ゆっくりと長い距離を走る

2012年1月28日 土曜日

9時起き。
サンドイッチを作る。
レタスとハムのサンドイッチと、卵のサンドイッチ。
コーヒーと一緒に食べる。

11時を過ぎた時点で、外の気温が3度くらいだった。
12時になりようやく5度を超えたので、着替えて走りに行く。

久我山の踏切を渡り、甲州街道まで走る。
そこから右に曲がり、ひたすら街道沿いの道を西に向かって走る。
白糸台の陸橋を渡り、新小金井街道を右折する。
そのあたりで15キロだったろうか。
途中の自販機で水分と糖分を補給する。
東八道路の手前で小金井街道に曲がり、武蔵小金井駅に向かって走る。
モデルルームの宣伝をしている男が、紙コップに入ったお茶を渡してきた。
首を振って断った。
駅の手前、連雀通りを右折し、昔住んでいたアパートの前を通る。
隣にあったラーメン屋とコンビニの区画が、丸ごとマンションに建てかわっていた。
俺が住んでいた頃は9年間ほとんど変わらなかったのに、引っ越してからは通りがかる度に変わっている。

連雀通りから左折して小金井図書館の道に入り、北上して昔は踏切だったJRガード下をくぐり、北本通りを右折し、亜細亜大を左に見ながら三鷹駅前まで走る。
エネルギーが切れ、足の筋肉に力が入らなくなってきた。
その状態で走ることが、トレーニングになるのだと思う。

三鷹通りを北上し、五日市街道を渡り、住宅地に入って成蹊大を通り抜け、いつもNTT武蔵野研まで走る時に使うコースに出る。
東女の横道を走り、洋菓子の「アテスウェイ」前を左折する。
そのあたりで膝がガクンと抜けた。
家まで残り2キロちょっとだったが、再度水分と糖分を補給する。

善福寺川を渡って右折し、住宅街を抜け、家の前までたどり着く。
30キロを3時間20分ほどかかって走った。
途中、信号で止まった時間や、自販機で水分補給した時間を差し引いて、3時間数分台といったところだろう。
かなりゆっくりしたペースで走っても、10キロ1時間だ。

風呂に入り、サンドイッチの残りをつまむ。

夜、映画『用心棒』のDVDを見る。
カメラワークと画面構成の魅力を存分に堪能する。
どの場面で一時停止ボタンを押しても、絵になっている。

冷凍庫に油揚げがあったので、醤油で甘辛く煮て、きつねうどんを作った。
夜食にそれを食べる。
アルコール度2.5パーセントの発泡酒を一缶ちびちびと飲む。
飲まない生活が続いていたためか、それだけでもけっこう酔えた。

ちょっと冴えない感じ

2012年1月27日 金曜日

朝、さばの味噌煮の残りを食べる。

お昼に『太一人』の稽古予定表がメールで届いた。
目を通してみると、稽古場に行けるのは本番直前だけとわかった。
どの程度行けばいいのかわからなかったので、太一にメールをした。
なるべく来て欲しいとの返事。そりゃそうだ。
だが、スケジュールがいかんともしがたい。
来週会って、その辺のことも話し合わないといけない。
どういう再演にしたいのか、どのくらい協力すればいいのかも確認する必要がある。

午前中、仕事上でミス。
エクセルのツール作りを頼まれたのだが、新しく作ったものを古いファイルに上書きしてしまい、必要なデータをいくつか消してしまった。
ツールの仕組み上でもミスがあった。
冴えない気分に包まれる。

昼、マックでハンバーガーなど買い、オフィスに持ち帰って食べる。
昼飯にマックを食べるのは、すごく久しぶりのような気がする。
レジの女性に、
「マックチキン」
と言ってしまい、怪訝そうな顔をされ、慌てて、
「マックポーク」
と言い直した。
昼によく食べていたのは、マックチキンがあった頃だったのだ。

午後、ツールの修正をする。
コードを直す作業に集中できなかった。
疲れていると思った。
寝不足から来るものとしか考えられない。
酒を飲まず、いつもと同じ時間に寝ているので、睡眠時間ではなく、質によるものだろう。

6時半まで仕事。
買い物をして8時帰宅。
トースト、チキンナゲットで夕食。

明日のランニングのため、キョリ測でコースを調べる。
甲州街道まで南下し、府中方面に走り、三鷹市を回り込むようにして小金井から戻るコースが、ちょうと30キロだった。
そのコースを走ろうと決め、2時過ぎに寝た。

食事のことを書くワケ

2012年1月26日 木曜日

朝、フランクフルト、納豆、白菜漬け食べる。

「この人のブログ、ご飯のことばかり書いてあるのね」

知人の母親がこのブログを読んで、こんな感想をもらしたそうだ。

確かにここ数年、朝昼晩に何を食べたのかを、日記に書くことが多い。
これにはわけがある。

公演の本番が近づくと、日記の更新が滞りがちになる。
稽古が終わって家に帰ると、やらなければいけない仕事が待ちかまえている。
台本のこと、演出のこと、制作のこと、色々だ。
日記を書くよりも優先しなければいけないことだ。

日記のネタ帳というべきメモがある。
時間ができ次第、それを見ながら更新している。

メモに書く内容は、その日に起こったことをキーワード化したものだ。
だが、メモが沢山たまってくると、キーワードだけでは思い出せないことがある。

そこで、その日に食べたものも一緒に書いておくことにした。
読み返すと、作ったり食べたりした記憶がよみがえり、思い出しやすくなるのだ。

というわけで続く。

昼、配達の弁当を食べる。
玉子屋。

夕方6時半まで残業し、買い物をして帰宅。
鯖が安かった。

小林カツ代レシピで、鯖の味噌煮を作った。
生姜を使わなくても、生臭さのない作り方だった。
火を中火以下にしないことがポイントらしい。
美味かった。

太一から2月の『太一人』の打ち合わせをしたいとメールが来た。
再演ということだが、劇場の形が違うので、演出を変える必要があるらしい。
日程の希望日などを返信する。
本番は2月16日。
前回は、太一のお客さんに優先してみていただくため、知り合いを呼ぶことができなかったが、次回はどうだろう。
その辺のことも会って相談か。

何となく始めると長続きする

2012年1月25日 水曜日

朝、麻婆豆腐とご飯の朝食。
最近麻婆豆腐を作る時は、豆板醤、味覇、オイスターソースなどを使い、自分で味つけをしているのだが、食べてみるといつも何かが足りないような気がしている。
甜麺醤だろうか。

禁酒というわけではないが、先週から家にいる時の酒量が減っている。
飲む時でも日本酒をコップに半分だけ。
特に目的はない。
その方が長続きするかもしれないとぼんやり思う。
走ることがそうだった。
日記もだ。

日記をつけようと思ったのも、何となくだった。
1986年の2月5日。
はるか昔だ。
「ノートが1冊余ったので日記をつけようと思う」
最初につけた日記はそんな内容だったはずだ。
ガキだったから、今読めば当然、中身はとても恥ずかしい。
読んだ漫画のページ数を記録したり、人の悪口をイニシャルで書いたりしている。
落書きもあるし、妙な習作もある。
誰かに読まれることを想定していなかったので、自由に色々なことが書けた。
そのうちにノートを埋める作業が楽しくなり、2冊目、3冊目と続く。
4冊目くらいになると、もうそれほど楽しくはなかったが、やめるにやめられなくなってしまった。
10冊目くらいになると、嫌々ながら書いていた。
15冊目くらいで、
(これはもはや、逃れられない宿命だな)
と観念した。
ノートに書きつづった日記は2000年にウェブ上のものに引き継がれ、現在へと続いている。
誰に求められているわけでもないのに、26年も延々と。

書き続けることで自分に備わった性質がある。
それは、
<無意味なことでも気が向いたら延々と続けられる>
ということである。

逆に言えば、
<意味のあることでも気が向かなかったら続けられない>
ということでもある。

今回の節酒はどっちだろう。
だが、せっかくの機会なので、肝臓にたっぷりと休養とってもらおうと思う。
いずれ、大暴れしてもらう時がくるだろう。

昼、おにぎりとコロッケ食べる。

午後、左目のチック症状に悩まされる。
寝不足だろうか?
よく寝ているはずなのだが。

原因がわからないので、ツボを指圧してやり過ごす。

5時半まで仕事。
買い物をして6時半過ぎ帰宅。
朝と同じものを夕飯に食べる。

全豪オープンでベスト8進出の錦織圭、残念ながら負けた。
これまでテニスにまったく興味がなかったのに、彼のプレイを見ていると、応援したいと思ってしまう。
それも、力だと思う。

酒樽から酒が流れるシーン

2012年1月24日 火曜日

7時半に目覚ましが鳴ったが、どういうわけかいつもよりも眠気が耐え難く、30分ほど余計に眠ってから起きた。
朝食を取らずに家を出る。
昨日降った雪が凍っており、道は滑って歩きづらかった。
仕事先に着いてから、缶入りコーンスープを飲んだ。

昼、コンビニでおにぎりを買ってきて食べる。
朝何も食べなかった割に、それほど腹は減っていなかった。
酒を飲んでいないため、アルコールを分解するエネルギーを必要としていないのだろう。

7時過ぎまで残業する。

8時帰宅。
ツナサラダを作って食べる。

ハメット『血の収穫』読む。
表題作「血の収穫」読了。
黒澤明『用心棒』は、この作品を参考にしてシナリオが書かれたらしい。
ギャング同士を争わせるというプロットがそうだ。
銃で穴だらけにされ床が酒まみれになるという描写も、志村喬演じる徳右衛門の酒蔵が破壊されるシーンに影響を与えているのではないか。

清兵衛一味に破壊され、桶から滝のように酒が吹き出している。
憎々しげな顔をした山茶花究演じる丑虎に、徳右衛門がなんとかしてくれと哀願している。
見たくなってきた。

レイモンド・カーヴァー『ぼくが電話をかけている場所』少しずつ読む。

下北で観劇そして下北半島ばりの雪

2012年1月23日 月曜日

7時半に起き、昨日作ったカレーを食べる。

ハメット『血の収穫』読み始める。

昼、玉子屋の弁当を食べる。

午前午後と、忙しくはないが暇でもないというバランスで仕事をこなす。

夕方5時半過ぎに退社。
外は雨が降っていた。
新宿に出て、小田急線で下北沢へ。
茶沢通り方面に歩き、途中の『共楽』でチャーシュー麺を食べる。

6時40分過ぎに駅前劇場へ。
太一が客演しているバジリコFバジオ観劇。
前説で人形劇をやっていた。

芝居の後半がとても面白かった。
ラストシーンはまるで『ゲド戦記 影との戦い』のようだ。
野球のところや義父のところなど、古谷実『僕といっしょ』を思わせる設定や展開もあった。

初期のRC「僕の自転車のうしろに乗りなよ」「日隈君の自転車のうしろに乗りなよ」「去年の今頃」、フー「Kids are alright」、ジミヘン「Stone Free」、ジャニス「Move over」、ドアーズ「Alabama Song」カバー、ジョン・レノン「Nobody Loves You」、陽水「帰れない二人」など、色々気になった。

太一は元広島カープの選手だったヤクザを演じていた。
『仁義なき闘い』で千葉真一が演じた大友勝利風のしゃべり方を意識していたらしい。
ボールは黒子が操作していた。
消える魔球とか見てみたかった。
姉を演じる浅野千鶴さんが、とても強く印象に残った。
演じないように演じ、歌わないように歌う様子が、見ていて心地良かった。

終演後、太一にDVDを渡す。
長年借りていたビデオを先週の日曜に返したのだが、
「あ、おれ、ビデオデッキない」
というので、DVDに焼いたのだ。

外に出ると雪が降っていた。
新宿に着いた時には、線路の上がうっすらと白くなっていた。
荻窪で買い物をし、家まで10分ちょっとの道を歩くと、傘に雪が積もっていた。
傘をささずに自転車をこぐ兄ちゃんとすれ違う。
帽子のつばに雪が積もり、まるで真っ白なリーゼントみたいになっていた。

夜の12時を過ぎると、雪は小降りになった。
1984年の1月2月は大雪が降った。
14年経った1998年も大雪が降った。
さらに14年経った今年も、ひょっとすると大雪が降るんじゃないだろうか。
あくまでも東京の話。

カレー事変

2012年1月22日 日曜日

7時に目が覚めた。
すぐに空腹を覚えたので、フライパンにあったナポリタンの残りを食べる。

10時までブログを書いたりして過ごす。
外は曇っていたが、雨は降っていなかった。

10時を過ぎてから買い物に行く。
野菜ジュース、玉葱、人参、挽肉、焼き海苔、ミネラルウォーターを買う。

お昼前にカレーを作る。
肉は買ってきた挽肉と、冷凍してあった豚もも肉のスライスを使った。
昼過ぎにカレーは完成した。

炊飯器のタイマーをセットしてからランニング。
トレーニングウェアの上に、防寒用のサウナスーツを着込んだ。
それでも外は寒かった。
ゼリー飲料を飲み、青梅街道を西へ走る。
西武新宿線の陸橋をくぐり、所沢街道から新青梅街道に入り、西東京タワーを通り過ぎ、小金井街道を渡り、新小金井街道を渡り、山崎パンの工場前を通り、小平霊園の手前で折り返す。
山崎パン工場の前にあった自販機で、しるこドリンクを飲み、エネルギー源の補給をする。
汗が乾き、口の周りに塩が吹いていたためだろうか、最初の飲み口はしょっぱく感じた。
塩気の後にやってくる甘味感に頬がゆるんだ。
西武新宿線の陸橋まで戻ったあたりで、足がだるくなった。
朝にナポリタンを食べただけだったので、エネルギーが切れてしまったようだ。
ゆっくりとしたペースでだましだまし走り、3時前に家に着いた。

25キロ以上走ったと思っていたのだが、シャワーを浴びてからネットで距離を調べたら1キロ短かった。

カレーを温め、少しだけ食べる。

押し入れの段ボールをあけて、人に貸すための漫画を探す。
大友克洋の『AKIRA』
3巻から6巻までしかなかった。
1巻と2巻はおそらく実家にあるのだと思う。

夕方6時過ぎ、またカレーを食べる。
温め直した時に鍋底が少し焦げ付いてしまった。
食べ終わり、台所の片付けをする時に、カレーを別の鍋に移そうと思い、両手鍋を持った。
次の瞬間、片方の取っ手が外れ、ガスレンジに向かって鍋が90度傾いた。
まだ沢山残っていたカレーが五徳の周りにこぼれた。
瞬間的に鍋の傾きを戻したので、半分以上のカレーは無事だった。
だがガスレンジはカレーまみれになってしまった。

こぼれたカレーと壊れた取っ手

固形部分を生ゴミとして捨ててから、ルーの部分をトイレットペーパーで拭き取り、絞ったダスターでレンジを拭いた。

復旧後

コーヒーを入れて飲み、気分を落ち着かせた。
取っ手はプラスチック部分がぼろぼろになっており、ねじが効かなくなっていた
その両手鍋は15年くらい前、まだ小金井に住んでいた時に買ったものなので、いつ壊れても不思議ではなかった。

台所用品に関しては、物持ちがいい方だ。
炊飯器、まな板、包丁、ボール、今年で20年目になる。
高いものではなく、一人暮らしを始めた頃に買った安物だ。
そういうもので、食べたいものを作って食べるというのが、心地よいのだ。

夜、ネットで、先頃芥川賞を受賞した田中慎弥さんの記者会見映像を見た。
色々話題になっていたのは知っていたが、何がどういうわけで話題になったのかは知らなかった。
実際に見てみると、確かに田中さんの挙動は、万人が予想した芥川賞作家のそれとは違っていた。
つっこみどころの多い会見であったと思う。
だが、記者が質問をすると、一言も聞き漏らさぬように聞き耳を立てていたのは、とても好感が持てた。
相手の言葉を全力で理解しようとする態度に見えた。
「下関はどういう町ですか?」
という記者の質問に、
「乾いた町です」
と答えたのが印象的だった。
いい表現だと思った。

部屋にこもる日

2012年1月21日 土曜日

朝起きると雨が降っていた。
10時頃、ツナトーストを作って食べた。
PCに向かい、未整理だった音楽ファイルを整理する。
一昨年の秋にハードディスクのパーティション変更をしくじり、沢山のMP3ファイルがおシャカになってしまった。
ファイルそのものは残っていても、壊れていて再生できないのだ。
そういうファイルを削除し、DVD-Rにバックアップしていたものはリストアする。
昼までその作業をした。

雨はやむ気配がなかった。
布団に転がり込むと暖かくてすぐに眠くなった。
しばらく寝て、起きると2時だった。
まずいノンフライのインスタントラーメンが二袋残っていたので、二つとも茹でて酸辣湯麺にして食べた。

夕方までにはやむと思っていたのだが、雨は結局一日中降っていた。
天気待ちの状態で午後を過ごした。
ナポリタンが食べたいと思ったので、スパゲティを茹で、玉葱と冷凍インゲンと豚もも肉スライスを刻んで、トマトケチャップで料理した。
何かが足りてないような味だった。
おそらく、脂のコクだろう。

レイモンド・カーヴァーの短編『ぼくが電話をかけている場所』を本棚から出して読む。
村上春樹の訳したもの。
いつ買ったのか全く覚えていないが、おそらくこの稽古場日記を書き始めるより前のことだろう。
読み返したことさえなかった。
再読して、意味をすくい取るような読み方をしないで読んだ方が楽しめる作品だと思った。

酒も飲まず、本を読んで夜を過ごした。
1時過ぎ、やることもなくなったので、眠ることにした。
山奥の別荘にでも来たみたいな一日だった。

くだらなさを埋め込むこと

2012年1月20日 金曜日

7時半起き。
昨日買ってきて余った唐揚げを食べる。

外は相変わらず寒かった。
昨夜から雪が降っていたが、積もってはいなかった。

雪はお昼過ぎまで降り続いた。

昼、お弁当を頼み損ね、コンビニのイートインでいなり寿司を食べる。
一度中に入ると、暖まるまで出たくなかった。
休憩時間を店で過ごす。

夕方5時半過ぎに仕事を終える。

有楽町線で東池袋へ。
7時半からシアターグリーンで安見君の芝居を見る予定だったが、時間が余っていたので、以前行こうとして場所がわからなかったハンバーグレストランの「UCHOTEN」へ行ってみた。

中に入ると客はひと組しかいなかった。
カウンターに座り、黒毛ハンバーグとクリームコロッケのセットを頼む。
出てきたハンバーグは分厚く、肉は上質でうまかった。
値段相応という感じだ。
もしこのメニューが800円だったらかなり驚くが、もちろんそんなに安くはない。

7時にシアターグリーンへ。
受付に山田さんと、髪の伸びた島崎くんがいた。

客席に女性が一人だけ座っていた。
知恵ちゃんだった。
右斜め後ろの席に座ると彼女は、
(変なおっさんが座ってきたから移動しよう)
みたいな感じで席を立った。
振り返って目が合った。
「黙って座らないでくださいよ」
そう言ってまた座りなおした。

少しして、右隣の席に渡辺さんが座った。
マスクをしていた。
風邪をひいたらしい。

開演前に役者が出てきて、安見君のマイク音声による前説を始めた。
ゆるい雰囲気を作ろうとしていたが、どこかおっかなびっくりという感じもあった。

芝居は、ちんちん電車がハイジャックされ、人質と犯人が次第に宥和していくというもの。
ストックホルム症候群をテーマにした作品といえるかもしれない。
前半が散漫で、後半が面白かった。
犯人と人質が協力していき、最後は全員で大団円を迎えるというプロットは、実はけっこうベタで定番のアイディアだと思う。
それゆえ、ある程度の面白さは保証されるが、より深いところを表現する時に、定番さの壁にはじかれてしまうと思う。
安見君がやりたい「くだらなさ」が、確固とした構造の隙間に入りきらないのだ。

もしかすると「面白さ」と「くだらなさ」のどちらを取るかという分岐点に、安見君は立っていたのではないだろうか。
両方を取るには技量と経験が足りない。
前作「サザエントヒル」でも明らかだった。
「くだらなさ」を取るのであれば、犯人と人質が協力し合うという構造にメスを入れ、物語を解体していく覚悟が必要だったと思う。
だがその結果、くだらなくはなっても、ワケのわからない話になるかもしれない。
「面白さ」を取るのであれば、犯人の心情に人質が同調していくストックホルム症候群から、もっと発想の枝を伸ばし、派生するサイドストーリーを豊かなものにする必要があったのではないか。
それをやると作品がわかりやすいものになってしまい、安見君が狙うくだらなさからは外れてしまうが。

シアターグリーンフェスに出場ということへの「気負い」もあっただろう。
冒頭、スライドでキャスト紹介をする演出などがそれを象徴していた。
そんなこと全然しなくて良かった思うが、せずにいられなかったのかもしれない。

終演後、知恵ちゃん、見に来ていた優都子ちゃんと、初日打ち上げにお邪魔する。
トシさん、健吾くんと同じテーブルに座り、今回の公演の話を聞く。
遅れて安見君到着。
トシさん、安見君を隣に座らせて、イライラしたり怒ったりしないよう諄々と諭していた。
台本の感想を安見君に聞かれ、どう答えたものか困りつつ、面白い部分は後半に詰まっていたと答えた。

11時に店を出る。
ビールとサワーを1杯だけちびちび飲んだので、ほとんど酔っていなかった。
そのくらいの方が人の話をよく聞けるのだなあと、改めて実感した。

そういえば劇場を出る時に制作の山田さんから、
「twitter読みました。ダメです、酒、やめないでください。私、酔っぱらった塚本さんが好きなんですから」
と言われた。
やめたわけではないけれども、ぐいぐい飲むのは特別の時だけにしようと思う。
いわゆる無礼講の時。

12時過ぎ帰宅。

R.ブローティガン『ビッグ・サーの南軍将軍』読了。
ヒッピーの暮らしぶりが楽しそう。
『アメリカの鱒釣り』より取っつきやすかった。
こちらを最初に読んだ方がいいのかもしれない。

寒い日々よ

2012年1月19日 木曜日

6時40分くらいに起きた。
酒を飲まないと目覚めが良いみたいだ。
いつもは7時半に起きるのだが、腹が減っていたのでそのまま朝飯の支度をする。
ほっけを焼き、大根をおろし、味噌汁を温め、目玉焼きを作った。
冷蔵庫からキムチを出した。
7時くらいからゆっくりと食べ、食後にコーヒーを飲んだ頃、いつも起きる時刻になった。

8時前に家を出る。
今年の冬はいつもより寒い。
去年は仕事に行く時にコートを着ず、マフラーだけでやり過ごしたが、今年はそうも行きそうにないので、革のハーフコートを着ている。
寒さをしのぐには、首を暖かくするのが一番だ。

10年以上前、バイク便の仕事をしていた。
冬になると会社から、防寒仕様のジャンパーを二着支給される。
一つはインナーで、もう一つは上に着るやつ。
それぞれ、内ジャン、外ジャンと呼んでいた。

走っていない時にそれを着ると大層暖かくなったように思われたが、12月になってすぐ、それだけでは寒くて仕事にならないとわかった。
それで上野のバイク街で、断熱仕様のインナー上下を買った。
NASAが宇宙服に採用した素材を使っていると書いてあった。
メタリックカラーのそれを着て、シャツを着てジーンズを履いて、内ジャンを着て外ジャンを着てグローブをはめる。
バイク便ライダー一年目の、冬の装備だった。

都市部の一般道を走っている分には良かった。
だが、1月になって寒さが本格化し、お金がなかったので日が沈んでも夜間の仕事をしていた時など、体の芯が冷え切るという経験を何度もした。
一度、夜の7時過ぎに千葉方面から外環を経由し、関越自動車道を使って所沢へ配達したことがある。
高速道路だから80キロ超のスピードで走る。
当然ものすごい風圧を受ける。
その風が、とてつもなく冷たい。
外環自動車道を走っている時は右側から北風を受け、関越に入ってからは正面から受ける。
全身まんべんなく強風にさらされ、所沢に着いた時は、あまりの寒さに涙が出た。

結局、寒さに耐えかねて、2月からしばらく仕事を休んでしまった。

次の冬が来た時は、オーバーパンツとネックウォーマーとフェイスウォーマーを買った。
これが効いた。
ジェットヘルメットだったので効果が絶大だった。

ただし、それも晴れていればの話。
みぞれが降る寒い日など、一日中走っているうちにグローブや合羽の縫い目から冷たい水が染みこんだ。
寒いなんてもんじゃない。
喋ると、ア行に濁点がついた。

結局、市販の合羽ではもたないので、会社のロゴ入り合羽を数千円出で購入した。
この合羽は良かった。
夜になって気温が氷点下に落ち込んだ時など、防寒着として上に着ることもできた。
ロゴさえなければ、仕事を辞めてからでも使っていたと思う。

防寒着として会社の合羽を着たことはなかった。
雨が降っていない時は、ネックウォーマーの効果は抜群で、昼?の気温が2度くらいの時に高速道路に乗っても寒さを感じることはなかった。
首周りを暖かくすることは大切なのだと、その時に痛感した。

最近の寒さは確かに辛いけど、バイク便時代に経験した寒さを思えば、何とかなるレベルだ。
ネックウォーマーなしでも生きていけることは、幸せ以外の何ものでもない。

午前中、ツールのちょっとした直しの仕事。
あとはルーティンワーク。

昼、王将へ。
天津飯と餃子食べる。
それほど混んでいなかった。
王将ブームは去ったのだろうか。

夕方6時過ぎに仕事をあがる。
西荻窪で降り、買い物をする。
唐揚げのお総菜と、割引された寿司のパックを買う。

8時帰宅。
寿司と、唐揚げを少し食べる。

日本酒、少しだけ飲む。
要するに、ゆっくり飲まなければ、量も減るのだと実感する。

新宿西口の居酒屋の話

2012年1月18日 水曜日

朝、ハムのサンドイッチを作って食べる。
気分、というか、精神状態は少しずつ落ち着いてきた。
精神状態と書くのも大げさだが、それ以外に何と書けばいいのだろう。

酒を減らそうと思うことは、過去に何度もあり、実際にそう思ってからしばらくの間減らしている。
過去の日記を検索してみたら、色々書いてあった。

http://mgribbon.com/wordpress/20040727/aao3uodha.html

http://mgribbon.com/wordpress/20041018/oceuaoeussi.html

http://mgribbon.com/wordpress/20050727/ooaae.html

http://mgribbon.com/wordpress/20060930/ooue.html

酒について定期的にあれこれ思うのは、ただの「性癖」であるようだ。

昼、コンビニ食。
外は冷凍庫のように寒かった。

夕方、新宿の「やまと」へ。
芹くん、知恵ちゃんと飲む。

芹くんの書いた習作を年末年始に読ませてもらっていた。
メールでファイルをもらった時、予想していたよりもかなり量が多かったので驚いた。
読み終えるのに時間がかかった。
書くのは3週間ほどしかかからなかったのだという。
つまり、ただもう、書きたかったから書いたということだ。
加工品ではなく、生の素材に近いと言える。
欲しい要素と、こうした方がいいという意見を伝える。

「やまと」は、サラリーマンだらけのお店で、ビールとハイボールが激安なので、ちょくちょく利用している。
知恵ちゃんの仕事場から目と鼻の先だ。
「店に入って来た時、うわ、黒いって思いました」
スーツの客だらけだったからだ。

芹くんは年末に友達とここへ来たらしい。
混んでいて地下1階に通されたらしい。
「以前塚本さんと来た時は2階で、働いているのはきれいで仕事が出来るお姉さんばかりだったじゃないですか。ところが地下1階は、どよーんとしてるんですよ」

今日通されたのは3階だったが、注文した「にら玉」がなかなか来なかった。
当たりは2階ということだろうか。

9時半過ぎまで飲む。
1階レジで、きれいな女性店長さんらしき人から、
「席代わっていただいて申し訳ありませんでした」
と言われる。

できる、と思った。

知恵ちゃんにそのことを言うと、
「すごい気遣い」
と答えた。

10時過ぎ帰宅。

リチャード・ブローティガン『アメリカの鱒釣り』読了。
表紙の写真が格好良かったので写真に撮った。
リチャード・ブローティガン『アメリカの鱒釣り』

心の構造

2012年1月17日 火曜日

朝、7時半起き。
卵焼き、めざし、キムチ、納豆で朝ご飯を食べる。
めざしがあると、朝ご飯が楽しみになる。
そういうメニューは他にもある。
焼きたらこ、明太子、キュウリ、なす、白菜の漬け物、ネギを混ぜた納豆、鰹節をかけた大根おろし、あさり、しじみの味噌汁、きんぴらごぼう、シラス、小女子、ちりめんじゃこ、未開封ののりたま、カレイの煮付け…

午前中、どういうわけか神経が高ぶっていた。
イライラと紙一重だった。
昨日酒を飲まなかったからというわけでもあるまい。
色々考えたことが頭に詰まって、未整理のまま溢れそうになっているからだろう。

昼、久しぶりにフラミンゴへ。
ミートソースを食べる。
普通盛りでも相当な量があるので、腹が減っている時ほど注文には気をつけないといけない。
以前、空腹なのをいいことに特盛りを頼んで、涙目になったことがある。

午後、少しずつ気持ちを落ち着かせながら、心の構造について考える。
人の心は、巨大なズタ袋のようなものではないか。
よく使うものは上の方にあり、現実と呼応して取り出される。
底の方にあるものは、よほどのことがなければ取り出されることはない。
深すぎて、取ろうとしても手が届かない。
しかし、ひどく混乱して、袋が大きく揺すぶられた時など、中身が攪拌されて底の方にあったものが上がってくることがある。
取り出してみると、それは現実に不似合いな、おどろおどろしく不条理な感情だったりする。
なぜ自分の中にそのようなものがあるのかわからなくなり、怯えながらそれを袋の中にしまい込む。
よくしたもので、放っておくと使わないものは底の方へ移動するようになっている。
そのおどろおどろしいものも、心が落ち着いてくれば再びズタ袋の底へ沈殿し、再び揺り動かされる時までじっとしている。

悪夢は、たぶん、心のズタ袋がなにかの拍子で傾いて、おどろおどろしいものが外に出てきてしまい、自分自身を怯えさせることで作られるのだろう。
悪夢に限らず、恐怖というものはすべて、そうやって自分自身が作り出していくものなのかもしれない。

夕方、ドラッグストアでグルコサミンのサプリメントを買う。
関節ケアのため。

7時過ぎ帰宅。
朝とほぼ同じメニューでご飯を食べる。
週末までランニングは中止。
無理して関節痛をひどくしても仕方ない。
酒を抜いて万全の調子になってから、昼に長い長い距離を走ればいい。

今日も酒を飲まず。

酒を控えよう

2012年1月16日 月曜日

7時半に目覚ましの音で目を覚ます。
起きた瞬間、ひどい二日酔いを自覚した。
立ち上がり、台所に行き、野菜ジュースを飲み、昨日の夜に買ったパンを食べた。
着替えて仕事に出かける。

午前中、集中力はまったくなかった。
ブラックの缶コーヒーをがぶ飲みし、カフェインの力を借りようと思ったが、どうせ効かないだろうことは経験的にわかっている。
昼前から腹が空き始めた。
アルコール摂取による血糖値の低下だろうか。

昼休み、飯田橋の大勝軒へ行く。
外はかなり寒く、店に着く頃には体が冷え切っていたが、中華そばを食べ終わると汗が出た。

午後、胃袋を炭水化物で膨らませた状態で過ごす。
夕方5時半、定時に退社。

買い物をして7時過ぎ帰宅。
ほっけを焼き、大根をおろし、スープを温めた。
卵を3個割り、だし汁と塩と砂糖を少し加え、卵焼きを作った。
8時過ぎにそれらを食べた。

昨日の夜の酔い方を思い出す。
ビールを飲み、途中で焼酎を飲み、日本酒を飲み、ワインを飲み、ハイボールを飲んだ。
量はそれほどでもなかったが、種類の違う酒をそうやって飲んで、体にいいはずはない。

酔っぱらうということも、そんなに重要ではなくなっている。
酔って楽しくなるより、酔わないまま楽しくなる方がいい。そうなれるならば。

とにかく、今日一日色々考えて、しばらく酒を控えめにしようと思った。

酔って眠くて辛くって

2012年1月15日 日曜日

昨夜は1時に帰り、卵かけごはんと鍋物の残りを食べて寝た。
楽しめるキャパシティを使い切ってしまい、心身ともにくたくただった。
帰りがけに、旧知の大塚秀樹さんと会った。
フェス一発目の「熊殺し」で、阿波踊りダンサーズに加わっていたらしい。

午前中11時くらいまで寝ていた。
起きてオーケーストア買い物に行く。

12時過ぎに帰宅。
ワンタンと焼きそばを作って食べる。

午後、走りに行こうと思ったが、右膝の関節が少し痛んだので、大事をとって休むことにする。

夕方5時過ぎ、新宿へ。
「らんぶる」で『太一人』の精算会。
店に着くと、太一と森さんがいた。

『太一人』の再演を2月にやるとその場で聞く。
昨年暮れのバージョンをそのままやるつもりだそうだ。
しかし、スペースが変わってしまうことで、冒頭の登場シーンはそのままやれなくなってしまう。
「何か良い案ないかな」
相談される。

次回のスペースは自由が丘とのこと。
マンションの4階にあるそうだ。
となれば、往来にいる太一をお客さんに見せる演出は出来ない。
冒頭は根本的に変えた方がいいだろう。

しばらくして鈴木さんがきた。
四人で『太一人』を振り返ってなんとなく雑談をする。
佐藤君が少し遅くなるとのことだったので、店を変えて飲みにいくことになった。

駅方面に歩いていたのだが、いい店があるような予感がしなかったので、Uターンして三丁目方面に向かう。
伊勢丹を曲がり、ビルの看板を目当てにして、結局「黄金の蔵」へ入る。
店は空いていた。

乾杯して少しすると、新宅さんがやってきた。
その店で働いているらしかった。
そういえば以前、そんなことを聞いたような気がする。

佐藤君が7時前に到着し、5人が揃った。
改めて打ち上げをする。

12時近くまで飲んだ。
飲み終わって時計を見て、そんなに飲んだのかと驚いてしまった。

新宿まで歩き、荻窪まで電車に揺られ、座りっぱなしで飲んでいた体にアルコールが一気に回ってしまった。
西友で割引されていた菓子パンを5個と、食パンを1個買う。
家まで10分ちょっとの距離を、独り言を言いながら歩き、フラフラになって帰宅。
飲んでいる時にあまり食べなかったので、とても腹が減っていた。
買ってきたパンを3個、一気に食べた。

何時に寝たのかは覚えていない。
とにかく、酔って、眠くて、辛かった。

さるハゲロックフェスに行ってきた

2012年1月14日 土曜日

11時前に起きる。
鮭、野沢菜漬け、鍋物の残りで朝飯。

1時半から走る。
西荻からNTT武蔵野研まで、ゆっくりとしたペースで往復。10キロ。

3時前帰宅。
シャワーを浴び水分補給をし、着替えて再び外出。

中央線で新宿へ。
地下街を歩いて歌舞伎町。
コマ裏のロフトに4時前到着。
身分証明書とチケットを渡して中に入る。

本日のイベントは、
「しりあがり寿presents さるハゲロックフェスティバル」

4時を過ぎてから音楽が流れ、ダンサーがメインステージで踊り始める。
二人のタップダンサーの間に、しりあがりさんが登場。
タップダンスを踊る下半身の映像を映した布を持ち、踊っているように見せかけていた。
しようもなくて笑える。
踊りが終わって開会の辞みたいな言葉があり、一発目「熊殺し」のパフォーマンスから始まる。
女性三人組。
悪と戦う寸劇と、なぜか阿波踊りがあった。
歌がソウルフルで格好良い。ショー慣れしていた。

ビールを飲みながら、セカンドステージの下見をする。
ドリンクカウンターに隣接して、炊き出しコーナーがある。
カレーが販売中。
突き当たりの深海スペースにメイドカフェのスペース。

メインステージに戻り、「とり・みきと謎のユニット」の演奏を見る。
「時をかける少女」をジャジーな感じでやりつつも、歌詞がしょうもなく、しょぼさと渋さ紙一重という感じで、悪くなかった。

メインステージの幕がスクリーンになっており、パフォーマンスの合間には、サイレント時代の喜劇映画が延々と映し出されていた。
チャップリン、キートン、ロイドなど。

LASTORDERZ登場。
大人パンク。
田口トモロヲさんがかっこいい。
歌う時はマイクを包むようにして、合間に客席をねめまわし、ニヤリと笑っていた。

次に知久さん。
こうしたフェスに出ると、他の出演者に比べて声量が桁違いに大きく感じられる。
ボリュームの問題ではなく、声がホーミーのように響き、隅々まで通るようだ。

「シークレットタイム」は、セカンドステージで観た。
たまの石川さんが出演。
演奏しながら客席を通り抜け、メインの方まで歩いて行ってしまった。

メインに戻り、栗コーダーカルテットの演奏を観る。
ダースベーダーのテーマを生で聴けて嬉しかった。

炊き出しコーナーではカレーが終わり、クスクスを売っていた。
エジプトあたりが発祥の粉食料理らしい。
カレーソースに混ぜ込むようにして食べる。
初めて味わう食感だった。

宮台真司としりあがり寿によるマジメなトークが始まる。
舞台上で聞いていた連中が途中から内輪もめを始め、服を脱いでプロレスを始める。
大日本プロレスだった。
ロフトの長椅子にパワーボムを決めるフィニッシュで終了。
長いすは真っ二つ。
会場のすべてを戦いの場にする、インディーズ団体の正しいプロレスだった。

鈴木慶一、あがた森魚と、続けざまに見る。
あがた森魚さんはしょっぱなでギターを弾きながらステージを降り、客の間をぐるっとひとめぐりしていた。

エコーユナイトの演奏見る。
たまのGさんがベース。
普通のロックでベースを弾くGさんを見るのは初めてだった。

エコーユナイトの出番終了と共に、客席にいた石川さんが舞台に乱入。
いつの間にか知久さんも舞台上におり、その場で三人は『まちあわせ』を歌った。
ほんの一瞬だけの、たまの再結成だった。
一瞬だからこそ、その場にいられた価値がある。

メインステージの床に座って休んでいると、目の前を小野瀬雅生さんが通り過ぎて、そのまま楽屋入りした。
ギターケースを間近で見られた。

メインステージではサイモンガー・モバイルがファンクをやっていた。
腕組みして立っていることを許さないノリの良さがあった。
休んでいる場合じゃなかった。

次に、安齋肇・小野瀬雅生のユニット「みち」が登場。
時刻は30分くらい押し、すでに12時近かった。
ギターの音に痺れた。
ほとんど小野瀬さんばかり見ていた。

フェスの最後に小野瀬さんが、ウッドストックばりにアメリカ国家を弾くことになっているらしかった。
観たかったが、もう十分に楽しんだし、かなり疲れていたので、「みち」の演奏が終わってからロフトを出た。
12時半だった。
足下がふらついた。
頭がボーッとしていた。

1時過ぎ帰宅。
全力で楽しんだ後の虚脱感に包まれ、ほとんど何も考えることが出来ない状態だった。
2時前に就寝。

こんなもんだろうなと思いたい

2012年1月13日 金曜日

朝、いもの煮っ転がし、鯵、野沢菜漬けで朝食。
8時10分に家を出る。
寒かった。
昨日と比べても仕方ないと思うくらい寒い。

9時から仕事。
エクセルのツールを直す。
緊急の仕事ではない。

昼、ローソンで昼食。
小さいカップうどんとサンドイッチを食べる。

午後、仕事の続き。
3時から小一時間ミーティング。
今後のこと、色々考えさせられる内容だった。

5時半過ぎに仕事を切り上げる。
買い物をして帰宅。
キャベツ、豚肉、厚揚げ、大根、春菊、舞茸で鍋物を作る。
味つけは、出汁、味噌、ニンニクすり下ろし、唐辛子。

9時半、走りに行く。
寒かったので気が進まなかった。
2キロくらい走るまで、汗が全く出なかった。
久我山の踏切を渡ったあたりでようやく体が暖まってきた。
そのまま甲州街道まで往復。10キロ。

ダシール・ハメット『ガラスの鍵』読了。
主人公が探偵ではなく、守るべき対象も無垢なものではない。
謎解きも大したものはなく、結末にカタルシスもない。
読んでいて、
(現実は実際、こんなもんだろうな)
と思った。
そして、そう思えるものを読みたいという欲求が、自分の中にあったということに、読み終わってから気がついた。

夜、日本酒をコップに半分だけ飲む。
松岡修造のやたらに熱い動画を30分ばかりネットで見て就寝。

3月に出る舞台の顔合わせ

2012年1月12日 木曜日

7時半起き。
鯵、納豆、芋の煮っころがし、野沢菜の漬け物食べる。
外は凍り付くように寒かった。
9時から仕事。

昼、ローソンのイートインで、おにぎり、ハンバーガー、ワンタン、サラダ。
ちょっと外を歩くだけでも、上着を着ていないと寒い。

午後、エクセルのツールをいくつか見直す。
過去に自分が作ったものもあれば、そうでないものもある。
いったん手をつけるとかかり切りになってしまうのだが、幸い今週はそれほど忙しくないので、忙しい同僚の仕事を助ける意味で修正作業をした。

夕方6時過ぎまで残業。

夜7時過ぎ、東武練馬の稽古場へ。
3月に出演することになったゲキダン◎エンゲキブの顔合わせに参加する。

7時半頃から読み合わせ開始。
自分の役は、はるか昔に死んだ父親。
妻との絡みが多い役だが、妻役を演じる役者がまだ決まっていない。

作品タイトルは『檸檬の家』
劇場は大塚の萬劇場。
日程は3月22日(木)から25日(日)までの6ステージ。
3月18日にフルマラソンを走るのだが、その四日後に初日という、かなり無茶なスケジュールになってしまった。

1時間半ほどかけて読み合わせが終わる。
稽古にあまり参加できないので、貴重な機会に読み合わせができて良かった。

稽古後、東武練馬の和民で顔合わせの飲み会。
初対面の役者が意外と少なかった。

森宏之氏とマラソン談義。
森さんは昨年夏に事故に遭い、体を動かさなくなったためか、かなり太ってしまったという。
「痩せろ指令が出ましてね」
そう言いながら、つまみの揚げ物には手を出さず、キュウリに箸をのばしていた。

キャスティングについて、亜企ちゃんから話を聞く。
出来る出来ないではなく、問題があるかないかの話になってきた。

11時に辞去する。
寒かった。
高田馬場まわりで帰宅。
家まで1時間と少しかかった。

風呂に入り、コーラを飲む。
酒を控えようという気持ちになっている。
一年に何回か、そういう時がある。

夕食を食べていなかった。
飲みの席でビールを1杯と、つまみを少し口にしただけだ。
腹が減っていた。
何か作って食べようかと思ったが、2時を過ぎていたので、朝飯を楽しみに眠ることにした。

「寒い」の文字が流れる日

2012年1月11日 水曜日

朝、昨日作ったビーフシチューとパン食べる。

午前中、年始に作ったクエリの出力がおかしいというので色々調べる。
それ以外は特にやらなければならない作業はなく、ルーティンワークのみ。

昼、「丼達」でネギ塩豚丼食べる。
隣にあった、店員が女の子だけの妙な弁当屋が、フライドチキンの店に変わっていた。

午後、午前中の続き。
エラーが出るわけではないのだが、余計なデータまで抽出されてしまい、その原因がわからない。
間違えるような仕組みではないのだが。

夕方のルーティンワークを終え、残業せずに仕事終了。
外はビックリするほど寒かった。
買い物をせず6時過ぎ帰宅。
ビーフシチューの残りとパンを食べ、走ることをあきらめ、9時過ぎまで仮眠をとる。
起きて風呂に入る。
外は風が強く吹いていた。
twitterのTLに「寒い」の文字が沢山流れていた。

野沢菜の漬け物を肴に、日本酒をコップ1杯飲んだ。

2時過ぎ就寝。

えっしゃっしゃっ

2012年1月10日 火曜日

7時20分起き。
炊飯器のタイマーを間違えてセットしていたらしく、ご飯がまだ炊けていなかった。
時間稼ぎのように味噌汁を温め、鯵を焼いた。

9時から仕事。
先週、きりの良いところまで仕事を片付けてしまったため、何をしたらいいのか判断がつかなかった。
呆然と午前中を過ごす。

昼、「いもや」でとんかつ定食。
ここのオヤジさんはお客さんが店に入ってくると、
「えっしゃっしゃっ!」
と言う。
いらっしゃいませが、そうなってしまったのだと思う。
お客さんが店を出る時も、
「えっしゃっしゃっ!」
と言う。
ありがとうございましたが、そうなってしまったのだと思う。

サンマルクカフェでコーヒーを飲む。
隣にPSPでガンダム系のゲームをプレイする小学生が二人座っていた。
せわしなく足を揺らしており、気になる一歩手前の感じで、テーブルがガタガタいった。
時々、
「カミーユ!」
などと互いにかけ声をかけていた。

年頭行事のため午後4時に仕事終了。
「バルス」後のラピュタを脱出する勢いで退社。

TSUTAYAでカードの更新をし、CDを2枚借りる。
買い物をして6時帰宅。
圧力鍋でビーフシチューを作る。

ウォークマンに入れた曲が削除できなくなってしまったので、完全消去をし、音ネタを入れ直す。
タグ情報がぐちゃぐちゃなので、それも修正する。
PCのハードディスクにある音楽ファイルを久しぶりに見直す。
奥田民生のアルバムがいくつかあった。
好きなのにあまり聴いていない。
itunesに登録するのが面倒で、そのうちに忘れてしまったのだろう。

ダシール・ハメット『ガラスの鍵』読む。

ジミヘン映画

2012年1月9日 月曜日

7時半起き。
ご飯、鯵、大根おろし、味噌汁で朝飯。

昼、冷凍ピラフを温めて食べる。
テレビで成人式の映像が流れていた。
今年成人式を迎えたのは1991年生まれの子たちだという。
千代の富士引退の年。
早いものだ。

2時半、走りに行く。
トレーニングウェアの下に、昔使っていたバイク用のインナースーツを着込んだ。
外に出てみると、防寒という点で非常に具合が良かった。

鹿骨、谷河内という、あまり行ったことのない町まで走る。
新中川を渡り江戸川河川敷に出て、川を下って西葛西に戻った。
距離を調べると15キロと少しだった。

シャワーを浴び、夕飯に寄せ鍋を食べる。
テレビで大相撲をやっており、デーモン小暮閣下がゲストで出演していた。
十両に陥落していた雅山は、今場所小結に復帰していた。
もちろんいきなりのわけはない。
再入幕し勝ち星を重ねてきた結果だろう。
大関経験者が十両に落ちて三役に戻るのは史上初めてのことだそうだ。

6時過ぎに実家を出る。
西友で買い物をし、7時半に帰宅。

『A Film About Jimi Hendrix』観る。
モンタレーフェスティバルなどの映像を交え、父親や友人などのインタビューで構成されたドキュメンタリー。
冒頭いきなり、ピート・タウンゼンドのインタビュー映像が流れた。
かなり若い。
おそらく70年代半ば以前。
エリック・クラプトンやミック・ジャガーのインタビューもあり、こちらはもっと若く見えた。
晩年の映像で、やる気なさそうにすごいプレイをしているジミヘンが印象的だった。

見終わってからネットで制作年月を調べる。
1973年の作品らしい。
道理でみんな若いはずだ。

気がつくと2時を過ぎていた。
年末から宵っ張りだ。
3時を過ぎる前に床につく。

アンテナ工事完了

2012年1月8日 日曜日

朝6時に起きた。
自然に起きるにしては早すぎる時間だ。
変な夢でも見て、寝ぼけたまま起きてしまったのかもしれない。
腹が減っていた。
朝飯にしては早かったが、早すぎるというほどでもなかった。
さんまの干物を焼き、味噌汁を温めて食べた。

午前中、アンテナ工事の人からコールバックがあった。
「いつにしますか?」
「早ければいつでも」
「今日にしましょうか」
「いいですよ」
「午後1時頃はいかがでしょう」
「お願いします」
あっさりと工事時間は決まった。

12時、まずいインスタント麺に豆板醤とお酢を加え、片栗粉でとろみをつけ、酸辣湯麺にして食べる。
とろみと辛みと酸味が、元のスープの不味さをカバーしてくれた。
まずいインスタント麺を買ってしまったらこの手を使うに限る。

1時過ぎ、アンテナ工事の人がきた。
屋上からケーブルを這わせ、エアコンの穴から通すだけだという。

工事は30分ほどで終わった。
元から壁にあったテレビ端子のことを聞くと、古いため電波の減衰が大きく、どうしてもうまくいかなかったのだという。

2時過ぎ、着替えて走りに行く。
ゆっくりしたペースで北へ。
朝霞市役所まで往復。23キロ。
帰り道、久しぶりにへたる。
自販機でデカビタを買って飲む。
体に燃やす物がなくなった状態で飲むと、効き目があるのが実感できる。

7時過ぎ、実家へ帰る。
夕食にパックの寿司を食べる。

忘れていた本が見つかりほっとする。

夜、読みかけのもの、色々読む。
3時前就寝。

修造神社

2012年1月7日 土曜日

11時起き。
冷蔵庫に残っていた焼き豚を刻み、チャーシュー麺とチャーハンにして食べた。

1時過ぎ、自転車置き場へ。
蛍光灯のグローランプを取り替える。
しかし明かりはつかなかった。
ブレーカーを落としているのではないかと思ったが、どこにあるのかわからない。
自転車置き場は半地下なので、夜中に自転車を止める時、蛍光灯がつかないと真っ暗で何も見えない。

2時から走りに行く。
暖かいうちに走ろうと思っていたのだが、そんなに暖かくはなかった。
それでも夜よりはマシだ。

久我山から人見街道、下本宿通り、甲州街道、京王線の踏切を渡り、成城学園前方面に向かって走る。
先月『太一人』の稽古で使った稽古場の横を通り抜け、成城学園前の少し先まで行ってから、ほぼ同じコースを戻った。
家に帰り、ネットで距離を調べると、22キロあった。

実家に帰ろうと思ったのだが、月曜日も休みなので、特に今日帰る必要はなかった。
たまった作業が結構あり、こなすために家にこもることにした。

ご飯、さんまの開き、味噌汁で夕食。

テレビを見ながら作業。
一昨年の秋に、大量のビデオテープをDVDに焼いたのだが、入りきらなかった切れ端をHDDに入れてあった。
それらを順番に眺めた。
『金八先生』パート1の最終回があり、膝を乗り出すも、良いところで切れてしまったりする。
他の映像も途中で切れるものが多かった。
結構ストレスがたまった。

作業が落ち着いてから、『スポーツ王は俺だ!!!』で見逃した卓球勝負の部分だけ、ネットにアップされていたものを見る。

ふと、松岡修造のことが気になり、ニコニコ動画のMAD動画をハシゴしてみた。
すごかった。
熱い人だというのは知っていたが、そのことに対して衒いというものが全くない。
そしておそらく自分の言葉に微塵の疑いも抱いてない。
渾身の力を込めて発する「できる!」の一言。
大人から見たら笑ってしまうが、スポーツを習いたての子供に必要なのは、その言葉を惜しげもなく与えることだと思う。

松岡MADのいくつかは、受験生の「受験受かりますように!」というコメントが沢山書き込まれており、まるで神社のようだった。

衣類まみれの朝

2012年1月6日 金曜日

寝入りばなだった明け方の4時前、顔の上に山のような衣類がドサッと落ちてきた。
何が起きたのがわからず、初めのうちは本棚が倒れたのかと思っていたが、起きて電気をつけると、室内干し用の物干し台が突っ張り棒ごと倒れているのがわかった。
寝たばかりなのに、なんでこんな面倒くさいことが起きるんだよ、と、ぶつぶつ文句を言いながら突っ張り棒を直し、物干し竿をセットし、ハンガーを掛けなおした。

それから3時間少し経った7時20分に起床。
あまり寝てないはずなのだが、それほど眠くなかった。
昨日作った麻婆豆腐で朝ご飯を食べる。

午前中、昨日からやってきた仕事が片付いた。
これで昨年末に依頼された作業は終了。
思ったよりも早く出来たので、非常にさわやかな気分になれた。

昼、弁当を頼んで食べる。
昨日の昼、どの店も混んでいたので、今日は外に出ない方がいいと判断した。
来週になれば、年始挨拶ランチトークも落ち着くだろう。

午後、再び仕事の依頼を受ける。
一つ一つは大したことないのだが、何件かをいっぺんに受けると、片方に手をつけている間、もう片方のタイマーがカウントダウンしているように感じる。
強引に両方終わらせると、時間は夜の7時近くになっていた。

外に出ると寒かった。
1月の今の時期が、一年で一番寒いのではないだろうか。

地下鉄の階段を降りるまで、およそ400メートル弱の距離を歩くのだが、その間に走ろうという気持ちは萎えに萎え、明日から三連休ということもあったので、走るのはやめにした。

中野大勝軒に寄り、つけめんを食べる。
今年初。
大盛りのさらに上があると初めて知ったが、今日はそういう気分ではなかった。
夜に20キロくらい走るなら別だが。

8時半帰宅。

走らないと決めた途端眠くなり、3時間ほど寝た。

夜の12時に起きる。
Youtubeで、たまの石川さんの映像などを見たりして、4時近くまで起きていた。
今週は宵っ張りだ。

姉妹のお年玉ツアー

2012年1月5日 木曜日

朝7時20分起き。
鮭、納豆、味噌汁で朝食。
年末から、魚を中心に朝飯を組み立てる癖がついている。
だがしょせん、癖に過ぎない。
飽きればやめる。

8時10分に家を出る。
白山神社そばの道を小学生くらいの姉妹が歩いていた。
上の子は10歳くらい、下の子は7歳くらいに見えた。
二人とも髪をポニーテールにし、同じジャンパーを着て同じリュックを背負い、同じデニムのパンツを履いていた。
手をつないで歩いているかと思うと、手を離して突然走り出す。
考えるより先に、体が動いてしまうのだろう。
二人はそんな調子で駅まで歩いてきた。
駅の手前で追い抜いたのだが、おそらく二人は電車に乗ったに違いない。
おじいちゃんの家まで姉妹二人でお年玉ツアーといったところだろうか。

昼、サンマルクカフェでサンドイッチ。
今日が仕事始めの会社が多いらしく、お昼時はどの店も混んでいた。

昨日仕上げた仕事は、データの取り込みだった。
今日は出力機能追加をどうしようか色々考える。
夕方6時半過ぎまで残業。
7時は越えたくない。

買い物をして7時半帰宅。
寒くて寒くて、着替えて走ろうなどという気には到底なれなかった。

麻婆豆腐を作り、ご飯にかけて食べる。

筒井康隆『笑うな』を読み返す。

自転車置き場の蛍光灯がしばらく前から切れていたので、新しいものと交換した。
ところがスイッチを入れてもつかなかった。
グローランプが切れていたのだろうか。

夜3時就寝。

お手本

2012年1月4日 水曜日

7時20分起き。
鮭、お煮しめ、白菜漬け、納豆、味噌汁の朝食。

鞄に入れる本を探すが見あたらなかった。
昨日実家に置き忘れてきたようだ。

8時過ぎに家を出る。
今日から仕事始め。

電車は空いていた。
まだ休みのところが多いのだろう。

昼、ローソンのイートインで、サラダ、チキン、サンドイッチを食べる。
隣の席に50代後半と思われる男性がいて、
「ふんんんーっ」
「はんんんーっ」
という、咳払いの変種みたいな音を、1分に1回のペースで立てていた。
すごく気になった。

夕方4時、暮れに頼まれた仕事が半分終わる。
一日中淡々と仕事をしていたので、気がついたらそこまで進んでいたという感じ。

買い物をして7時帰宅。
寒かった。

チャーハンを作って食べる。
具は余った蒲鉾。

『スタインベック短編集』読了。
最後の作品「怠惰」のラスト、父子が都会へ戻っていくシーンの余韻が心地よかった。

夜、久しぶりに『千と千尋の神隠し』を見直す。
通して見たのではなく、見たいシーンだけ抜粋。
銭婆のところへ向かう電車のシーンが、昔から大好きだ。
音楽も美術も美しい。

続いて『カリオストロの城』を見直す。
湖の水が引いて、ローマ水道が現れるシーンから、エンディングが終わって暗転するまでの時間が、およそ5分半だった。
たったそれだけの間に、ルパンがクラリスを抱きしめようとしてこらえるシーンや、銭形の「あなたの心です」という名台詞のシーンが入っている。

ちなみに『千尋』では、豚の中に両親はいないと千尋が答え、「大当たりー」となったところから、エンディングのスタッフロールが流れ始めるまでが、わずか3分15秒だった。
その間に、湯屋からの脱出、ハクとの別れ、両親との再会、トンネルから元の世界へ、ほこりだらけの車など、見所がぎっしぎしに詰まっている。

黒澤明『天国と地獄』で、子供達二人が西部劇ごっこをしている時、三船利郎演じる権藤が言う台詞がある。
手元にDVDがないので引用は出来ないが、インディアンだからって逃げてばかりいるな、保安官を待ち伏せしてやっつけてやれ、どっちも負けるな、という内容だったと思う。
権藤がどういう人間なのか、この台詞だけで非常に多くのことを説明している。

お手本だ。

テレビ見て、走る、三が日の〆

2012年1月3日 火曜日

10時少し前に起きる。
両親は年始挨拶のため、家を出て行くところだった。
「年に一回のスーツだな」
オヤジが言った。

実家に一人だけ残り、朝飯を作る。
アジを焼き、ベーコンエッグを作り、残ったお煮しめを温めて食べる。
食器を片付け、昨夜録画したとんねるずの『スポーツ王は俺だ!!!』を見る。
番組のノリは『生ダラ』そのもので、懐かしかった。
石橋貴明のノリは正月向けなのかもしれない。
こたつに座り、ニヤニヤ笑ってテレビを見て、気がつくと昼の2時を過ぎていた。
カレーのレトルトを温め、昼飯を食べる。

部屋を片付け、夕方5時に実家を出る。
6時過ぎ帰宅。
着替えて走りに行く。
環八を北へ。
練馬春日町まで往復。13キロ。

明日から仕事が始まる。
年末年始にかけて色々予定が重なり忙しくしていたので、正月ボケになるほど怠けることは出来なかった。
丁度いい。

芭蕉の時代劇が見たい

2012年1月2日 月曜日

午前中に目を覚ましたが、そのままうとうとしながら昼まで布団の中で過ごす。
12時過ぎに起き、おせちの残りを食べる。
昆布巻きを食べていると日本酒が飲みたくなったが自制した。

パソコンのキーボードを掃除しながら、バナナマンのポッドキャストを聞く。
昨年12月23日の放送。
石橋貴明がゲストで来て、テレビについて笑いについてとんねるずについて色々語っていた。
時々ろれつが回らなくなる時があった。
クリスマス前の休日で酒が入っていたのだろうか。
だからこそ、普段話さないことを話せたのかもしれない
普段話さない理由は、照れがあるからだ。
「説教臭くなっちゃったな」
放送で何度もそう言っていた。
タカさんのそういう面は、一般的にはほとんど知られていないのではないか。

4時過ぎ、着替えて走りに行く。
石神井公園駅まで往復。10キロ。
この季節のジョギングは、フードをかぶって走るのがコツだ。
保温効果がてきめんだ。

7時半に実家へ。
昨日、今朝とおせちを食べて、夜は実家のおせちを食べた。

父はテレビ東京の時代劇を観ていた。
堀部安兵衛。
なぜ年始に忠臣蔵をやるのだろう。
新しい一年が始まるという時に、敵討ちとか切腹とかの話は観たくない。

長時間放送するなら、松尾芭蕉の時代劇はどうだろう。
奥の細道と、芭蕉忍者説を絡め、虚実入り交じるシナリオにすれば、面白いと思う。
ただ、資料集めの大変さや、そういう労苦に見合ったギャラをライターに払う余裕が制作サイドにないだろう。
となると、そういうテーマで物語が作れる潜在的ライターは、作品を別のジャンルに昇華させることになる。
漫画原作とか小説とか。

ジャンルが衰退していく構造が、そこにもある。

本やネットを見て夜中まで過ごす。
3時に寝る。

初日の出、初詣、初雑煮

2012年1月1日 日曜日

朝6時40分過ぎ、目覚ましで起きる。
窓のカーテンを開けて外を見る。
東の空は雲がかかっていたが、覆われてはいなかった。
着替えて屋上にのぼり、初日の出を拝む。
6時50分過ぎが日の出時刻だったが、雲のために10分ほど遅れて、太陽を拝むことができた。
今年もよろしくお願いしますと挨拶し、部屋に戻り布団をかぶって寝る。

12時起き。
おせちをテーブルに並べ、日本酒を飲みながらいただく。

3時過ぎ、荻窪八幡へ初詣。
犬を連れている人が多かった。

近所のドラッグストアでインスタントコーヒーを買い帰宅。
コーヒーを飲み、夕方まで布団をかぶって寝る。

6時に起きる。
着替えて、自転車で西荻のロック食堂へ。
じゅんさいなどが入った「東北元気雑煮」を食べる。
餅もスープも鶏肉も、一体どうしたらこんな味になるんだろうというくらい美味かった。
元気雑煮を食べる予定があったので、今年の正月は餅を買わなかった。
正解だ。
自分の作る、科学の力がたっぷり込められた雑煮よりずっといい。

レッド・ツェッペリン、エリック・クラプトン、ロキシーミュージックが流れていた。
お店のイベントで来ていた人から買った和風パテを肴に、日本酒をちびちび飲む。
そんな風にして10時くらいまでゆっくり過ごした。

11時帰宅。
満ち足りた気分だったが、酒をあまり飲んでいなかったので、ベランダで冷やしていたビールを飲んだ。
何かを観たりするには疲れていたので、1時までだらだら過ごし、床についた。

『ウッドストック』観る大晦日の夜

2011年12月31日 土曜日

朝、屋上に上がってアンテナの確認をしてみた。
ケーブルが数本つながっていたが、新しくもう一本付け足すには配線をいじるしかなさそうだった。
もし長い同軸ケーブルを足せばつながるのだったら、20メートルくらいのを買ってきて直接部屋に引き込もうと思ったのだが、どうやら無理らしい。

西友へ買い物に行く。
エビの天ぷらとかき揚げを買おうとしたのだが、一つ300円もした。
たかが天ぷらに、随分とぼったくりやがる。

腹が立ったので別の店に行き、かき揚げを一つとエビの天ぷらを二尾買った。
どちらも一つ200円だった。

昼前に帰宅。
卵かけご飯で朝昼兼用の食事をする。
小休止してから、風呂掃除。
すのこをひっくり返し、床や隙間をきれいに掃除する。
意外なことに20分ほどですべて終わった。

ベランダの拭き掃除をする。
細かいゴミやすだれの切れ端が、エアコン室外機の陰にたまっている。
それらを掻き出し、濡れ雑巾できれいにした。

近所のドラッグストアに行き、台所用洗剤を買う。
文房具屋でA4のコピー用紙を買い、セブンイレブンでシュークリームを買う。
家に帰り、コーヒーを飲んでシュークリームを食べる。

4時過ぎ、サウナスーツに着替え、走りに行く。
走る前に筋トレをする。
腹筋・背筋・腕立て。
次回のマラソンは、走るだけじゃダメなような気がするのだ。

久我山を通り、甲州街道まで往復する。
10キロコース。
甲州街道から戻る頃に日が沈み、家に着いた時はもう暗かった。

風呂に入り、年越しそばの支度をする。
そばは食べられないので、いつものようにうどんで代用。
出汁多め、醤油少なめのつゆで、かき揚げをのせて食べる。
うどんの量が思った以上に沢山あった。

『ウッドストック』見る。
THE WHOやジミヘンの出演シーンを抜粋したものは見たことがあったが、全体を通して見るのは今回が初めて。
会場アナウンスが面白い。
係員が骨折したり、客が出産したり。
30万人も集まれば色々あるだろう。
広大な農地にこつ然と現れたヒッピーの町のようなものだ。

THE WHOのシーンは見たことがあったが、映画の一部として見ると、待ち望んでいたバンドが登場したような興奮を覚えた。
アルバム『TOMMY』を出した頃で、演奏力が絶頂期にさしかかっている。

1枚目を見終わった時点で小休止。
紅白はPervumeだけ見られれば良かったのだが、ストリーム配信がされているわけでもなかったので、出演シーンをラジオで聴いた。
大晦日にバイトをしていた二十代の頃を思い出した。
有線放送で紅白を流していたっけ。

DVD2枚目を再生する。
スライ&ザ・ファミリー・ストーン、ジョー・コッカー、ジャニス・ジョプリンなど、歴史的なステージが続く。

合間合間に、フェスティバルそのもののドキュメンタリーが流れる。
仮設トイレの掃除に来たおじさんの映像が面白かった。
汚れた便座を吹き、タンクをくみ取り、黙々と働きながら、
「やらないわけにはいかない」
そんなことを言っていた。
ヒッピーの主義も理想もロックミュージックも、このおじさんにはよくわからないだろう。
だが、やるべきことを黙々とやる姿は、えらくクールに見えた。
「子供もここに来てるんだ」
おじさんはそう言うと、にこっと笑って去っていった。
かっこいい。
直後、別のトイレの扉が開き、ラリったヒッピーがヘラヘラ笑いながら出てきた。
思わず
(ばかもん!)
と、心の中で叫んでしまった。
間が悪いヒッピーだ。

ラストのジミヘンを見て、映画は終了。
頭がボーッとしていた。
年越しには少し早かった。

THE WHOの演奏シーンが見たくなったので、昔買ったワイト島ライブのビデオを見た。
ロジャーがマイクをぶん回し、ピーとは「人」という文字みたいにジャンプし、キースは雷小僧みたいにドラムを叩きまくり、ジョンは骸骨スーツでほとんど動かずすごいベースを弾いている。
フーは、演奏している姿を見ないと魅力が半減するバンドだとつくづく思う。

『ウッドストック』『ワイト島ライブ』と連続で見て年を越した人は、あまりいないんじゃないかと思う。

1時前、フラフラになって寝床に入る。

スラップスティック的状況を作る才能

2011年12月30日 金曜日

朝9時過ぎ起き。
実家で朝飯。
鯵の開き、大根おろし、納豆、ご飯、味噌汁。

プリンタの印刷が出来なくなったというので、父のノートPCを起動する。
何のことはない、プリンタの電源がオフになっているだけだった。
オンにした途端プリンタが動き出し、過去数ヶ月分の印刷待ちドキュメントがはき出された。
PCの印刷ジョブを削除した時には、A4のコピー用紙に様々な大きさで「塚本」と書かれた書類がトレイに十数枚たまっていた。
塚本なのはわかったから止まってくれよ。

今年の1月にやった、とんねるずの『スポーツ王は俺だ!!!』の再放送をしていた。
来年1月の番宣目的らしい。
石橋貴明と松岡修造のテニス対決が面白かった。
助っ人に「修造チャレンジ」の小学生を三人呼び、
「気持ちで負けるな!」
と叱咤する石橋貴明の姿には、ちょっと感動してしまった。
巨大ラケットを持って助っ人に入る木梨が、味方が打ったボールの邪魔をしてしまう展開も、実にスラップスティック的で良かった。
どういう状況に持って行けばスラップスティック的状況が訪れるのかを知り尽くしているようだ。
ケンケンとブラック魔王や、タイムボカンシリーズの三人組がそうだったように、とんねるずがどんな卑怯な手を使ってでも勝ちにいこうとするからいいのだ。
とんねるずがいなくなったら、こういう番組は作れなくなるんじゃないだろうか。

昼2時、西葛西の駅周辺を散歩する。
防寒用のインナーを探そうと思っていたのだが、散歩しているうちにどうでも良くなってしまった。
1時間ほどして実家に戻る。

夕方までPCで書き物。
5時、早めの夕飯。
すき焼きだった。
野菜が少なかったが、肉がとてもうまかった。

6時前に実家を出て自宅へ。
7時半帰宅。

アンテナ工事の人に電話をしてみたが、昨日と同じメッセージが流れるだけだった。
今年の工事は無理だろう。
紅白を見ないで年を越すのは11年ぶりだ。

代わりにDVDで色々見ようと思い、西葛西のTSUTAYAでいくつか借りた。
そのうちの一つが『ウッドストック』のディレクターズカット版。
これを見て年を越そうと思う。
今年の紅白がウッドストックと同じくらい歴史に残るものだったら残念だが、たぶん大丈夫だと思っている。

この稽古場日記もデータベースのひとつ

2011年12月29日 木曜日

10時起き。
OKストアで買ったまずいラーメンの、塩と味噌を一緒に茹で、調味油を足さずに食べる。
午後、西友で買い物。
HDMIケーブル、DVDのケース、分波器、同軸ケーブル買う。

TSUTAYAに寄って、ビートルズの映画を探す。
なかった。

2時過ぎ帰宅。
新しく買ったケーブルでTV端子とTVをつなぐ。
チャンネルサーチをやってみる。
受信できなかった。

これは、TV端子に電波がきていないに違いない。
そう思って、マンションの管理をしている不動産屋に電話をしてみた。
年末はコールセンターにおかけくださいという自動メッセージが流れた。
コールセンターの電話番号をメモし、かけ直してみた。

「…不動産の物件なんですが、壁のTV端子に地デジの電波が来ていなくて、新しく買ったテレビが見られないんです」
「テレビの設定に問題があるかもしれませんので、一度メーカー様に問い合わせていただけますか?」
「いや、僕も玄人じゃありませんけど、テレビの接続くらいわかりますよ。チャンネルサーチもマニュアル通りですし、何度もやってる作業ですから。それにね、さっき屋上に上がってみたら、UHFアンテナと衛星アンテナが立っていて、同軸ケーブルが数本伸びていたんです。だから工事はちゃんとされていると思うんです。問題は、僕の部屋にそのケーブルが配線されているかどうかなんです」
「そうですか…年末ですので、管理会社さまは営業していらっしゃらないと思いますけど、こちらで連絡をして、折り返しますので、お待ちいただけますか?」

少し待っていると、電話がかかってきた。

「もしもし?」
「塚本さんですか? 大家の…です」
「あ、どうも、お世話になっております」
「そのね、地デジの件なんですけどね、うちのマンションはアンテナ工事、やってもらってるんです。けどね、塚本さんの部屋だけ、室内工事が終わってないんですよ」
「は? それはどういうことでしょう?」
「工事の人が何度かおたずねしたけれども、お留守だったと言ってらしてね、それでたぶん、塚本さんお部屋だけ、電波が来てないんだと思います」
「やっぱりそうでしたか。じゃあどうすればいいんでしょう?」
「業者の方の電話番号をお教えしますので、まずはそちらにかけていただけますか? なにぶん年末ですので、お出にならないかもしれませんが、自宅の番号もお伝えしますので、伝言をお願いすると良いかもしれません。お金はすでに支払っておりますので」
「わかりました。それじゃ、かけてみます」

電場番号を二つ教えてもらった。
ひとつ目は携帯の番号だった。
かけてみた。
録音メッセージが流れ、変なスキャットが続いた。

「…もしもーし、はんにゃでーす。今ね、持ち主が出ないみたいなんでね、ちょっと待っててくれるかなあ…(めちゃくちゃな言葉でリズムにノリ始める)…」

しばらくすると一巡し、

「…もしもーし、はんにゃでーす。今ね、持ち主が…」

電話を切った。

自宅の番号に電話をしてみると、留守番電話のメッセージが流れた。
用件を吹き込む。

「…マンション…号室の塚本と申します。大家の…さんから、私の部屋はまだ室内工事が終わってないらしいとうかがいました。新しいテレビを買ったんですが、真っ黒い画面を前にして、途方に暮れてます。大晦日といえば紅白ですが、白組でも紅組でもなく、黒組というのはあんまりじゃありませんか。それで、なんとかしていただけないかなあと思い電話してみました。折り返し電話いただけると助かります。電話番号は…」

これでよし。

夕方4時、着替えて走りに行った。
東女を通り抜け、五日市街道のドンキホーテまで往復。15キロ。
ゆっくり走ったが、久しぶりの10キロ越えを、息切れせず走れたのは良かったと思う。

シャワーを浴び、着替えて、新宿に向かう。
焼き肉「ブラックホール」三丁目店で、学生時代の友達と忘年会。
今回の参加は、清水、榊原と、奈美さん美佳さん。
40分くらい遅れてしまったので、みんな結構な量の肉を食べていた。

ビールを頼んで乾杯をし、肉を追加注文して食べる。
肉はとても柔らかく、脂も美味だった。

仕事の話、家族の話など、リアルな大人の話をする。
三佳さんには12月の『その人ではありません』の公演案内メールを送っていた。
予定が立たなかったらしく、ごめんなさいメールをもらったのだが、次回予定が合えば見てもらえるかもしれない。
奈美さんも「案内ちょうだい」と嬉しいことを言ってくれたので、メアド交換をしましょうと拳を握りしめる。

たくさん食べたので、二次会で飲もうという気分にはならず、「らんぶる」に移動してコーヒーを飲もうということになった。
だが清水はケーキセットを、俺はクリームソーダを頼んだ。
クリームソーダを頼ませる雰囲気が、らんぶるにはあるのだ。

子供の通っている学校の、ちょっとした問題児の話が出る。
スカートをめくったり、胸を触ったりする少年がいるのだそうだ。
清水、榊原、そして俺は、中学1年生の自分をその場で思い出す。
そんなことをしていたら、自分がどういう扱いを受けていたかを想像する。

「その子は、周りの女の子に嫌われてないの?」

嫌われてはいないとの返事。

「あのさあ、もしかして、その子、ハンサム?」

イケメンとの返事。

「その子の家に、段ボール一杯のポテトチップスとファンタのペットボトルを週1回届けて、ブクブクに太らせればいいんじゃないか? 『俺はイケメンだから許される』っていうふうに思って思春期を通過する方が、むしろやばいんじゃないかな」

そんなことを、その場で言う。

女性二人は途中で返り、清水、榊原、俺は別の店を探す。
DuckyDudkがあいていたので、閉店までそこで話す。

清水が言った。

「俺、こないだ塚本のブログを読み返してみたんだよ。それで、2000年くらいに俺が結婚した時のを読んで、腹抱えて笑っちゃって」
「ああ、あの頃から書いてるからね」
「でさ、塚本遅れて来ただろ?」
「うん」
「俺、いつだったかお前に、あん時ラーメンでも食ってきたんじゃねえかって聞いたことあるんだよ。そしたらお前、滅相もないって顔して、『そんな失礼なことするはずないだろ』って言ったんだよ。ところが、お前のブログ読んでたら、俺の結婚式の日に、やっぱり中野でラーメン食ってんだよ!」

あちゃー、である。
その時のブログはこれ。
http://mgribbon.com/wordpress/20001014/iiie.html
当時はブログじゃなくて、htmlに直接書いたWeb日記だったが。

「あともっと笑ったのは、2000年の3月くらいに、俺、嫁と塚本の部屋行ってるんだよ」
「でもその頃のことは、マグのサイトには載せてないよ」
「いや、昔こういうことがあったっていうふうに、書いてあったんだよ」
「すき焼き食べたんだよね?」
「そう。俺が、あんきもの差し入れ持ってったの」
「ああ!」

2000年の3月は、二十代で最も苦しい頃だった。
そんな時、清水が婚約者を俺に紹介してくれることになり、わざわざうちまで来てくれたのだ。
差し入れ何が良いか彼が聞くので、コンビニに売っているあんきもの缶詰が好きだけど、ちょっとしか入ってないから、沢山食べてみたいというようなことを話した。
清水が買ってきたのは、つまみ以前の、食材としてのあんきも缶詰だった。
500グラム缶で、缶切りであけると、あんきもが缶にぎっしり詰まっていた。
裏返しにして缶の背を叩くと、円柱状のあんきもがプルプル震えながら皿に出てきた。
それは、宇宙船のクルーに巣くった地球外生物が、別の宿主を求めて死体の口から這い出すようで、食欲をそそられる眺めでは決してなかった。

「あと、年末に芝居出たろ? そんで俺らの背中に合掌したって書いてあったぞ。榊原も見てるはず」
「俺? ああ、中野でやったやつね。思い出した。その時、一緒にいたあいつが、偉そうに文句たれるから、なんでそんな偉そうにするんだよってむかついたんだよ」

稽古場日記といいながら、その実ただの日記であるこの日記だが、これだけ長い期間アップしていると、blog内検索機能を使えば、データベース的に使うことが出来るという例だろう。

11時半に店を出る。
実家に帰る予定だったので、地下への階段を下りたところで二人と別れる。

12時半に西葛西着。
父は起きて映画を見ていた。

「飯食ったか?」
「散々食った」

そう答えて部屋にこもり、着替えてすぐに寝た。

後片付けの出来る範囲で

2011年12月28日 水曜日

朝、昨日と同じく、鯖の塩焼き、大根おろし、味噌汁、白菜漬け、納豆で朝飯。
ご飯と焼き魚の朝飯は、起きる意欲を促進する。

A6サイズの小さいメモノートを持っている。
2004年に100均で3冊パックで買ったものだ。
そのうちの1冊は2004年8月公演『ファミリー・アフェア』のアイディアノートになった。
残りの二つは、ネットや本で色々調べて実際に作ってみた、料理やお菓子のレシピメモになった。

料理好きでは決してない。
というより、人前で「料理、好きなんです」と言うようなパーソナリティーは持っていない。
包丁を握るのも、味を自分好みにしていくのも、嫌いではない。
だが、あくまでもそれは、日常生活の一環にあるのだ。
ある料理を作るとしても、どのくらい手を抜けるかを、常々考えている。
後片付けをするのは自分なのだ。
鰹節を削って出汁をとった味噌汁のおいしさはよく知っている。
一時期、やってたこともある。
でも、朝7時30分に起きて、8時には家を出ないといけない生活の中で、鰹節を削るのは、時間の無駄である。
ほんだし上等。

朝飯をきちんと食べ、本日は仕事納め。
とはいえ、今抱えている仕事は今年中に終わりそうもないので、調べ物に費やす。

昼、とんかついもやでご飯とキャベツ大盛りを食べる。
ご主人はうつむきがちだが、注文を受けた時だけ「はーい」と高めの声を出す。
そのギャップが面白い。

夕方、大掃除の時間になったが、席替えをしたばかりなので、掃除はすでにしてあった。調べ物の続きをして、定時に退社する。

西友で正月の買い物をする。
おせちをつめるお重を買おうかどうか、売り場で20分ほど迷う。
(詰めきれないな)
平皿に並べれば良いと判断し、食品売り場に移動する。
里芋、こんにゃく、蓮根、筍、ごぼう、なます、ニシンの昆布巻き、数の子、焼き豚、蒲鉾、伊達巻き、栗きんとん、黒豆、田作りを買う。
結局作るのはお煮しめだけだ。

7時帰宅。
大根おろしと味噌汁でご飯を食べる。

注文していたテレビが届いた。
7月にアナログ放送が終わった時、これでテレビとはおさらばだと思っていたのだが、先月の中日とソフトバンクの日本シリーズがあった時、やはりスポーツはテレビで見たいと思い直し、紅白前に買っておこうと思ったのだった。
SONYの32インチ。
少し前に比べて、信じられないほど安くなっている。
20年前のブラウン管14インチの値段だ。
地デジ化による供給過多によるものだろうか。

箱から出し、以前使っていた液晶テレビをどかし、TVプラグから同軸ケーブルをテレビに接続した。
説明書を見て、チャンネル設定をする。
ところが、信号をまったく受信しなかった。
もしかすると同軸がアナログ時代の古いものだったので、抵抗その他で受信できないのかもしれない。
明日新しいケーブルを買ってこよう。

大根おろしとご飯という粗食では足りず、夜中、ツナトーストを作って食べる。
吉田戦車『逃避めし』に、ツナ缶に醤油をかけてご飯のおかずにするうまさ、という記述があったのを思い出した。
ツナ缶にマヨネーズを入れ、醤油を垂らしてかきまぜ、食パンに乗せて焼いてみた。
ツナマヨトーストに醤油の香ばしさが加わり、いつもと違った味になっていた。

『太一人』本番

2011年12月27日 火曜日

7時20分おき。
鯖の塩焼き、大根おろし、味噌汁、白菜漬け、納豆で朝飯。
鯵と比べて鯖は身に食い応えがある。
味噌煮もいいが、朝飯には味付けが濃いかもしれない。

午前中、ひとつ仕事を依頼される。
数ヶ月前から話を聞いていた案件だったので、心の準備はできていた。

「午後、あいてる時間に、色々お伝えします」
「僕、午後早退なんですよ」
「あ、そうなんですか。じゃあ明日は?」
「今、内容だけ口頭で言っていただければ、こちらで調べてやりますよ」

仕事内容をメモして、資料を受け取る。
難しいというより、めんどくさそうな仕事だった。

昼、サッポロラーメンと小チャーハン食べる。

午後、朝の仕事の続きをやる。
いつの間にか3時を過ぎていた。
パソコンをとじ、早退する。

4時、下北のスロコメへ。
太一、先に来ていた。
出番が来るまで待機している場所を、先にリサーチしていたらしい。

「裏の白い建物のところがいいかな」

道を一本隔てた区画の真裏に小さい通りがあり、店内のお客さんや遅れて来たお客さんからも身を隠せそうだった。

店に戻る。
太一は台本のチェックを始めた。
他にやることがないのでコーヒーを頼み、持っていた『スタインベック短編集』を読んだ。
太一はカミソリを買いに外へ出て行った。
森さんが4時半頃やって来て隣に座った。
太一が戻ってきて再び台本を読み始めた。
森さんが外を見て言った。
「ケラさんだ」
太一は、
「えっ?」
と反応して、店の外に出て、通りがかったケラさんに挨拶をしていた。

会場設営の時間にはまだ早く、本も頭に入らなかったので、外に出てぶらりと歩くことにした。
踏切を渡ってヴィレッジ・バンガードへ行き、また踏切を渡り、文房具屋に寄り、HI-TEC-C coletoの黒レフィルを2本買った。

5時半にスロコメに戻る。
店内営業は終わっていた。
払いそびれたコーヒー代を森さんが立て替えてくれたので、500円を渡す。

店の人はテーブルの移動、森さんはカメラを用意。
太一は鈴木さん、佐藤君、前説のりょーちんさんと打ち合わせ。
仕込みというほど大した作業はなく、椅子を並べたら準備はほぼ完了だった。
本番が始まり次第、明かりを暗くする役割を仰せつかり、入口そばの椅子に陣取ることになったが、ドアが開けっ放しなので大変寒かった。

7時開場。
座っているより、外で立っている方が幾分マシだった。
7時半を過ぎても、予約したお客さんうち何人かが来ていなかった。
山手線で人身事故があったらしく、その影響かもしれない。

開演5分と少し押しで開演。
前説、三人のトーク、鈴木さんの一人芝居と続く。
鈴木さん、長渕のマネが受けていた。
続く佐藤君の紙芝居も、独特の口調が受けていた。

その後三人が出てきてトーク。
鈴木さん、佐藤君が太一に一言ずつアドバイスをして、休憩時間となる。
トイレの前に行列ができていた。
入り口前の寒い席に座っていたせいか、トイレに行きたくて仕方なかったのだが、8人くらい並んでいたので、走って駅前のトイレまで行く。
戻ってきた時、休憩時間は残り5分弱となっていた。
太一はすでに裏に引っ込んだらしい。

最後にトイレに入ったお客さんが出てきたところで、二度目の前説が始まる。
裏に控えている太一のところへ行き、上着と荷物を受け取って会場に戻る。

太一はゆっくりと向かいの歩道を歩いてきた。
前説が終わると同時にお客さんの視線を外に向けさせ、芝居が始まるという段取りだったが、りょーちんさんの前説は終わる気配がなかった。
というよりも、太一の姿が見えないので、話を引き延ばしている感じだった。
森さんが後ろの扉から外に出て、見えるところへ移動するよう太一に言ったが、伝わっているのかいないのか、太一は歩道の暗がりに佇んだまま震えていた。
舞台上のりょーちんさんに巻きのサインを送るが、こちらも伝わっているのかよくわからなかった。
3分ほどたってからようやくりょーちんさんはサインに気づいた。
前説を切り上げて外を見る。
「あれ?」
お客さんもつられて外を見ると、そこには震えながら立っている太一がいる。
笑いが起き、芝居が始まった。

体が冷え切っていないか心配だったが、緊張でそれどころじゃなかっただろう。
台詞をつっかえたり飛ばしたりしながらも、必死で筋を伝えようとしているのがわかった。
結局のところ、生まれて初めての一人芝居という今回の企画で、最もお客さんに見てもらいたいコンテンツは、そうした必死さではないかと思う。
人生色々あったから芝居を始めたのだろうし、さらに深く色々なことがあったから、一人芝居をやろうと思ったのだろう。
その「色々」を見せるのに、テクニックとか話芸とか言っても仕方ない。
声が枯れそうになっても喋り続け、息が切れても演じ続ける姿を、1時間見せきること。
それができれば、あとは怪我さえしなければいい。

途中、息切れポイントが数回あり、台詞の間違いもたくさんあったが、最後の決め台詞まで止まることなく芝居は進行した。
「以上嶋村太一ひとり芝居『太一人』終了でございます」
太一が挨拶すると、暖かい拍手が起きた。
良かった。

残ったお客さんやお手伝いの方々は、そのままお店で飲み始めた。
太一はお客さんへの挨拶に余念がなく、マラソンのユニフォームを着たままだった。
隅の方に座り、ぼんやり全体を見渡しながら、今年一年のことを思い出す。
一月にやった一人芝居を森さんが見にきて、太一に伝えた。
七月の一人芝居を太一が見に来て、久しぶりに飲んで話した。
十月に太一から連絡を受け、今回の企画が立ち上がった。
すべては、一月の一人芝居から始まっている。
太一も、今回の一人芝居によって、来年の何かにつながれば、面白いんじゃないだろうか。
反省点はあろうが、やって良かったと思えるのが何よりだと思う。

10時半においとまする。
ほとんど話せなかったが、鈴木さん佐藤君と辛うじてメール交換をする。
「精算会で会いましょう」
「良いお年を」
太一、森さんに挨拶をし、駅に向かう。

小田急線が止まっていた。
井の頭線で吉祥寺に出て、荻窪まで帰る。
昼から何も食べていないことに気づいた。
コンビニで鴨うどんと氷結を買って帰宅。
シャワーを浴びてから鴨うどんを食べ、氷結を飲む。

音楽が聴きたくなって、Youtubeで自分の好きな音楽ばかり続けて聴く。
太田裕美『木綿のハンカチーフ』
岩崎宏美『ロマンス』
松田聖子『Rock’n Rouge』
などなど。
途中から、ガールズ・ポップとは何かを自分なりにとらえ直す聴き方になってきた。
物事の良い面を見て、ことさら悩まず、楽しくなってしまうようなメロディを、何かのフリをせず、あるがまま歌う、女の子の歌。
他にも定義はあろうけれど、自分はそう思っている。

進行リハ

2011年12月26日 月曜日

朝、先週OKストアで買ったインスタント麺を食べる。
あまりにもまずくて、麺だけ食べて汁はすべて捨て、口直しに卵かけご飯を食べた。
まずさの原因は、添付されている調味油にあると思う。
ノンフライ麺のため、スープにコクを出すためについているのだが、これがただのラードで、しかも匂いが良くないのだ。
5袋入りで大変安く、ノンフライ麺だからカロリーも低めだったので、醤油・塩・味噌すべての味をそろえてしまったので、うちにはこのインスタント麺が10袋以上残っている。
調味油は使わない方向でいこう。

午前中仕事。
昼、水道橋「丸重」でカツ丼食べる。
この店は、食べログなどではあまり評判が良くない。
つまり、店がきれいでもなく、味もおいしくない。
カツ丼は、焦げ付きで不揃いのカツがご飯の上に散らばり、カツの間をシャキシャキ感の残る玉葱が埋め、濃く甘口のたれと卵でとじてある。
付け合わせはキャベツか白菜の漬け物と豚汁。
あまり美味しくない。
だが、自分はラーメンやカツ丼といったB級グルメに、ある種のまずさを求める傾向があるので、ロケーションとその日の気分次第では、この店でも十分に美味しくいただくことが出来る。

九段下の「斑鳩」は、昼に2回ほど行ったことがあるのだが、二度と行く気になれない。
自分が十何年も通うラーメン屋は、「千駄ヶ谷ホープ軒」とか「えぞ菊」とか「田丸」とか「ラーメンショップ椿」といった、スープや麺やその他のどこかに隙のある店ばかりだ。
だからもう、ラーメン本はいらないのだ。

午後、先週の木曜にやった仕事をチェックする。
体がだるかった。

17時半に定時退社。
九段下から田園都市線で二子玉へ。
そこから大井町線で等々力へ。
『太一人』最後の稽古に向かう。

稽古場は住宅地の中にぽつりとあった。
中に入ると鈴木ゆきをさんがロビーに座っていた。
挨拶して、稽古場の部屋へ。
制作の森さんがきていた。

「昼に稽古して、昨日やったところの先まで、感情が流れたよ。だからあのままやってみる」
太一は言った。
少し後で佐藤君が到着し、本番の打ち合わせ。

簡単な打ち合わせが終わってから、全体進行のリハーサルをする。
まず三人のトーク。
次に鈴木さんの一人芝居。
ギター教室を訪れる父親の話で、長渕のマネがベタで可笑しい。
続いて佐藤君の紙芝居。
絵や文字を書いた画用紙をめくって喋るフリップ芸で、とぼけた味わいが絶妙。
再び三人そろってトークをし、ユニフォームに着替えた太一の一人芝居。

序盤、早口というわけではないが、間の取り方が一定で、内容を飲み込む前にシーンが先へ進んでしまう感じがあった。
兄弟を演じ分けるあたりから、漫談風だった話し方が演劇風になっていく。
そこからしばらくは順調に進んだが、5人の男を連続で演じ分けるところで息が切れていた。
昨日の夜に散々話し合った箇所は、気持ちを埋めるために必要な言葉を付け足し、ハードルをクリアしていた。
上演時間は53分。

終わった時に鈴木さんが、
「まさか、ああなるとは思わなかった」
とつぶやいた。

通しのダメ出しをする前に、鈴木さんと佐藤君も交えて感想を言い合う。
明日の入り時間を確認してから、お二人は撤収。
残った時間、太一に気づいたことを色々伝える。

10時前に稽古場を出る。
森さん、今日は電車で来ていたので、渋谷まで一緒に帰る。
途中、今回のことや、知り合いのことなど色々話す。

11時過ぎ帰宅。

トルーマン・カポーティ『夜の樹』読了。

ラスト手前でこってりと話し合い

2011年12月25日 日曜日

10時半起き。
昨日作ったおにぎりの残りを温め、切り干し大根と一緒に食べる。

11時半に家を出る。
西荻の「宝家」に寄り、コロッケを四つ買う。

12時半に昨日と同じ稽古場到着。
着くのが早すぎたので、本を読みながらコロッケを一つ食べた。

1時に太一到着。
夕方まで、後半シーンの稽古をする。
昨日通しが出来たことで、心理的に大分楽になったのか、昨日よりも太一は饒舌だった。
休憩時間に話す。

「塚ちゃんから見て今回の自分の作品はどう?」

不意に聞かれ答えに詰まる。
少し考えてから答えた。

「どう思われるかは、正直わからないなあ。稽古の最初で言っていたような芝居になったことは間違いないけど、太一を見に来るお客さんが何を求めているのか、それ以前に、ここ数年の太一がどういう芝居をしてきたのか、まったくわからないまま作っているから」

太一は黙ってしまった。
そのまま続ける。

「内容に関しては、観点的なところをグレーにぼかしているところがあるから、その辺を『結局どっちなんだ? 白なのか黒なのか?』と聞かれると、辛いかもしれない」
「ラストの方、哲学的だもんなあ」
「混乱して自分を見失ったけど、ある物を見つけてがんばろうと思った時点で、言わんとしてることは終わってるんだけど」
「グレーの部分をさ、もっとわかりやすくしたいよね」
「わかりやすく?」
「そういう、もろもろひっくるめて、わかりやすく伝えたいじゃない」

夕方6時、後半のラスト数ページを残して食事休憩。
カップうどんと、コロッケを食べる。

6時半に稽古再開。
昼の稽古で話していた、ラスト近くの箇所で、太一が言った。

「この台詞が、流れないんだよなあ」

白か黒か、どっちなのか、グレーにしてある部分だった。

台詞をもっとわかりやすくできないか、その場で変更してみたが、つじつまがあわなくなってしまった。
ノートに手書きで書いていてはらちがあかないと思ったので、パソコンを立ち上げ、該当箇所のシーンを書き直してみる。
『太一人』の本編前に紙芝居芸を見せる予定の佐藤君が稽古場に入ってきた。
黙礼を返し、テキスト修正を試みる。

徹夜をして書いた箇所なので、言いたかったことが凝縮されており、それを再び解きほぐして並び替えるのは、とても難しい作業だった。
太一は待ち時間になってしまったので、その先の台本を練習していた。
20分ほど修正を試みてから、太一に読んでもらう。
「これだと、こっちの気持ちが、消えてしまうよね」

「塚ちゃんとしては、今までの本で、つながってるんだよね」
「うん」
「そうかあ。なんでこの台詞出てこないんだろ…」
「どこまでなら出てくるの?」
太一は台本のある箇所を指し示した。
「そこまでなら、気持ちに嘘がなく言えるんだよね? じゃあ、そこまで何回か返して、気持ちを固めちゃおう。その上で、先に行けるかどうか試してみて、ダメなら色々カットして、短くしよう」
「わかった」

気持ちに嘘がなく言えるところまで、太一にやってもらう。
すると、どういうわけかその先も、するする言えてしまった。

「今、台詞、出てきたよね」
「出てきたね」
「さっき、気持ちについて散々考えたけど、その気持ちのまま、このテキストで言ったら、流れるってことだよね」
「行けるかも」

変更なく行けるかもしれないと思ったところで、稽古時間が終わってしまった。
見学に来た佐藤君とは、ほとんど話すことができなかった。
お詫びに、コロッケをあげる。

明日の最終稽古を残して、今日通しができなかったのは残念だが、ラストの大事なシーンについて、戯曲の解釈という部分でたっぷり話せたのが、稽古の収穫だったと思う。
太一の声はかすれていたが、まだ大丈夫そうだった。

10時半すぎ帰宅。
ハーゲンダッツのナッツを半分だけ食べる。

童貞を捨てることが肝心

2011年12月24日 土曜日

朝、おにぎりを握る。
具はおかかと鮭。
サランラップを使って握ると手軽だが、ちゃんとボールに水を張って、手に塩をきちんとまぶして握った方がうまい。
わかっているのだが、面倒な時はサランラップを使う。
面倒でない時は、手で握る。

12時前に家を出て、自転車で上祖師谷の稽古場に向かう。
地図で調べたところ、ジョギングで成城学園前方面に行く途中に通る場所にあった。
10年以上前にイルカ団の稽古で行ったこともある。

千歳烏山駅の踏切を渡り、成城学園前方面に向かう。
13時前に稽古場到着。
まだ太一は来ておらず、そこが今日の稽古場なのかどうか自信がなくなり、パソコンをつけて稽古場表をチェック。
建物の中はWiMAXがつながらなかった。
外に出てモバイルで予定表をチェックしようとした時、太一が来た。

机の場所を少し移動して、舞台スペースを作る。
太一は椅子を客席風に並べて、お客さんとの距離をはかっていた。

一昨日、鈴木ゆきをさんに稽古場で前半のシーンを見せたところ、芳しくない感想をもらったとのことで、今日はその点をふまえて前半の直しをする。
テンポの悪さを解消し、足りない説明を付け足す。

隣の部屋で別の団体が稽古をしており、モーニング娘。の「恋愛レボリューション21」が何度も何度も流れ、太一は声の返りが聞こえないとこぼしていた。

6時まで稽古をしてから休憩。
コンビニでフライドチキンとサラダを買い、持参したおにぎりと一緒に食べる。

夜、通しをしようと太一を説得する。
「とにかく童貞を捨てるということが肝心だよ」
「なるほど」

8時過ぎから通し。
今日稽古したところはとても見やすく流れていた。
後半、声を張らなければいけないシーンは、抑えめにやってもらった。
時間は56分だった。
台詞の言い直しや間違いはあったが、プロンプなしで一回できたのは大きい。

9時半に稽古終了。
太一、自宅から自転車で来たという。
「15キロくらいあるから辛いね」
と言っていた。
深沢で稽古する時の自分と立場が逆転したようなものだ。
帰り道、甲州街道沿いのコンビニで買い物を少しする。
久我山を通って、10時過ぎ帰宅。
どら焼き食べる。

LIVING IN THE MATERIAL WORLD

2011年12月23日 金曜日

12時起き。
鯵のひらき、切り干し大根、白菜漬け、肉団子、納豆で昼食。

スコセッシが監督したジョージ・ハリスンの映画『LIVING IN THE MATERIAL WORLD』のDVDが届いた。
2枚組だった。
部屋の掃除をしてから、1枚目だけ鑑賞する。
貴重な映像とインタビューを、テンポ良くつなげた伝記映画。
シーンの切り替えが早く、くどさがない。
時代順に進行するが、時々別の時代に飛んだりする。
ビートルズ解散の書類にサインをする映像には仰天した。
近くに、当時犬猿の仲だったポールが映っていた。

「While My Guitar Gently Weeps」のレコーディングをするあたりで1枚目が終了。
時間はおよそ90分。
2枚目は110分強。

2枚目は夜の楽しみにとっておき、夕方6時過ぎに荻窪のナタラジへ。
ベリーダンス教室の発表会イベントを観る。

食べ放題のカレーとナンを取り、テーブルに座る。
昨日、中華料理を散々食べたせいか、ナンを少し食べただけでお腹いっぱいになってしまった。
ほうれん草のカレーが美味しかった。

7時にショー開始。
踊るのは生徒さんで、客は生徒の友人知人家族といったところ。
和む感じでぼんやりと見続ける。

後半、Nahara先生が生演奏で踊り始めた途端、その場の空気が変わった。
舞台上の空間に曲線の軌跡を描きながら、いくつかの動きのパターンを組み立て、体の奥深くにある女性的なものの真髄を解き放つ。
夢を見ているような気分だった。

2曲踊ってから、Naharaさんはいったんバックステージへ。
生演奏だけが数曲続き、再び登場して、2曲踊った。

ビールを1杯おかわりした。
いい気分だった。

10時前にナタラジを出る。
外はかなり寒かった。

家で飲み直すために、ローソンに寄って酒を買う。
本棚に週刊プロレスがあった。
年末恒例のレスラー名鑑が載っていた。
立ち読みする。
古いレスラーは年をとり、新しいレスラーも少なかった。
10年前、いや、5年前と比べても、プロレス界が衰退していることが目に見えてわかる。
もしかすると、プロレス界だけの話ではないかもしれない。
様々なジャンルで、同じようなことが起こっている。

10時半帰宅。

『LIVING IN THE MATERIAL WORLD』の続きを見る。

アルバム『All Things Must Pass』製作に入ったあたりで、ピンポン球のように目を見開き、しわがれ声で喋る男の映像が出てきた。
フィル・スペクターだった。
ビートルズ関連のドキュメンタリーで、彼が話しているのを見たのは初めてだ。
「My Sweet Lord」のシングルカットをジョージに勧めたという下りが面白かった。
これは売れると直感したらしい。

妻のオリヴィア、息子のダニー・ハリスンのインタビューは、ジョージの後半生を知る上で興味深かった。
ダニーはジョージから、学校なんかさぼれと言われていたらしいが、学校に行くことで反抗したのだという。

2枚組合わせて3時間以上の大作だが、むしろよくその時間に収めたと思う。
アルバム『Cloud Nine』のことは一切触れていなかったのには少し疑問が残った。
その分、トラベリング・ウィルベリーズの楽しい録音映像などあって、差し引きゼロだが。

達成、忘年会、自己嫌悪

2011年12月22日 木曜日

7時半起き。
トーストと目玉焼きで朝食。

朝、いくつか仕事の依頼を受ける。
そのうち一つは、別々のフォルダに格納されているエクセルファイルをアクセスで読み込み、一つのテーブルに格納し、データベースと差異を照合するというもの。
ファイルの表記違いや、列の相違などの問題をクリアしたり、セルの書式違いによるエラーを解決したりなど、面倒な作業が色々あった。

午前中、一度作ってみたが、うまく動作しなかった。

昼、ハングリー味川でハンバーグカレー。
前に食べた時はまだ暑くて、汗を拭いた記憶がある。
もうそんな季節ではない。

午後、仕事の続きをやる。
ああでもない、こうでもないと、色々やり方を試してみたが、なかなかうまくいかなかった。
エクセルのセルをコピーして貼り付ける部分は、よく使うためにモジュール化してある。
そこを修正しなければどうにもならないと結論したのが夕方の4時。

その後、日常業務を済ませてから、修正作業を行う。
半ば、意地になっていたかもしれない。
6時半、修正したコードを実行してみたら、うまくいった。
久しぶりに、心地よい達成感を味わえた。

仕事を終え、新宿三丁目へ。
予約していた店に行くと、芹くんと一石君が先に来ていた。

7時半あたりから、ちらほら人が集まり始める。
ある程度揃ってから、飲み物と食べ物を注文する。
食べ放題飲み放題だった。
料理は、とても美味しいというわけにはいかなかったが、食べ放題だったので、量はたっぷりあった。
小一時間でみんな腹一杯になり、ご飯ものが来ると悲鳴をあげていた。
ゆっくり話ができる環境ではなかったが、さんざん食ってさんざん飲むということだけは十分に出来た。
11時に店を出るが、二次会をする空気でもなかったので、その場で解散する。

12時帰宅。
軽い自己嫌悪を感じる。
大勢で飲んだ後に時々そうなる。
それがどこからやってくるのか、いまだにわからない。

語る中年

2011年12月21日 水曜日

昨夜のうちに味噌汁を作り、米をとぎ、タイマーをセットした。
7時10分起き。
鯵を焼き、大根をおろし、納豆と漬け物を冷蔵庫から出し、7時半に朝飯を食べた。
味噌汁の具は大根だったが、それ以外は昨日書いたのとほぼ同じメニューだ。
炊きたてのご飯に納豆をかけると、それだけで茶碗一杯を消費してしまう。
おかわりをして、鯵と大根おろしを食べ、白菜漬けをつまむ。
満ち足りた気分だった。
日本の朝ご飯は、一つのコースメニューだ。
汁物、漬け物、魚、ご飯にかけるもの。
これらのパターンを変えれば、毎日でも食べられる。

昼、ベッカーズでハンバーガー食べる。
何度も来たことがあるのだが、ハンバーガーを食べるのは初めてだった。

昨日と同じく、隣のテーブルの会話が面白かった。
上司と部下3人。
どうやら部下の一人がへまをしたらしい。

「もしそれで、用意してないなかったら、俺殴るから。お客さんいようといまいと関係ないから」
「…さん、用意してたんですよね?」
「それ、当たり前だから」
「してました」
「そこ、基本だから。今回のは、用意してたのに、こんなことになっちゃったんだろ?」
「すみません」
「でもな、いい経験はしたと思うよ。でもな、飲む時はやらない、やるなら飲まない。きちっとしないと」

部下は涙目で、上司も鼻をすすっていた。
席のレイアウトの関係で、自分が上司サイドの位置におり、涙目の部下にチラチラ見られたので、席を一つ移動した。

森田芳光監督死去。
まだ若いのに。
「家族ゲーム」「それから」「そろばんづく」の、80年代作品が好きだった。

上田馬之助死去。
リハビリ状態にあったことは知っていた。
優しく礼儀正しい人で、入門を直訴しに来た未成年を諭し、親に電話をし、車でちゃんと送り届けたエピソードなど、プロレス本で読んだことがある。
レスラーとしては、新日とUWFの抗争で、前田日明のキックにひるまず、場外リングアウト引き分けに持ち込んだ試合が忘れられない。

加護亜依結婚。
相手のことを思うと、大丈夫かなという気持ちになる。
思春期前にアイドルとして売れることが、大人になって本人にどのような影響を与えるのか。
自己責任とばかりは言えない。

夜、深沢で『太一人』の稽古。
都立大学から歩いて30分かかった。

日曜日にやってうまくいかなかったところは、今日の昼までにかなり自主練したらしい。
明日も自主練ができるように、立ち稽古をしていないところの動きをつける。
ラストシーンまで。

9時半過ぎに稽古終了。
遊歩道が都立大学駅まで延びていた。
来た時よりも短い時間で駅に着いた。
せっかく近道を発見したのに、深沢の稽古場を使うのは今日が最後だ。

11時帰宅。
ご飯、肉団子のあんかけ、白菜漬けでご飯を食べる。

明日の忘年会の参加者に、お店の場所をメールする。
3時就寝。

語る若者

2011年12月20日 火曜日

トルーマン・カポーティ『夜の樹』読み始める。
アメリカ文学であれば、何でも読みたいという気分だったので、先週図書館で借りてきた。
なぜ読みたくなったのかは、何冊か読んでいけばわかるかもしれないが、別にわからなくても平気だ。

朝、インスタント麺と煮豚と小ライス。
ラーメン屋の定食みたいなメニューだった。
肉にもそろそろ飽きてきた。
あっさりしたものが食べたい。

ツイッターで、今一番食べたい朝飯を書く。
ご飯、鯵の開き、大根おろし、納豆、なすの味噌汁、白菜の漬け物。
そういう朝飯をしばらく作っていない。

昼、コンビニ食をeat inで食べる。
サラダとカップうどん。

隣の席で若者二人が話していた。

「成長って、なんなのか、わかんなくなちゃって…」
「1時間話したの?」
「いや、30…20分くらい」
「俺は全然悔しくなかったよ」
「やる気の問題だってのはわかるんだけど」
「やる気とは違くね?」
「そう言われたから」
「おれ違うと思うけどな」

神妙な顔をして麺をすすっていた。

6時半まで残業して帰宅。
ローストビーフを漬けていたタレが余っていたので、それを使って豚肉ともやしを炒めてみた。
タレがかなり濃いめだったので、出来たものの味はとても濃かった。
ご飯に合うと思ったが、欲しくなかった。