「ぼくの魔法使い」の演出
2003年5月11日 日曜日
10時過ぎ起床。
シャワーを浴びてから台所の洗い物を片づけ、お握りを握りそうめんをゆでる。
昼、テレビをつけたら、モーニング娘。の保田さんラストコンサートの様子をやっていた。
さいたまアリーナは甲斐武田の騎馬軍団もかくやという鬨の声を響かせる男達が集っており、その誰もが「圭ちゃん!」と叫んでいた。
昨年の後藤さんと比べ、保田さんは極めていい形で卒業できたのではないだろうか。
夕方、図書館へ行き本を数冊借りた。
徳川夢声の「夢声戦争日記」は置いていなかった。
夜、久しぶりに鶏の唐揚げを作る。
あとは野菜スープとサラダ、麦ご飯。
土曜日に録画した「ぼくの魔法使い」観る。
伊藤英明と篠原涼子がやはりいい。
古田さんも好きだ。
ゲストで岸田今日子さんが出ていたが、これはちょっと贅沢過ぎ。
小田茜は回を重ねるごとに良くなっている。
「動物のお医者さん」のドラマは、ひどいらしい。
ちょっとでも観たら鼓膜が破れ失明し言葉を喋れなくなるだろうから、もちろん見てはいない。
「漫画版とは違った○○像を」
みたいな演出をしているとしたら愚かだ。
それなら初めから漫画を原作にしなければいいのだ。
あの「ハムテル」や「菱沼さん」の無表情さを、どの役者でどう表現するべきか。
「漆原教授」のエキセントリックさや、「菅原教授」や「小夜ちゃん」の潔癖さをどう表現するか。
ただ単に似合いそうな役者を捜すだけでは意味がないだろう。
役者と原作とを乗算しなくては、新たなイメージなど出ない。
テレビ界の演出技術は漫画の演出技術より遙かに遅れていると肝に銘じた方がいいと思う。
「ぼくの魔法使い」はとても好きだけど、それは宮藤官九郎のシナリオを堪能する意味で好きなのであって、演出が好きなわけじゃない。
ドアをノックするシーンで建物の壁がグラグラ揺れているのをそのままオーケーする演出では問題があるだろう。
先週か先々週そんなシーンがあった。
がっくりした。
阪神は横浜に勝ち、中日は巨人に勝った。
しかし阪神は去年も5月までは強かったのだ。
6月の8連敗がなければもっと上位にいたはずなのだ。
というより、昨年は6月から8月にかけての巨人が強すぎた。
今年はそこまで強くなかろう。
ということはやはり、巨人、阪神、中日の三つ巴だろうか。
中日ファンなおかつ星野ファンの俺としては、卒倒しそうな夏が迫りつつある。
やばい。ビールが進んでしまう。
