高峰秀子さんには「愛しの」と冠することができない
2003年5月19日 月曜日
今日も雨。
6月だってこれほどの雨続きは珍しい。
雨雲に遮られてここ一週間ほど太陽の姿を見ていないが、その隙に奴は夏メイクをまんまと済ませ、次に晴れた時にはうなるほどの暑さを我々に与えるかもしれない。
新聞で見た記事だが、海王星にも四季はあるらしい。
ただし、一つの季節が40年くらい続くとのことだ。
ケーブルテレビの契約を解除することにした。
昨年の今頃加入したので、丁度一年だ。
この一年間でケーブルテレビの番組を見た時間はトータル10時間ほどだろう。
見たい番組がまったく無いのだから仕方ない。
「高峰秀子の捨てられない荷物」読了。
著者の斉藤明美さんは高峰さんのことが好きのあまり、感情がむき出しになる箇所がいくつかあり、それだけがきにいらない。
続いて高峰秀子「わたしの渡世日記」読み始める。
本人の方が自分のことを客観的にとらえている。
日本映画揺籃期の記録として読むのも楽しい。
F.オゾン監督の映画が見たい。
見よう見ようと思っていてついつい忘れていたが、カンヌで新作が絶賛されたというニュースを見て思い出した。
いくら毎日映画を観ても、世界中で一年間に制作される作品のトータル時間に追いつけないはずだ。
むしろ日に日に差がついているのではないか?
映画ばかりでなく本も読みたいし、うまいものだって食いたいし、酒だって飲みたい。
時間は有限だということに最近気づきつつある。
いや、理性では知っていたが、感じ取ってはいなかった。
これから死ぬまでの間、どれだけ見たり聞いたりできるのだろうか。
答えを知っている謎の男がその辺の電信柱に隠れて、思い悩む俺の様子を含み笑いしつつ観察していたらどうしよう。
真夜中にコンビニへ行く時、後ろから呼び止められておもむろに「あと○○年。映画は○本。本は○冊。やる芝居が○本で、飲む酒が○リットル」などと囁かれたらどうしよう。
「そんなわけない」という答えは、つまらない。
本当だけどつまらない。
