何も口にしていなかったのだ。

9時半帰宅。
疲れた。当たり前か。

バイクに乗りたい

2012年4月29日 日曜日

7時半起き。
肉じゃがと卵焼き、ソーセージで朝飯。

昨日からパンケーキが食べたくて仕方なかったので、昼前に買い物に行き、ホットケーキミックスを買った。
小金井に住んでいた頃はしょっちゅう作ったが、前の部屋に引っ越してから回数が減り、今の部屋に住むようになってからは年に数回となってしまった。
たぶん去年は2回くらいしか作っていないと思う。
買ったメープルシロップがもったいない。

昼飯のタイミングを逃したついでに、3時にパンケーキを焼く。
コーヒーを飲みつつ食べる。
食べたい時に食べるとなんでも美味しい。

夕方、ロック食堂へ。
5月20日にモチメがイベントをするので、その下見と打ち合わせ。
ノートPCを持って行き、プロジェクターの接続とスピーカーの音を確認する。
両方問題なかった。

いったん外に出て本屋で時間をつぶし、6時半に再びロック食堂へ。
酒を少し飲み、夕食代わりの料理をいくつか食べる。
THE WHOの「Live At Leeds」が流れていた。
そして店のスクリーンには映画の「TOMMY」が映し出されていた。
どちらもフーだから、見たり聞いたりと忙しかった。
スクリーンは席の真後ろにあったので、少々首が痛くなった。

10時前帰宅。

ネットでレンタルバイクのことを調べる。
明日はなにも予定がないので、久しぶりにバイクに乗ってどこかに行こうかと思ったのだが、あいているバイクも乗りたいバイクもなかった。

5月になるとバイクに乗りたいなと思うことがある。
同じことを9月にも思う。
しかし、そのふた月だけのためにバイクのオーナーになるほどバイク好きでもない。
レンタルバイクはそういう意味で丁度いいのだが、値段がまだ高い。
ひと月単位のリース制だともう少し割安になるだろうか。
値段によっては、試してみたいものだ。

洗濯と家のことだけで終わる

2012年4月28日 土曜日

久しぶりによく晴れた。
午前中、雨続きで溜まった洗濯物を片付ける。
不動産屋に電話をし、トイレ修理の打ち合わせをする。
図書館へ行き、予約していた本を借りる。

昼、オムレツとツナサラダを作って食べる。

午後、廃品回収業者が通りかかったので、古い液晶テレビを引き取ってもらう。
4000円かかる。

ブログの更新をするが、文章がまとまらず、延々と時間がかかる。
たった一日分にかける時間にしては長すぎた。

夜、肉じゃが、さばの塩麹漬けで夕食。

家のことばかりしていたら一日が終わった。
そういう日は嫌いじゃない。

お湯はきちんと沸かすべき

2012年4月27日 金曜日

7時半に目覚ましで起きる。
カーテンを閉めて寝れば、5時半などという時間に目を覚ますことはないのだ。
トーストを焼いて食べる。
風邪の症状はほとんど気にならなくなった。
連休前に治って良かった。

昼、赤いきつねを食べようと思ったら、ポットのお湯がまだ沸いていなかった。
少し待ち、ポットの本体を触って温かみを感じるようになってから、お湯を注いだ。
ところが、沸騰させない水道水は、まだ塩素が残っているのだ。
うどんを食べてみると、水道水の味がした。
とても汁は飲なかった。
麺だけすすり、残りは流しに捨てた。
カップ麺を食べてこれほど不味さを感じたのは初めてだ。

8時半帰宅。
昼の復讐というわけではないが、夜も麺類が食べたかったので、そうめんを茹でて食べた。

上半身がむくんでいる。
水分が抜けていないような感じだ。
そういえば3月のフルマラソン以来一度も走っていない。
大会があるという目的がないと、なかなか走ろうという気になれないものだ。
それだけ忙しいということもあるが。

夜、ザ・フーのワイト島ライブのビデオを見る。
以前VHSで買ったものをハードディスクに取り込み、DVDに焼いたもの。
ピート・タウンゼンドは、
<空中にいる時間が長いギタリストランキング>
で、1位をとると思う。
つなぎ姿がかっこいい。

第五期へ

2012年4月26日 木曜日

カーテンを開けて寝たら、5時半に目が覚めた。
外の明るさに体が反応したのか。
早すぎるので2時間ほど二度寝。

9時から仕事。
体調が良くなってきたのでマスクはせず。

昼、久しぶりにモスバーガーへ。
2階席が異常に混んでいた。
運良く座れたが、座れない人がトレーを片手に呆然と立っていた。
レジで一声かけてくれればいいのにと思う。

マグ不足の件で山田さんにメール。
芹くん、知恵にもメール。

夜8時帰宅。
トーストとアボカド食べる。

マグネシウムリボンについて考えてきた色々なことをノートにまとめる。
なぜ続けているのかという問いから始まり、過去から現在までの歴史や、これからどうしていきたいのかなど。

マグネシウムリボンは1997年に旗揚げした。
もう15年も続けている。

1997年から2011年までの期間は四期に分かれる。

97年から99年までが第一期。
スタッフ、キャスト共に、大学の後輩達が多かった。
稽古は昼?からやっていた。
稽古場は小金井。
今ならちょっときついだろう。

00年から03年までが第二期。
舞台監督にオギノくんを招き、彼の劇団との交流ができ、そこから人脈が広がっていった。

04年から06年までが第三期。
舞台美術に松本さん、照明に尾池さんを招き、スタッフ力が上がった。
出来ることの幅が広がり、書くものも変化していった。
入場者数が伸び悩み、予算を超えてしまう公演も多かった。
制作システムに疑問を持つ。

07年から11年までが第四期。
公演の赤字超過でおよそ1年10ヶ月ブランクがあって再始動。
その間、よそのカンパニーに客演を続け、人のつながりを増やしていった。
マグネシウムリボンに呼ぶ役者も、それまでつながりのなかったところからの人が増えた。
各公演、座組みの雰囲気は良かった。
実りの多い時期だったと思う。

そんなに長くやっているのに、そんなもんかという、世間から見た批判を想定する。
そして「そんなもん」に対する状態は「どんなもん」なのかを考える。

舞台に立ち、お客さんがそれを見て、何かを感じた瞬間に、コミュニケーションが成立する。
そのあり方が自分にとっては、絶対に必要だ。
人は必ず何らかの形で社会と関わっている。
自分の場合はそれなのだ。

だから、マグネシウムリボンを続ける目的の一つは、その質を高めていくことだ。
内容がお客さんにとっていいものであれ悪いものであれ、きちんと伝わること。
自分の中にあるものをあるがままに出し、他の何かであるような振りをしないこと。

次回にマグネシウム不足をやろうと思ったのは、作品ではなくて、コミュニケーションの質について考えたいと思ったからだ。
マグ不足の舞台は基本的に素舞台で、劇場も小さく、お客さんと役者の距離がとても近い。
その近さに、何かヒントがあるんじゃないだろうか?

やる作品は、ネタ帳に書き残したもののうち、一本の長編に入れるには内容的にそぐわないが、短編としてやったら面白そうなものが中心になる。
下らないものが多い。

マグ不足の経験を、マグネシウムリボンの公演に生かし、二つの種類の公演を繰り返して行けるようにするのが、今の時点での目標だ。
そして、第五期へ。

風邪気味

2012年4月25日 水曜日

朝、ホットドッグを一つ食べて仕事へ。
それだけでは足りない気がしたので、コンビニでおにぎりを買い、机で食べる。

昼、ゆで太郎でカツ丼。
風邪の症状は昨日と変わらず。
一日マスクをして過ごした。
定時に仕事を終え、6時過ぎ帰宅。
マスクのおかげで喉の調子は大分良くなった。
焼きそばを作って食べる。

色々やらなければいけないのだが、どれも手につかず。
気持ちに張りがなかった。
その状態でネットにつなぎ、ダラダラと何時間も過ごしてしまった。
無駄な時間を過ごした気分で2時前に寝る。

次のマグネシウム不足

2012年4月24日 火曜日

風邪の症状がやや悪化。
主な症状はくしゃみと鼻水で、咳は出ていない。
喉が少しいがらっぽい。

「デューン 砂漠の異端者」3巻読了。
終わった感じがしない終わり方だった。
解説を読むと、この作品が翻訳されてすぐ、次のシリーズ「砂丘の大聖堂」が出版されたらしい。
しかし、作者のフランク・ハーバートは次のシリーズを書いてすぐに亡くなってしまった。
つまり、あと1シリーズ読めば、完読ということになる。
息子さんが書いた続編もあるらしいが、それは除外していいだろう。

岩瀬大輔『136億集めたビジネスプラン』読む。

夕方、体調が良くないので定時に退社。
マックでハンバーガーを買って帰る。

家に帰り、ハンバーガーをばらして、アボカドとレタスを挟み直す。
もとのパティの安っぽさがかえって際だってしまった。

twitterでロジャーのライブについてつぶやいていたら、行こうかどうか迷っていた人から「行くことにしました」というリプライをいただく。
嬉しかった。

久しぶりにマグ不足ブログを更新した。
夏にマグネシウム不足で芝居をやろうと思っている。
一人でやれることはすべてやってみるというコンセプトでマグ不足を始めたのだが、その考えに基づいて出演したい人を探そうと思った。
自分は台本を書き、出演者はそれを使って好きなように芝居を作る。
求められれば助言をするが、演出として稽古をつけることはしない。
台本のネタは、これまで書きためたものから選ぶ。
一本の作品にするには短すぎたり、テーマとそぐわなかったりするネタばかりだ。
くだらないものが多い。
タイムマシンを発明した博士と助手の話とか。

マグネシウムリボンらしくない芝居になるといいなと思っている。

ロジャー・ダルトリー来日公演

2012年4月23日 月曜日

夕方、有楽町の国際フォーラムへ。
ロジャー・ダルトリーのライブ。

情報を知った時は見に行くかどうか迷いがあった。
だが「TOMMY」をすべてやるということと、ピート・タウンゼンドの聴覚についてあまり良い噂を聞かないことから、もしかしたらフーのメンバーが日本でライブをするのは最後かもしれないと思い、チケットを購入した。
それに、2008年にTHE WHOとして来日した時の、マイクをぶん回すロジャーの鉄腕ぶりが目に焼き付いてもいた。
あの時ライブに行った人の多くはそれまでのロジャー評が覆ったのではないかと思う。

日本におけるフーの知名度の低さは60年代から続いている。
「フーの知名度は低い」という情報の「知名度が高い」という始末だ。

ところがゼロ年代になってから、ネット経由で演奏しているところの映像を見てファンになった人の数が急増したと思われる。
90年代後半にリリースされた「ワイト島ライブ」のビデオも、ファン拡大に貢献しただろう。
自分もゼロ年代にファンになった一人だ。

それでもストーンズに比べると知名度の低さは歴然としている。
ロックに興味のない人に話しても「誰それ?」と聞き返されることが多い。
フーでそれなのだから、ましてピートやキースに比べて「ボーカルなのに目立たない」と評されがちのロジャーが、単独で来日公演をしても、おそらくチケットは売れないだろうなあと思っていた。
だから少しでも客席を暖かく出来ればという義侠心も、チケットを買う動機になっていた。

エスカレーターを上がってロビーに入ると外国人の姿がちらほら見られた。
席は1階の真ん中くらいの列でかなり下手寄りだった。
座って会場の様子を眺める。
2階席は封鎖されていた。
6時半の時点でおよそ4割弱の入り。
ロビーに人がひしめいていたわけではなかったので、空席だらけになるのではと不安になった。
開演時間が近づくにつれ席は埋まっていき、直前になると8割ほど埋まっていた。
ぎっしり満席ではないが、格好がつく混み方だった。
通路を70代くらいの明らかにロックとは縁のなさそうな夫婦連れが歩いていた。
ご招待券で入ったのかもしれない。

7時を過ぎてから散発的な手拍子が起こる。
前方の席から歓声が聞こえた。
まだライトが当たっていない舞台にバンドメンバーが登場。
もったいつけることなく、ぞろぞろと出てきた感じ。
ロジャーの姿は暗くてよく見えなかったが、客席に背中を向けている人がそうだとわかり、思わず「ロジャー!」と叫んでしまった。

気を持たせるのではなく、純粋に音を合わせるための間がしばらくあって、おもむろに「Overtune」の前奏が鳴り響く。
会場全体が拍手に包まれた。
そのどさくさに立ち上がる。
ライブが終わるまで座ってたまるかという気分だった。

「1921」まではサイモン・タウンゼンドが歌い、「Amazing Journey」からロジャーが歌い始めた。
会場のボルテージが一段階上がった。

おそらく、最初のうちは慎重だったのだと思う。
セットリスト前半は、本当にアルバム「TOMMY」をそのまま忠実にやるという感じだった。
ところがライブが始まってみれば、あちこちからロジャーの名を叫ぶ声が聞こえ、ファンは大いに盛り上がっている。
客席の熱気にあてられてか、ロジャーのマイク回しはどんどん数を増やしていった。

「Go to the Mirror!」のフレーズ、
Listening to you I get the music.
ここでロックオペラは一度目のピークに達する。
魂が高いところへどんどん上っていくような、素晴らしい高揚感を味わった。

そして「TOMMY」は後半へ。
ロジャーはかなりノってきた様子だった。
バンドの演奏は堅実でこなれていた。

「Sally Simpson」を生で聴く。
これを歌っているライブ映像はあっただろうか?
Youtubeでは見たことがない。
キース・ムーンが歌った「Tommy’s Holiday Camp」もロジャーの声で聴く。
実に楽しい雰囲気。

そして「We’re Not Gonna Take It」で、ロックオペラはフィナーレを迎える。
Listening to you I get the music.
再びそのフレーズを聴く。
リプリーズとして聴くことで、高揚感はさらに素晴らしいものになった。
TOMMYを聴くことは宗教的な体験に似ているといわれるが、キリスト教圏の人々にとってはまさに<神を見た>という感覚に近いのではなかろうか。

「TOMMY」全曲を終え、会場の雰囲気がすこしゆるんだ。
やっとロジャーが喋る。
客席は大盛り上がり。
サポートメンバーのベーシストが日本語を話すことができ、ロジャーのトークを訳してくれた。
四文字言葉に関しては、
「それは訳せません」
と言って笑いをとっていた。

ライブの後半は、一曲目がいきなり「I Can See For Miles」だった。
映像で見たことがない曲をいきなり聴けるとは思わなかった。

「Behind Blue Eyes」をやり、「Who Are You」をやり、「My Generation」をやり、「Young Man Blues」をやった。
「Young Man Blues」の最初のリフでは、会場のあちこちからうめき声に近い悲鳴がもれた。
「Baba O’Reilly」ではもちろん観客の大合唱。
ステージと観客が一体となっていた。

曲の合間にロジャーは、ピートの耳が悪いことをジェスチャー混じりで話した。
他に、バンドメンバーがジェットラグで眠れなかったことなど。
親しみのもてる話し方だった。

最後に「Blue, Red And Grey」を歌い、拍手のうちにライブは終了した。
アンコールを求める拍手を断ち切るように会場の明かりがついた。
「Won’t get fooled again」が聴きたかったけど、まあ仕方ない。
あれだけ聴いて、他に何を望む?
惚けたような気分で建物内のPRONTOに入り、ビールを飲み、軽く食事をする。

ロジャーだけしか来ないという理由でチケット購入を見合わせたTHE WHOのファンは結構いるのだと思う。
だが今日のライブは2008年の武道館と比べても遜色のないものだった。
ロジャーだけを比べるなら武道館よりも声が出ていた。
ピートがいた方が嬉しいけど、ロジャー一人だったからこそ、「TOMMY」完全再現というセットリストが組めたのだろうと思う。
歌い方も、ボーカリストとして「TOMMY」の再解釈をするかのようで、実に丁寧だった。

一人でも多くのTHE WHOファンに見に行って欲しいし、ロジャーにいい気持ちでステージをこなしていって欲しい。
ただただそう思い、ライブの興奮をそのまま文字にして、ビール片手にtwitterで発信した。

11時帰宅。
PCの電源を入れ、引き続きtwitterでロジャー日本公演の感想をつぶやき続ける。

そしてもちろん「TOMMY」を聴いた。

くしゃみを止める勇気

2012年4月22日 日曜日

朝から雨。
ご飯を炊き、いなり寿司を作る。
冷凍庫にあったグリーンピースを使い、豆ご飯にしたのだが、酢飯にしてかき混ぜる時に豆がつぶれてしまったのが残念だった。
それ以外は美味くできた。
好みの汁だく。

体調がよくなってきたと思っていたが、今度は風邪の症状が出始めた。
くしゃみと鼻水だ。

以前、ある女性に、

「ねえ塚本君、くしゃみの声を少し小さくできないかしら?」

と言われた。

「出てしまうんだから仕方ないじゃないですか。貴女だってくしゃみはするでしょう?」
「そりゃあするわよ。でも私は、周囲に迷惑がかからないように、音を殺せるわ」
「どうやって?」
「声にしないで、息にするのよ」
「理屈はわかりますよ。僕も昔それやってたから。でも、最近なぜか出来なくなっちゃって」
「努力しないとダメ」
「でも、くしゃみの時に声を出さないと、なんだか不安なんだ」
「最初からあきらめてるから、ここぞとばかり大きな声を出してしまうのよ。止めようと思うところから始めないと」

なるほど。確かに人が大勢いるところでは、いくらハンカチを口に当てたからといっても、大きな声のくしゃみは迷惑だろう。

ネットでくしゃみの止め方を調べる。
上唇の上にある「人中」を押さえると止まるらしい。
本当だろうか。
くしゃみが出そうになった時に試してみたが、その時は止まってもムズムズ感は去らず、結局後になって出てしまうので、意味がなかった。

夜、昼に作ったいなり寿司で夕飯。
冷蔵庫にあったキャベツを野菜炒めにして食べる。

『デューン 砂漠の異端者』3巻読み始める。

本と食事の普通の土曜

2012年4月21日 土曜日

朝、図書館へ。
予約していた本を借りる。
マイケル・サンデル『ハーバード白熱教室講義録』上下巻。
思っていたより早く順番が来た。
昨年、『これからの「正義」の話をしよう』を予約した時は、8ヶ月待っても順番が来なかった。
仕方なくキャンセルし、先日文庫本になったものを予約したら、そちらの方が順番が早かった。

11時過ぎに朝昼兼用のご飯。
キムチ、味噌汁、酢の物。

『デューン 砂漠の異端者』3巻読み始める。

3時にご飯と味噌汁だけの簡単な食事。
夕方中野へ行き、夏物のスーツを作る。
帰りにブロードウェイをうろうろ。
パソコンパーツのジャンク屋ができていた。
ハードディスク1TBを安く売っていた。
しばらく増設していないので、そろそろ考えた方がいいかもしれない。

夜、ビーフシチューを作る。
圧力鍋を使う。
それでもしっかり40分は煮込む。
圧力を過信して15分ほどで切り上げると、肉が軟らかくならない。

いただきもののパンでシチューを食べる。
小女子が余っていたので昨日と同じサラダを作る。

親戚の家の住所をGoogleストリートビューで調べてみたら、叔母さん本人が写っていた。
こんなところでお会いするなんて、と思った。

おでん未満がおでんになる

2012年4月20日 金曜日

一昨日つくったおでんもどきに、ちくわぶ、こんにゃく、大根、肉団子を加えたら、おでんらしい味になった。
朝、それを食べる。

おでんは家庭料理でもあるから、育った家の味つけに近づくことが、おでんらしさへの近道といえるかも。
昨年末に共演したさかしたさんは関西の人で、おでんは鶏ガラスープで作ると言っていた。
マグの元劇団員だった望月は静岡育ちで、はんぺんは黒はんぺんを使っていたらしい。
どういう味になるのか興味がある。
うちは鰹出汁で醤油の味つけ。
それに、練り物の風味がついたものが、我が家のおでん味。

自分個人のオプションは、ジャガイモ。
子供の頃近所に来ていた屋台のおでん屋がジャガイモを入れていて、ほくほくしておいしかった。

昼、玉子屋弁当。

昨日よりは大分体調がよくなった。
午後、元気に仕事をする。

7時過ぎ帰宅。
豆腐と小女子のサラダ、鰹のタタキ、キャベツと玉葱の味噌汁でご飯。

『デューン 砂漠の異端者』2巻読了。
何万年もの未来を描いたフィクションで、善悪の概念が現在とはまったく違っている。
不気味に感じるが、創造力はすごいなと思う。
表紙が加藤直之さん。
グイン・サーガを思い出した。懐かしい。

体調下降

2012年4月19日 木曜日

7時起き。
洗面所で鏡を見たら、目に隈ができていた。

ご飯と納豆と味噌汁と魚。
ごく普通の朝飯を食べ、実家から仕事へ。
東西線の混雑はこの二十年変わっていない。
日本橋を過ぎるまで本も読めない。

昼、久しぶりに神保町へ。
「まんてん」でカツカレー食べる。
いつも行列が出来ている店だが、たまたま二人しか並んでいなかった。
カツカレーはうまかった。
店を出ると行列が10メートルくらいできていた。
隣にあったとんかつの店「かの矢」がなくなっていた。

くしゃみをする時に体を折り曲げていたため、みぞおちのところを痛めてしまった。
午後、気分すぐれず。
定時に仕事を切り上げ、まっすぐ帰る。

『デューン 砂漠の異端者』2巻読み始める。

物心ついた時のこと色々

2012年4月18日 水曜日

朝、がんもどき入りおでんもどきで朝飯。

仕事とプライベート両方のtodoリストを作る。
作っている途中で突然、
「孤独と寂しさは違う」
というフレーズがひらめいた。

なぜそんな言葉を思い浮かべたんだろう。
そう思いながら作業をしていると、いつの間にか孤独について考えていた。

寂しさとは、孤独中毒ではないだろうか。
孤独それ自体は悪くない。
ただ摂取量を間違えると、寂しいという反応を引き起こしてしまう。
うまく付き合えば人を思索的にし、日常に緩急をつけてくれる。

夕方実家に帰る。
三ヶ月ぶり。
筍ご飯、刺身、おひたしで夕食。

住所録ソフトを見てくれないかと父に言われ、実家のノートPCを開く。
アドレス帳の印刷で列幅の調整がしたいらしい。
調べてみるとブラウザで表示するだけしかできず、エクセルのような書式の調整は無理だった。
印刷向きを横にすると少しはマシな印刷ができた。

昔住んでいたアパートのことを両親と話す。

2歳から4歳まで江戸川区の松江に住んでいた。
アパートの2階。
風呂はユニットバス。
階段は鉄でできていて、上り下りの時にカーンカーンと音がした。
その階段を逆さまに転がり落ちたことがあったが怪我一つしなかった。
階段を下りたところに小さい池があり金魚が泳いでいた。
手で捕まえると大家さんちのばあさんにげんこつをもらった。
このばあさんは近所のドブ川で取れたザリガニを天ぷらにして食べていた。
戦後の食糧難を乗り越えた人ならでは。

3歳の時に池は埋め立てられ、鉄の階段はまっすぐ下りる形から途中で右に折れる形に改修された。
階段を下りて左手が大家さんの家。
そのまま進むと敷地の入り口。
道に沿って左隣にかりんとうの工場。
入り口に犬がつながれていた。
彼かまわず吠えていた。
向かいには畑があり冬は広場として使われていた。
正月はそこで餅つきをした。
凧揚げもそこでした。
道を右へ曲がり最初の角を左に折れるとすぐのところに駄菓子屋があった。
蝋石やアイスをそこで買った。
蝋石は10円、アイスは30円、やっこ凧は100円だった。
蝋石は道路に落書きをするのに使った。
駄菓子へ曲がらず真っ直ぐいくと友達の家があった。
そのあたりに交差点があり、右に曲がってしばらく行くと公園があり、スーパーマーケットもその辺にあった。
アパートを出て右方向がそんな感じ。
左方向に進むとバス通り。
おばあちゃんの家に行く時は新小岩行きの都営バスに乗った。

ばあちゃんの家は新宿にあった。
新宿から江戸川区の松江に帰る時、母はよくタクシーを使っていた。
その頃は今よりもタクシー料金は割安だったのだ。
ただし、自分は乗り物にとても弱かったので、タクシーで帰るのをいつもいやがっていた。
母としては、子供二人を連れて国鉄と都バスを使って帰るより、家の前まで走ってくれるタクシーの方が数段楽だったことだろう。
たぶんばあちゃんも、
「これで帰んなさい」
とタクシー代と小遣いをいくらか渡していたと思う。

小さい頃のことはすべて、自分視点の映像として記憶している。
その時点ではわからなくても、とりあえず場面を記憶する。
たとえば3歳の頃は工場という概念がわからなかった。
のちにその言葉と意味を覚えた時、
(ああ、3歳の時のあれは、工場だったんだ)
という風に記憶した映像に意味づけする。
その繰り返しで現在に至っている。
自分視点の映像として覚えたものは忘れない。
映像で覚えてさえいれば、後で何とか出来るという自信がある。

色々なことを思い出したついでに、国土地理院のサイトで当時住んでいたあたりの写真を見た。
拡大すると家の前の畑が写っていた。
かりんとう工場の屋根もあった。
記憶にあったのと大体同じ場所だった。

『デューン 砂漠の異端者』1巻読了。
作品用語の区別が時々つかなくなる。
前作から数千年たち、外宇宙へ散った人類が人種的変化を遂げ、侵略者としてラキス(アラキス)に戻ってくるという設定。
宇宙船が光速であるとしたら、ウラシマ効果をどう処理したのだろうか。
その数千年は宇宙船に乗っている人々にとって、体感的にはずっと短いはずだ。
だが、そんなことはいい。
そういうSFじゃない。
2巻目にとりかかる。

12時過ぎ、今のテーブルでPCを開き、なにか作業をしようと思ったのだが、寝オチしてしまった。
起きると3時近かった。
なんの作業をしようとしていたのかすっかり忘れていた。
そういうことは、すぐに忘れる。
PCを落とし、3時過ぎに部屋へ戻って寝直した。

自分を見つめ直す

2012年4月17日 火曜日

朝、蓮根餅の余りでご飯。

今年は2月くらいから色々あり、自分を見つめ直す習慣がついている。
自分を変えるのではない。
今の自分はどういう状態であるのかを、色々な方面から分析して言葉に変換し、他人事のように読む。
そんなことを繰り返している。

駅から家に帰る時、いつも神社の脇道を通る。
通りがかりに一礼するのが、去年からの習慣になっている。
初めのうちは、公演が成功しますようにと、御利益を願っていたのだが、最近は特に何かを願うことはない。
足を止め、
(今日は、自分、こんなんです)
と思いながら頭を下げるだけだ。

だが、頭を下げる時に、自分の状態が客観化されたような気がする。
それで、嫌なことを忘れたり、問題を解決したりということはないのだが、その時点の自分がスナップショットとして、脳のどこかに保存されたような感覚がある。
マラソンで、5キロ地点ごとにストップウォッチを見るのと似ているかもしれない。

昼、安じろうでラーメン。
食べ終わってからずっと、お腹が張っていた。
尋常でない張り方だった。
食べ物が胃から十二指腸へおりていかない感じだった。

7時半帰宅。
がんもどきが食べたかったので、竹輪やはんぺんと一緒におでんもどきを作った。
具がそれだけだとなかなかおでんの味にはならないものだ。

夜、PCにAndroidアプリ開発関係のツールを入れようとしたが、途中でうまくいかなくなり、結局アンインストールした。

脳内のビリヤード

2012年4月16日 月曜日

朝、つみれ汁の残りと納豆キムチで朝食。
つみれは、ためしてガッテンレシピで作ったが、塩だけで本当に美味しくできた。
鰯が安かったらまた作りたい。

午前中はそれほど忙しくなかった。
昼、はなまるうどんでかけうどんとコロッケ。
最近、コロッケうどんが食べたくて仕方ない。

午後、3時頃までは暇だったが、その後依頼が建て続けにきて、一気にものすごく忙しくなる。
7時まで残業。

8時前帰宅。
納豆キムチと豆腐、ミックスベジタブルを食べる。

『デューン 砂漠の異端者』1巻読み始める。
シリーズを通して登場するのがダンカン・アイダホになるなんて、『砂の惑星』の頃の読者は思わなかっただろう。
『砂漠の神皇帝』までは、一度は読んだことがある作品だったが、ここから先は完全に未知の領域。
気のせいか読むスピードがこれまでよりも遅くなった。
覚えていないとはいえ、一度読んだことでなんらかの印象が脳に記憶されていて、二度目の読書を助けるということがあるのかもしれない。

脳内物質についてインターネットで調べる。
βエンドルフィン、ドーパミン、セロトニンの働きなど。
これらの物質がどのように分泌されるのか、そのメカニズムを知ると、心の動きというものは人体における化学反応の現れに過ぎず、大したことはないように思えてくる。
喜びも悲しみも、脳内物質の反応だけを見れば、まるでビリヤードの玉が動いているようなものだ。
だからといって、結果として表れた喜びや悲しみから逃れるのは難しい。
喜ばないわけにはいかないし、悲しまないわけにはいかない。

面白いなあ。
今、また脳内物質が分泌された。

家事だ

2012年4月15日 日曜日

10時過ぎ起き。
インスタント麺を茹でて食べる。

買い物に行き、生のいわし、キャベツ、グレープフルーツ、蓮根、水、風呂掃除用のスポンジなど買う。
昼過ぎ、アテスウェイへ行き、ケーキを二つとシュークリームを買う。
シュークリームの値段が180円だった。
ブランドとクオリティから考えれば、かなり安いと思う。

家に帰り掃除をする。
フローリングをほうきで掃いてから、床拭きシートでふく。
トイレを掃除し、風呂のすのこと排水溝をきれいにし、台所のシンクを磨く。

3時過ぎ、コーヒーを入れてケーキを食べる。
アテスウェイのケーキを食べるのはかなり久しぶりだ。
スポンジとクリームの層を順番に食べていくと、味と香りがめまぐるしく変化する。
毎度のことながら、すごい。
表現としてのスイーツ。

朝、ラーメンを食べただけだったので、ケーキを食べてからすぐに腹が減った。
6時前に夕食。
いわしをつみれ汁に。
グレープフルーツはサラダに。
キャベツはトマトソース煮にした。

いしいしんじ『ごはん日記』読了。
三浦半島の三崎で暮らしはじめた一年間のウェブ日記らしい。
魚がうまそうでうらやましい。
ここで暮らすと、生活の作り方が変わってくるだろうなと思った。

夜、八海山をあけて飲む。
夕方、ご飯の支度をする時に仕込んでおいた蓮根餅を焼いて肴にする。
飲み終えてからコーヒーを入れ、シュークリームを食べる。
シュー皮に張り付いたナッツが香ばしかった。

下北から小川町へ観劇日より

2012年4月14日 土曜日

6時半に起きる。
ご飯と味噌汁で早めの朝飯。

外は雨が降っていた。
昼前まで家でじっとしている。

1時過ぎに出かける。
下北沢へ。
OFFOFFにて久未ちゃん出演の舞台観劇。

マンションの一室が舞台。
住んでいた女性は失踪したらしい。
過去の場面で、その女性がなにを思い悩んでいるのかが語られる。
久未ちゃん、冒頭でちょこっと出てきた後、しばらく出番がなかったが、後半の三角関係シーンで、三角関係の行き詰まる心理を鬼気迫るテンションで演じていた。
ネガティブで自分を追い詰めていく役だったが、役を作る課程で自分の中にある色々なものと対決したのではないかと思われ、今まで見た彼女の演技の中では最も迫力を感じた。
濱田くん、福地君も出演。
濱ちゃん、穏やかなたたずまいの中に執着心を隠したリーマン役。
福地君はちょっと知恵の足りないジャンキー役。

終演後、久未ちゃんに先日撮った写真を渡す。

6時過ぎに新御茶ノ水へ。
去年『顔と名前』に出演した晶子ちゃんが、このたび麻雀アイドルとしてデビューすることになったという。
グループの名前は嶺上開花(リンシャンカイホウ)。
今日がそのお披露目ライブ。
神田小川町のライブハウスへ。
中でビールを飲んでいると、辰典くんとトシさんも来た。

最初に、3ピースバンドが演奏した。
「みんな、リンシャンカイホウ目当てなのに、ありがとう!」
と、自虐トークをかましていた。

次が嶺上開花の出番だった。
地下アイドル好きのお客さんなのか、ステージかぶりつきにすさまじい勢いでヘッドバンギングをする男性がいた。
歌は元気よく、晶子ちゃん振り付けの踊りも合っていた。
事務所から急に言われて結成したらしい。
稽古したのだろうな、と思う。

ステージが終わってから、トシさん、辰典くん、二人がピーカブーで共演していた女優さん二人と飲み。
晶子ちゃんも少し顔を出す。
女優さんの一人はBL好きな子で、晶子ちゃんが帰ってから延々とその話になる。
「西遊記の設定なんていいですね」
「悟空と沙悟浄とか?」
「あー、いいですね」
と彼女は言う。
だが、こちとらマチャアキ版ドラマ世代なので、瞬間的に堺正章と岸部シローが思い浮かび、ビールの味に深刻な影響がもたらされるのだ。

11時過ぎまで飲む。
BLから下ネタ話ばかり、たき火を囲んで人生を語りあうような穏やかなテンションで話して終わった。

お茶の水まで歩き、JRで荻窪へ。
つまみをほとんど食べなかったので、立ち食いスタンドでコロッケうどんを食べる。
12時過ぎ帰宅。

大学丼

2012年4月13日 金曜日

夕方、すた丼の店でNU丼食べる。
「大学丼フェア」をやっているらしく、水道橋店の大学丼は「NU丼」ということらしい。
なんのもじりだろう。
ヌードのもじりか。
中身は、肉の他にニンニクの芽やモツが入ったもの。
モツがけっこううまい。
カウンターにすた丼のパンフレットが置いてあった。
宇梶剛士さんが表紙で、中を見ると「すた丼と俺」みたいなインタビュー記事が載っていた。
かつては国立と国分寺に店舗を構える昭和テイスト満載のラーメン屋に過ぎなかったすた丼の店だが、ここ数年は積極的なチェーン展開をしており、潜在的大盛り需要を地道に満たしている。
そこに行けば飯が沢山食える店が増えるのはいいことだと思う。

7時前に新宿三丁目の雑遊へ。
仲澤さん出演の芝居を観劇。
シェイクスピアの『十二夜』
前説で上演時間が2時間40分と聞き、少し引く。
仲澤さんはトービーを演じていた。

『十二夜』のストーリーを追いかけながら、同時に昔のことを思い出した。
大学一年生の時に出た芝居は、『十二夜』を下敷きにしていた。
初日のカーテンコールで装置のパネルが客席に向かって倒れた。
アンケートに、
「芝居を見ていて死を意識したのは初めてです」
と書かれた。
千秋楽の片付け作業で、廃材を燃やしていたら枯れ草に燃え移り、大あわてで消したこともある。
色々大変な公演だった。

休憩5分をはさみ、10時近くに終演。
仲澤さんに挨拶をして外に出る。
宇宙キャンパスのこばちゃんと健吾くんが見に来ていた。
こばちゃん、来年の吉祥寺シアターで『つきあたりを見上げれば』を再演するという。
4年前俺が神様役で出た作品だ。
「来年、出てくれませんか」
と言われるが、まだ予定はわからない。
自分以外の人が神様を演じるのを見てみたい気もするが、共演者が知らない人ばかりなら出てみたい気もする。
5分好き勝手に使っていい時間とかもらえたら面白いんだけど、さすがにわがままだな。

微宿酔

2012年4月12日 木曜日

岩瀬大輔『金融資本主義を超えて』読了。
ハーバードMBA留学体験記。
授業について書かれた箇所が面白い。
自分は資本主義というものを知らなかったのだなあと思った。

昨日の酒で若干の二日酔い。
飲酒量が減ったせいか。

昼、「虎ジ」でラーメン。
妥当な味。

7時帰宅。
図書館へ行き、予約した本を借りる。
『デューン 砂漠の異端者』3冊。

家に帰りミックスベジタブルとコロッケを食べる。
11時、腹が空いたので、今度はちゃんとご飯を食べる。
体調、あまり良くない。

花見雨天中止

2012年4月11日 水曜日

先週芹くんから花見をしようとメールがあり、今日井の頭公園でやろうということになったのだが、あいにく午後から雨が降り出した。
昼過ぎにメールをしたところ、中止になり、代わりに新宿で昼から飲んでいると返事が来た。

夕方、仕事を終えてから新宿へ。
駅の改札に向かう途中、めまいがした。
特に寝不足というわけでもないのになぜだろう。

TSUTAYA隣のカラオケ館へ。
芹くん、トシさん、潮田君、渡辺さん、知恵ちゃん、理保さんが先に来ていた。
少し前まで平木君もいたが、バイトのため帰ったという。

小一時間ほど飲みながら話す。
昼の2時過ぎから飲んでいたらしく、芹くんはかなりハイテンションになっていた。

夜料金に代わる時間になり、それまでの会計を調べてもらう。
結構な額になっていたので、店を替えることに。
知恵はそこで帰った。

三丁目の魚民へ移動する。
その周辺のチェーン店は空いていることが多い。
店にはいると案の定空いており、ゆったりとした席で飲み直すことができた。
11時過ぎまで話す。

店を出ると雨はやんでいた。
12時過ぎ帰宅。

心と耳に響く歌詞

2012年4月10日 火曜日

朝、コンビニでおにぎりとサンドイッチ。

昼、天下一品でラーメンとライス。
スープはこってりを選ぶ。
こってり以外を注文したことがない。
どんな味がするのだろう。
こってりといっても脂っこいのではなく、スープの粘度が高く食感がどろっとしているだけだ。
粘度の秘密は、モツじゃないかと思う。
長時間かけて煮込んだモツ煮込みのどろっとした感じと、天下一品のこってりスープは、食感だけではなく風味もどこか似たところがある。

7時帰宅。
麻婆豆腐を沢山作る。
以前はフライパンで作っていたが、最近は鍋で作っている。
作りやすい。

Perfumeのニューシングル『Spring Of Life』がAmazonから届いた。
カップリング曲の「コミュニケーション」がいい。
歌詞が素晴らしい。
意味のある言葉は心に、意味のない言葉は耳に響く。
中田さんの歌詞は、聴き手に呼びかけず、歌っている本人が問わず語りをするような言葉づかいが多い。
歌の主体となる人物が見たり感じたりすることを、その人物の言葉で描写している。
女の子の気持ちをことさら書こうとしているのではないと思う。

従姉妹の前夜式

2012年4月9日 月曜日

夕方、仕事を終えてから大江戸線で東新宿へ。
亡くなった従姉妹の前夜式に参列する。

ロッカーに荷物を入れ、職安通りを大久保方面に歩く。
道ぞいに新宿西教会のビルがあった。
エレベーターで上に上がる。
妹が受付を手伝っていた。
「あれ? ひとり?」
両親と一緒に来ると思っていたらしい。

母に場所を教えるため、1階に降りてメールをする。
送信ボタンを押してすぐ、両親と甥三人が到着した。
受付を済ませ、真ん中よりやや後ろの席に座る。
椅子に式次第を書いたプリントがおいてあり、賛美歌の歌詞と従姉妹の略歴が載っていた。
子供の頃から教会の日曜学校に通っていたらしい。

6時半に式が始まった。
賛美歌を歌い、聖書のお話を聞く。
聞きながら従姉妹の人生に思いをはせる。

祖母が生きていた頃は親戚で集まることが多かった。
小学生の頃までは、年に数回会っていたと思う。
どういう話をしたのかは、まったく覚えていない。
中学に上がってから親戚の集まりというものがほとんどなくなった。
祖母が死に、叔父が新宿から神奈川に引っ越したことが関係していたかもしれない。

一番上の甥が、ハンカチを目に当てながらすすり泣いていた。
妹は親戚づきあいをまめにする方で、夏になるとベランダで花火大会を眺めながら宴会するのを恒例行事にしていた。
従姉妹はそれに毎年参加していたらしい。
甥にとって彼女は、とても近しい親戚だったのだ。

最後に叔父が、遺族を代表して挨拶をした。
途中、何度も絶句していた。

献花をし、従姉妹の遺体と対面する。
左手で棺に触れ、礼をし、叔父と叔母に挨拶をする。
従兄弟に握手をして礼をする。
従兄弟は怪訝そうな顔をしていた。
「健一です」
と名乗ると、合点のいったような顔をしていた。
十何年ぶりに会うのだ。無理もない。

親族の休憩室でお茶をいただく。
叔父夫婦の目の前に座る。
「ご立派になられて」
と言われた。

妹から写真を何枚か見せてもらう。
夏に妹の家で宴会をした時の写真。
最後の写真は二年前の夏で、その時すでに病魔に冒されていたのだ。

両親、妹、甥三人と教会の前で別れる。
東新宿から大江戸線に乗り、地下鉄で荻窪帰宅。
家に帰り、いただいた封筒の中身をあけると、メッセージカードが入っていた。
従姉妹の直筆で、
「私は少し早く逝きますが、時折思い出して下さい。思い出して下さることが何より嬉しく思います。いままでありがとうございました」
と書かれてあった。
どういう気持ちでこれを書いたのだろう。

メッセージカードは、しばらく持ち歩くことにしてみようと思う。
その方が、何かを心に刻みつけることが出来るかもしれないし、それによって何かが確かに残されたということになるかもしれない。

花見

2012年4月8日 日曜日

9時起き。
図書館へ行き、予約した本を借りる。
岩瀬大輔『金融資本主義を超えて』
木野花『夜の森』

岩瀬大輔は、先日飲んだ時に清水から教えてもらった。
「今の若い人で、こいつはすごいって人はいる?」
教えてもらったのが岩瀬氏。
もう一人が鎌田恭幸。

食鮮館の朝市に行き、中巻を沢山買う。
家に帰り、朝飯に中巻をすこし食べる。

昼過ぎ、自転車で善福寺公園へ。
池の北側の、トイレそばのスペースに場所をとり、花見をする。

いい天気だった。
仰向けに寝転がる。
青い空を背景に桜の花を眺める。
時間がゆっくりと過ぎていく。

酒を飲みながら、4時頃まで過ごした。
シートをたたみ、井荻八幡に寄り、ドラッグストアで買い物をして帰る。
しっかり食べたので、夜になってもお腹が空かなかった。
コーヒーと安物スイーツで小腹だけ満たす。

『コンスタンチノープルの陥落』読了。
1000年以上続いたビザンティン帝国の落日。
滅ぼしたのはオスマン帝国。
ティムールに滅亡寸前まで追い込まれたにも関わらず、数十年で盛り返した。
国の勢いとは一体何だろう。
滅びを招く因子について、色々考えさせられる。

従姉妹の死

2012年4月7日 土曜日

朝6時起き。
トーストを焼いて食べる。
早く起きすぎたので再び布団に入ったら、今度は12時近くまで寝てしまった。

3時、遅めの昼飯。
インスタント麺とミックスベジタブル。

夕方、母からメール。
4歳年上の従姉妹が亡くなった。
肺せん癌だという。

最後に会ったのは6年前だった。
地下鉄に乗っていたら声をかけられたのだ。
その時点で8年くらい会っていなかった。
「よくわかりましたね」
と聞くと、
「ダメもとで声をかけてみたの」
と言われた。

確か、その年の夏にやった『ラジコン少年』を見に来てもらったはずだ。
あまり出来のよくない回だったのが悔やまれる。

通夜が9日だというので、母にメールを返信する。
妹からもメールがきた。
至急、母にメールをしてくれという内容だったので、折り返し返信した。
通夜は教会でやるらしい。
クリスチャンだったのだろうか。
そういうことも知らない。
ただ、叔父と叔母のことを思うと、その悲痛さに胸が痛くなる。
たぶん、通夜に行っても、呆然とするしかできないだろう。
だから、人生に敬意をしめすために、呆然としに行くつもりだ。

夜、ツナトースト食べる。

『コンスタンチノープルの陥落』読み進める。

内向期

2012年4月6日 金曜日

塩野七生『コンスタンチノープルの陥落』読む。
ずっと前から読みたいと思っていたのに、巡り合わせが悪くて読めなかったもの。
先日古本屋で買った。

朝、コンビニのおにぎりとパン。
昼、「丸重」でひれカツ丼。
普通のカツ丼は安くてまずいが、ひれカツ丼はそれなりにうまい。

夕方、中目黒へ。
花見客のため、駅が混んでいた。
「パンチ」でレバーフライ定食食べる。
昭和40年代からやっている洋食屋で、テーブルに三色ふりかけが置いてあった。
レバーフライは臭みもなく美味。

7時過ぎにウッディシアターへ。
イルカ団の舞台を見る。
受付に由起子ちゃん。

再演作品だったが、見たことがあるのかないのか、判然としなかった。
自分のブログを検索してみると、2008年の5月に見ているらしい。
その時よりも今回の方が重さがあったかもしれない。
渡辺さんはいつものように、空気を読まない呑気な感じの人物を演じていた。
同じ渡辺さんである慎一郎君が主役を演じており、言葉の発し方が嫌みにならない感じがとても好ましかった。

10時半帰宅。

最近、停滞モードにある。
自分の心の動きや、考え方の傾向を分析しながら、内向する日々を送っている。
パソコンも長く使えば、古いファイルを整理したり、ハードディスクのデフラグをしたりする。
つまり、今はそういう時期なのだろう。
割り切りつつ、内向する。

カレーのうま味を得る時

2012年4月5日 木曜日

朝、カレーで朝飯。
起きるとカレーがあるというのはしみじみと嬉しい。

料理の味つけをする時に考えるのは、うま味、コク、香り、味の四要素だ。
カレーなら、うま味は素材を煮込んで出す。
コクは油脂、香りはスパイス。
味は、市販のルーならばそれに含まれた塩分に頼る。
カレー粉を作る場合は味を確かめながら塩を足す。
ルーを使う時はそれ自体に油脂が含まれているし、煮込む前に素材を油で炒めたりもするので、ことさらコクを得ようとは思わない。
自分好みにしようと思う時に考えるのはうま味だ。
肉はうま味とコクが表裏一体なので、うま味だけを得ようとする時には魚貝類を使う。
しっかりとうま味が取れるのは魚よりも貝だ。
一番好きなのははまぐり。
これでカレーを作るとかなり美味い。
イカもなかなかいい出汁が取れる。

昼、玉子屋の弁当。
夜はカレーの残りをまた食べる。

『砂漠の神皇帝』3巻読了。

昔、デジカメで撮影していた映像を、オギノ君にメールで送る。
内容は、新橋のビアガーデンに行った時に、白人ダンサーのストリップで大はしゃぎする友達を、ドキュメンタリーにまとめたもの。
BGMにつのだひろの『メリージェーン』をかけた。
サラリーマンが力一杯発散する映像に、曲のもの悲しさがマッチしている。
作ってどうなるというわけではないが、編集脳のトレーニングにはなったか。

予約冊数

2012年4月4日 水曜日

7時半起き。
ベーコンエッグとスープ。
昨日の強風は一体何だったのだろう。
日本海で低気圧が発生したらしいが、中国の新兵器ではないかと妄想してしまった。

昼、カップヌードルキング食べる。
カップヌードルにしては大きいのであって、これより量の多いインスタント麺はあるだろう。
ラーメンじゃないが、ペヤング特盛りの方がインパクトがあった。
ただペヤングの場合、ふたをあけると通常のペヤングが二個入っているだけで、要するに二個買えば同じことなのだ。

『砂漠の神皇帝』2巻読了。
3巻を読み始める。
自分の持っている『デューン』シリーズはそれが最後だ。
23歳の時は1年以上かけて読み終えたが、今回は1ヶ月もかかっていない。

夜、カレーを作る。
基本野菜にホタテを使った。
ルーはスパイシージャワカレー。
市販のルーではかなり辛い方だが、自分には丁度いい。

図書館の予約冊数が上限を超えてしまい、『デューン』シリーズの続きを予約することができなかった。
かなり前に予約して、当分順番がきそうにないものをキャンセルした。

強風半ドン

2012年4月3日 火曜日

7時半起き。
納豆キムチとご飯で朝飯。

twitterのTLで、午後の天気は強風になることを知る。
台風でもないのに珍しい。

午前中の天気は穏やかだった。
昼過ぎから曇り始める。

カップヌードルとサラダを食べ、休憩が終わって仕事に戻ると、帰宅指令が出ていた。
昨年9月の台風以来だ。

3時に荻窪へ。
風が強くなっていた。
買い物をして、いつもの道を家に向かって歩く。
風の吹いてくる方向に傘を向けていたのだが、環八を過ぎる時に突風が吹き、ビニール傘の骨が折れ曲がってしまった。
まるで山おろしのようだった。

家に帰り、折れ曲がった傘の写真を撮る。
夕方にかけて風はどんどん強くなっていった。

『砂漠の神皇帝』2巻読み始める。
『デューン』シリーズは、エコロジーの要素がふんだんに盛り込まれているが、本シリーズの主人公レトは、惑星に住む砂鱒に体を覆われて、肉体が生態系そのものになってしまう。
途方もない設定だと思う。
初めて読んだ時は、突飛すぎて理解できなかった。

『風の谷のナウシカ』は、明らかに『デューン』の影響を受けているだろう。
極限の環境に生きる砂漠の民、スティルスーツ、砂虫、メランジをめぐる権謀術数の数々。
ナウシカで言えば、砂漠は腐海、スティルスーツはマスク、砂虫は王蟲といったところか。

夜10時過ぎまで仮眠をとる。
最近、家に帰ると疲れを感じる。
本当に疲れているのではなくて、疲れを自覚するのが癖になっているんじゃないかと思う。
自分を甘やかしたいのかな。

時間の無駄遣いに焦り

2012年4月2日 月曜日

朝7時半起き。
ぶどうパンがまだ余っていたので朝食に食べる。

昼、コンビニでおにぎり、カップヌードルライトを買って食べる。
4月になり年度は変わったが、席替えをした以外、仕事の様子は変わらない。
周囲の忙しさと関係ないところにおり、不意に忙しくなったり暇になったりしている。

『砂漠の神皇帝』1巻読了。
昨日の夜に半分読んでしまっていたので、行き帰りの電車で残りを読んでしまった。

夜7時帰宅。
ご飯を炊かず、豆腐と納豆を食べる。
炭水化物ばかりだ。

カレンダーを見て、今年になってからの時間の進み方に焦りを覚える。
手をこまねいておたおたしているうちに、あっという間に冬が終わって春が来たようだ。
無駄に使っている時間が多い。
どうすればいいのか。
仕事から帰り、夕飯を食べてからだらだら過ごす数時間が、ものすごく無駄だ。
生活サイクルに組み込まれてしまっている。
このままじゃいけない。

パンク修理

2012年4月1日 日曜日

10時起き。
昨夜帰りがけに買ったぶどうパン食べる。

昼過ぎ、自転車を押して荻窪のサイクルスポットへ。
後ろのタイヤがパンクしていたので修理を頼む。
「自然に抜けることもありますから」
と、空気を入れるバルブのゴムを取りかえてもらった。
「お金は結構です。それで様子を見てください」
親切な店員さんだと思いながら、阿佐ヶ谷方面に自転車を走らせる。
ところが100メートルも行くか行かないかで後ろタイヤの空気がへこんできた。
再び自転車を押して店に戻る。
「やはりパンクでしたか。タイヤの表面がつるつるなので、取り替えをおすすめしますが」
買って2年半経つが、まだ2年以上は使えそうなので、頼むことにした。
夕方引き取ることに。

地下鉄で南阿佐ヶ谷へ。
かもめ座にて宇宙キャンパスの舞台を観劇。
知り合いが沢山いるのにダブルキャストだったので、迷った末、真弥君のチケットで入ることにした。
客席で圭三君と隣り合わせになる。
先日見に来てくれた礼を言う。

芝居は工場の独身寮が舞台。
淡々と話が進む。
真弥君の出番はあまりなかった。
少し前に別の芝居の本番があり、掛け持ちをしていたためかもしれない。

終演後、あちこちに散らばった知人に挨拶。
一石君、忍君も見に来ていた。
本番中、客席の冷房が強かったことなどを伝える。

朝にパンを食べたきりだったので腹が空いていた。
南阿佐ヶ谷の大勝軒でラーメンを食べる。

4時過ぎ荻窪へ。
サイクルスポットで自転車を受け取る。
そのまま買い物に行く。
びんちょうまぐろのサク、コロッケを買う。

7時に夕食。
マグロをづけ丼にして食べた。
面倒だったので酢飯は作らなかった。

『デューン 砂丘の子供たち』3巻読了。
続けて『デューン 砂漠の神皇帝』1巻読み始める。
あっという間に半分ほど進む。
ウィキペディアで調べてみたが、自分が持っている『砂漠の神皇帝』3巻の後、さらに二つのシリーズが刊行されたらしい。
作者が亡くなってしまったので、広げた風呂敷をたたむ前に未完となってしまったようだ。
ここまで来たら図書館で借りて、全シリーズ読んでしまおうと思っている。

下北で観劇してから飲み

2012年3月31日 土曜日

昼過ぎ、下北沢へ。
共楽でカツ丼食べる。
2時からOFFOFFで須藤真澄さん客演の舞台観劇。
途中、デジャブを感じる。
丁度去年の今頃、須藤さんの舞台をOFFOFFに見に来たことを思い出した。

少年院に行った過去のある男をめぐる人間ドラマ。
その過去がばれて友人を失うなど。
設定がわかるにつれ、面白くなっていった。

終演後須藤さんに挨拶をする。
外に出ると雨が降っていた。
ファーストキッチンへ行き、オランジーナを飲みながら1時間ほど時間をつぶす。

その後ヴィレッジ・バンガードで本を見て、6時に大寿苑へ。
清水、榊原と三人で飲む。
先日の芝居の感想を聞き、エピソードなどを話す。
大寿苑には初めて来たが、どの肉も軟らかくて美味だった。
2時間ほどしてから店を出る。

「源八」へ移動。
ミスタードーナツの路地を入ったところにある店。
色々な梅酒が置いてあった。
そこで3時間近く話し込む。
仕事のストレスについて真面目な話。
これからの日本についての漠然とした話など。

11時に散会。
榊原は自転車で、清水は井の頭線で帰る。
ひとり小田急に乗り、新宿周りで12時過ぎ帰宅。

もう4月か

2012年3月30日 金曜日

朝、トースト。
昼、すた丼の店ですた丼。
肉増しにした。

7時帰宅。
腹が減るまで待つ。
10時、ミックスベジタブル食べる。

『デューン 砂丘の子供たち』2巻読了。

(もう金曜日か)
と思うほど、週末の来るのが早かった。
そんな調子で、
(もう4月か)
と思っている。

戯曲を堪能

2012年3月29日 木曜日

朝、フランクフルトとトースト。
午前中はいつものように仕事。

昼、水道橋の安じろうでつけ麺。
その界隈へ行くと、入る店が大体決まっている。
ご飯ものならスタ丼、丼達、丸重、ハングリー味川。
麺類なら安じろう、ぽっぽっ屋。

安じろうに入る前、スパゲティの店「フラミンゴ」の前を通りがかった。
店は閉まっていて、内装工事中だった。
新規オープンするのか閉店したのか、張り紙がないのでわからなかったが、80年代の喫茶店によくあったビデオゲームつきのテーブルをいまだに置いてある店だったのに、今さら内装工事をするとは考えにくい。
やはり閉店したのだろう。

夕方、仕事を終えて日暮里へ。
「馬賊」でつけ麺を食べる。
美味いが、値段が高すぎる。

d-倉庫にて浅川さんの芝居を見る。
『農業少女』
野田秀樹作品。

農家の娘が上京して色々あって米を作る話。
「色々あって」の部分に、色々詰まっている。
時間の流れは過去から現在へ一直線ではなく、解体されめまぐるしく展開している。
場面が変わる度に物語の見え方が変化し、複数のテーマが一つの作品に共存している。
それでいて、テーマのみが突出することはなく、演劇的な時間と空間にとけ込んでいる。
演出は、野田作品をやり慣れているような感じで、しっかりと戯曲を堪能できた。
浅川さんは好演。
ひたむきさが嫌みにならず光っていた。
女優さんのポテンシャルを引き出す作品かもしれない。

終演後、ロビーで挨拶しようと待つが、立て込んでいたようだったので辞去する。
10時半帰宅。

上の空

2012年3月28日 水曜日

7時50分起き。
寝過ごしたのではなく、いつもの時間に起きられなかった。
着替えて仕事へ。
久しぶりに朝飯抜きで午後まで。

昼過ぎ、味噌ラーメンと半チャーハン。

5時半に仕事を終え、荻窪で買い物。
フランクフルト、その他食材買う。
6時半過ぎ帰宅。

このままじゃいけないと思いながら一日過ごした。
やる気が出る出ないの問題ではなく、通常の状態がどこか上の空になっている。
発する言葉がすべて不用意なものになり、人の心を切り裂いているみたいに思える。

それでも、少しずつ変化している。
落ち着こうと思わなくても、心は自然に落ち着きを取り戻そうとしている。
その力に逆らわず、素直に行動しよう。
何かを動かそうとするのはそれからだ。

負の感情

2012年3月27日 火曜日

朝、ゆで太郎でコロッケうどん。
この前食べ損ねたことが忘れられず、食べ直した。
昼、サンドイッチとコーヒー。

『デューン 砂丘の子供たち』1巻読了。
昔、一冊を読むのに何週間もかかった本を、二日で読めるということを楽しんでいる。
読解力が上がったのではなく、内容を受け入れる余地が出来たのだと思う。
初めて読んだ時は、冒険活劇を期待していたので、読み進むにつれて失望を味わった。
今ではむしろ、思索的な内容が面白い。

7時まで仕事。
8時帰宅。
夕食にミックスベジタブルを食べる。

芝居が終わって二日。
没頭する対象がなくなり、次のことにとりかかる前の、ささやかなブランク期間に突入した。
様々な感情に支配され、心がささくれ立っている。
本番に集中することでやり過ごしていたが、終わってしまえば向き合わざるを得ない。
理性と感情が、支配権を争うように、別々の方向へ動いている。
昔のことを次々に思い出す。
出来事と背中合わせの感情が、たった今そのことを経験したみたいによみがえっている。
思い出すことをやめたいが、感情が引き金となっていて、抑えられなければ思い出すこともやめられない。
出てきた感情と向かい合っては、過去の記憶とともに再び心の奥底へしまう。
そんなことを、一日の何気ない瞬間、一人でいる時に繰り返している。

一番思い出したくないことは、一番強烈な負の感情を伴っている。
記憶から消すことはできない。
負の感情もまた、今の自分を作ってきた要素の一つなのだと思う。
自分の中に存在する敵といってもいい。
こいつを殺すと、自分のある部分をも消すことになる。
だからといって、こいつに自分をのっとられてもいけない。
とっくみあい、ねじ伏せ、支配下に置かなければいけない。

時々、そういうのがしんどくなる。
それが最近自分の中で起きていたことだ。

舞台の上で写真を撮ること

2012年3月26日 月曜日

11時起き。
明け方に買っておいたおにぎりを食べる。
12時から仕事。

昨日は3時頃に店で寝てしまい、5時近くに起きて店を出たので、店で2時間弱寝ている。
その後電車で2回寝過ごしてしまったので、電車で1時間寝ている。
家に帰ってすぐに寝て、11時に起きたので、家で4時間。
合計すると、7時間寝たことになるが、午後の眠気はしつこかった。
朝まで宴会をする場合、最後まで起きて、家に帰ってから3時間寝た方が疲れが取れる。
途中で寝て起きると、半覚醒状態が長引き、疲れが取りにくくなってしまうのではないか。

6時に仕事を切り上げる。
西荻へ。
ラーメン大へ行き、つけ麺を野菜増し増しで食べる。

7時半帰宅。
風呂に入り、夜中の12時まで寝る。

起きてから、デジカメで撮った写真の整理。
今回は、客演する時のあり方や、その他色々なことを考え直す機会が多かった。
これまで、出ている芝居の公演中に写真を撮ることはあまりなかったのだが、今回たくさん写真を撮ったのは、そうした変化の現れかもしれない。
舞台の外に立って撮るのではなく、舞台に立って見えるものを写真に撮ると、シャッターを押すごとに、その空間を生きる登場人物の経験を一つ積んだような気持ちになる。
フレームに収める行為が、見るという動作を意識化させ、
(見ている自分はどの自分だ?)
という問いを導くのだ。

3時過ぎまで写真整理。
4時就寝。

知人の事件

2012年3月25日 日曜日

9時半に家を出る。
中野ブロードウェイへ。
パワーストーンの店で買い物。
ラピスラズリ、ムーンストーン、コーラル、アクアマリンを買う。
店員の女性がきれいな人だった。

11時半に劇場入り。
炊き出しのおにぎりを食べる。

『デューン 砂漠の救世主』読了。
続いて『デューン 砂丘の子供たち』読み始める。

2時開演。
太一、永野さん、直美ちゃん来る。
4月の一人芝居の調子を太一に聞く。
ビタミン大使ABCの稽古と掛け持ちで、前回よりもさらにしんどいと言っていた。
夜の回まで時間があまりなかったが、昨日に続いて舞台写真を撮る。

夕方、炊き出しのおにぎり食べる。
どういうわけか昨日からやたらに腹が減る。

6時開演。
森さん、芹くん、桃原くん来る。

終演後、芹くんと話す。
気がつくとロビーにいるのは自分たちだけだったので、慌てて楽屋に戻りメイクを落とす。

バラシは仕込みの時と同じく、舞監さんの指示に従う。
ものを運ぶくらい。
エレベーターで搬出をしている時、劇場さんが声をかけてきた。
門肇さんだった。
劇場スタッフとして入っているらしい。

門さんに、旧知の役者さんが事件を起こした話を聞く。
喧嘩をして、相手の人が死んでしまい、傷害致死で逮捕されてしまったのだという。

その人とは一度だけ一緒に芝居をしたことがある。
殴り合いをするような人ではなかった。
門さんが言うには、その人と被害者は知り合いで、被害者の両親はその人のことを知っており、これは事故だからと慰めているそうだ。
相手が転んで、打ち所が悪かったのではないか。

10時丁度に退出。
打ち上げ会場に向かう。

たっちゃん、茨木くん、真希ちゃん、久未ちゃんと同じテーブルに座る。
料理の減りが一番早いテーブルだったので、何回かよそのテーブルから食べ物を分けてもらった。

2時過ぎくらいから急に眠くなった。
机に突っ伏してねていたら、いつの間にか始発の時間を過ぎてしまった。

眠くて、周りのものがよく見えない状態で立ち上がり、
「悪いがおれは帰るぜ」
と言って5時前に店を出た。

大塚で山手線にのるが、寝過ごして渋谷まで運ばれた。
新宿まで戻り、各駅に乗る。
今度は立川まで運ばれた。
朝のラッシュが始まりかけていた。
立ったまま東京方面の電車に乗る。
寝過ごさず荻窪下車。
7時過ぎに帰宅。
すぐ寝る。

たかがチオビタ

2012年3月24日 土曜日

11時過ぎ劇場入り。
炊き出しの昼ご飯が出来ていた。
肉団子の中華丼。

楽屋に差し入れのチオビタドリンクがあった。
真希ちゃんへの差し入れ。
一本もらう。
「私、飲めないんですよ」
「どうして?」
「飲んだことがないんで」
「飲んでみれば」
「怖いんです。酔っぱらうんじゃないかって」
「ユンケルの一番高いのじゃあるまいし。たかがチオビタだぜ」

昼の回は、奈美さん三佳さん、権ちゃん見に来た。

奈美さん三佳さんは学生時代の友人。
芝居を見に来てもらったのは初めて。
「塚本君が女の子と喋ってるのを見るのが新鮮だったよ」
「なんで?」
「学生の時、そういうの見たことなかったから」
「ガンガン喋ってたさ。まるでラジオのDJみたいに。そして最後にはいつも、スイッチを消されるんだ」

権ちゃん、お腹に赤ちゃんがいるという。
結婚して初めての子供。
出産予定は初夏だそうだ。

昨日来てくれたこずえさんも、夏に子供が生まれるそうだ。
めでたいことが続く。

夕方までの空き時間、舞台の写真を撮る。
久未ちゃん、茨木くん、知恵、真希ちゃんに動いてもらい、変な写真を色々撮る。

夕方、炊き出しでつくね丼。

夜の回、松島君、圭三君、綾香、仲澤さん、トシさん来る。
理保さんも来ていたが、その回に来ていたと知らず、挨拶ができなかった。

昼と夜の2回、それぞれ小さいミスあり。
ラストの叫ぶところは、叫ぼうとするのではなく、助けを求めようとしてみた。
その方が妻がいなくなった孤独感が身に染みた。

9時半過ぎ、劇場を出る。
飲みに行こうか迷ったが、疲れが大分たまっていたので、帰ることにした。
大塚駅まで、るみちゃん真希ちゃんと一緒。

10時半帰宅。
風呂に入り、あんパンを食べ、早めに寝る。

考えたからと言ってそれが見えるわけじゃない

2012年3月23日 金曜日

7時50分起き。
昨日買ったパンをかじって仕事場へ。
午前中、いつも通り仕事。
昼、ゆで太郎へ。
コロッケうどんが食べたかったが、メニューにはなく、かきあげうどんにした。
食券を買った後、単品でコロッケがあることに気づいた。
かけうどんとそれを買えば良かったのだ。
買い直すのも面倒なので、かきあげうどんを食べた。

夕方、仕事を早めに切り上げ、5時前早退。
5時半に劇場入り。

炊き出しでいなり寿司が出た。
とても食べたかったので嬉しかった。

7時開演。
ドタバタするシーンは昨日より大人しかった。
昨日も、細かいところでは色々トラブルがあったらしい。
モニターを見ているだけではわからない。

自分の場面、ラストがまだしっくりこない。
妻に死なれ、泣きそうな気持ちなのはわかる。
泣いている場合ではない。

悲しんでいる父の姿を、子供達が過去の風景として見て、
「ああ、お父さんはそんなに、お母さんを愛していたんだ」
と思うことはわかる。

自分が作るのは、現在を生きるお父さんだ。
子供達がまだ幼いという設定を思えば、泣いている場合じゃない。
頑張ろうとする。
だけどやはり寂しい。
何かを振り払うために叫ぶ。

そこに涙はないはずなのだ。
泣かないために叫んでいるのだ。
本当は叫ばないに越したことはないのだ。

今やっているのは大した叫びじゃない。
絶叫には遠く及ばない。
それでも、叫ぶという動作を入れないと、矛盾を抱えたままラストシーンを迎えてしまうような感覚がある。
それを振り払うために、一回だけ叫んでいる。
その苦しみの核心みたいなものが、もう少しで見えてきそうなのだが。

たぶん、ラストの自分の場面は、台詞と出番が多すぎるのだ。
出てきて、ただ檸檬の木を見てるだけで成立するべきものなのだ。

今日の回では、家の中に母以外誰もいないような気がした。
誰もいないのに、地図作りでつながっている娘の名前を叫んでいるのではないか。
むしろ娘がいるとわかっていたら、叫ばないのではないか。

いないから叫ぶ。叫ばずにいられない。
そういう息子の姿を見ている母という構図。
ひっくるめて、子供達の知らない、父の別の一面。
これが、ラストの回想場面の意義だろう。

そういった諸々の考えは、外側から見てわかるようなものにはならないだろう。
だが、考えた末に演じると、何らかの醸された空気が出来る。
その空気は、考えを深めないと出てこないもののはずだ。
引き続き考えてみる。
明日、もう少し奥へ行きたい。

優都子ちゃん、美佐穂さん、安見君、清水、榊原、平木くん、大久保さん、こずえさん、団さん来る。

「塚本さんが叫ぶのを見るのを初めて見ました」
と優都子ちゃん。
清水と榊原は、
「まあ、色々、今度、話を、ゆっくり」
といいながら帰って行った。

終演後、平木くん、知恵と三人で飲む。
平木君は、演出の方法論や考え方について質問をしてきた。
どう答えていいかわからなかったが、自分がどうやっているかに限定して話す。
知恵は、
「悩むのやめたんです」
と言いながら、手羽先にかじりついていた。

芝居をいいものにするために、自分一人ではなく全体を考えるために役者が出来るのはどういうことかについて話す。

12時に店を出る。
1時帰宅。

キース・リチャーズ『ライフ』読了。
キーズに散々語ってもらって、それを時代順に並べ直したような本だと思ったが、語り口が面白く、抜群の読み応えがあった。
80年代中期、ミックとの確執があった頃が特に面白い。
「おれのドラマー」
と言われて憤慨したチャーリー・ワッツが、ミックにパンチを見舞った話など。
これは以前、他人が書いたキースの伝記にも書かれていたエピソードだ。
その本では左フックを見舞ったとあったが、『ライフ』によると左ではなく右らしい。
どっちでもいい話だが。

初日にプログレとCKB話

2012年3月22日 木曜日

11時劇場入り。
場当たりの続きとカーテンコールの段取りを決める。
昼1時に終了。
炊き出しのご飯を食べる。
肉団子の入った中華丼。

2時過ぎからゲネプロ。
前半のノリが良かった。
たっちゃん、知恵、由理ちゃん、バラキ君が元気。
思い悩むくらいなら、考えるのをやめて、元気にやるのが一番いいのかもしれない。

ゲネ後、早めの夕食。
おにぎりとスープ。
枝豆とチーズの入ったおにぎりがおいしかった。
なっつの差し入れ。

妊娠した女性は立ったり座ったりするのが大変だということを、稽古の終わり頃になっつから聞き、久未ちゃんとのシーンに応用した。

楽屋にスピーカーを持ち込み、音楽を聞いていたら、隣の中村さんが突然言った。
「わたし、ピーター・ガブリエルにファンレターを書いて、返事もらったことありますよ…」
その時流れていたのはジェネシスのアルバム「DUKE」だった。
フィル・コリンズ時代になってからのものだ。

中村さんは昔、プログレの追っかけをやっていたらしい。
イエスのクリス・スクワイアとお茶を飲み、ケーキを奢ってもらったりしたこともあるとか。
他にも、スティーブ・ハウはいい人だが酒飲みであるなどの、追っかけをした人ならではの話を色々聞いた。

7時開演。
衣装のなおみさん、フォトグラファーのよっしーさんが、楽屋のモニターで観劇し、げらげら笑っていた。
芝居は大きなトラブルもなく終わった。
2週間前は、一体どうなることかと思っていたが。

終演後、一休で初日祝い。
よっしーさんに、
「ブログ読んだんですけど、クレージーケンバンドお好きですか?」
と聞かれる。
彼女も大ファンとのことだった。
飲みながら、CKBの話で盛り上がる。
なおみさんもよっしーさんからアルバムを借り、今度初めてライブに行くことになったらしい。

今日は好きな音楽の話をすることが多かった。
珍しい巡り合わせだ。

12時前に店を出る。
西友で3割引のパンを買い、1時過ぎ帰宅。