吉田喜重と小津安二郎
2003年2月6日 木曜日
吉田喜重「小津安二郎の反映画」読む。
全体にぴりぴりしたムードが漂う評論集だったので途中で読むのをやめる。
どうにも不愉快だった。
南中野で3月公演の初稽古。
かなり早く着いたので南台の「福寿」でラーメンを食ってから行く。
なぜか頭痛気味。
6時にチーム下剋上の3人来る。
間をおかずにいきなり本読みをする。
大体1時間。
7時から本を離し、エチュード稽古をする。
マグネシウムリボン自家薬籠中パターン。
3人とも見事に柄が違うので大変楽しめた。
柴崎さんは地に足がついた芝居をし、鈴木さんはナイーブさが出て、島根さんは無邪気なオーラを感じさせる。
発声と滑舌がしっかりしているので助かる。
あとは演出がしっかりしないといけない。
9時半、王子小劇場の松本さん来る。
仮チラシや事務的連絡等。
昨年暮れから入院していた王子小劇場の玉山さんが退院したらしい。
良かった。
「快気祝いにカラオケ行くんですよ」
とは柴崎さんの談。
10時に稽古場を出る。見慣れた風景。
中野通りの坂道を下ると、また稽古が始まったのだなあと実感できた。
新中野まで歩き、実家へ。11時帰宅。
インターネットで吉田喜重さんのことを調べる。
29歳の時、映画雑誌で小津さんの「小早川家の秋」を、若者にご機嫌をとっていると批判した。
それからしばらくしたある宴会の席で、小津さんが吉田さんの目の前にやってきて、ただ黙って酌をし続け、最後にこうつぶやいたという。
「しょせん映画監督は、橋の下でこもをかぶり、客を引く女郎だよ」
小津さんが癌のために亡くなったのはその年の暮れだった。
それから35年経って書いたのが、「小津安二郎の反映画」だった。
なるほど。
ピリピリするのもわかる。
きっとまだ自分の中で「小津が終わってない」のだろう。
そしておそらく死ぬまで終わらないのだろう。
ハードだ。
