テレビ界の生ける伝説
2006年2月26日 日曜日
10時半、起きてすぐ雨の中、食鮮館の朝市へ行った。
客は少なかった。
目玉商品が少ないせいだろう。
卵2パック、根野菜を買う。
うちに帰り、昨日のカレーを食べる。
ホットケーキミックスでパウンドケーキを作った。
粉、バター、卵、砂糖をすべて同じ量にするだけだ。
すべて1パウンドの重さにすると、ちょっと多すぎる。
ホットケーキミックスで作るときは、大抵100グラムで作っている。
そのくらいがちょうどいい。
材料を、ゆるゆるバター卵黄軍団と、メレンゲ軍団に分ける。
バター卵黄軍にホットケーキミックスを投入し、最後にメレンゲ軍団とレモン汁を合流させ、160度のオーブンで20分焼く。
時間は、型によって違う。
箱型の場合は芯に火が通るのに時間がかかるから、もう少し長くかかるはず。
耐熱の平たいレンジ皿なら、20分で十分だ。
できたものはふわふわと軽い。
あら熱を取り、冷蔵庫で冷やすと、しっとり感が出てくる。
で、コーヒーがうまいわけだ。
ELLE GARDENの公式サイトで『Space sonic』のPVを見る。
CDTVで見て以来、ずっと気になっていたのだ。
60年代の音楽番組風セットで、女装したメンバーがロックを演奏するビデオだ。
このPVが気になっていたのは、ドラムの叩き方とかギターの弾き方が、実にサマになっていたからだ。
全曲を通して初めて聴いて思った。
まず、ファンには常識なのかもしれないが、歌詞が全部英語だったことに驚いた。
それから、ギターの弾き方やジャンプの仕方が、昨日今日はじめた感じではないほど決まっていた。
そして音は、想像していた以上にちゃんとしていた。
ロックバンドという呼ばれ方をされるにふさわしい音だ。
これは、強烈にかっこいい。
久しぶりにガツンと衝撃を受けた。
ボーカルの細美武士は、ルームメイトが外国人だったとか、帰国子女だったとか、仕事で海外出張していたとか、そうした理由で英語がうまいのだという。
どれが真実なのかはわからないが。
公式サイトにあるもう一曲『RIOT ON THE GRILL』のPVも見た。
これもいいPVだ。センスがいい。
PVで見る細見さんは若く見えるが、33歳くらいといううわさもある。
ギター弾きながらのジャンプも、年季が違うということか。
一日中雨が降っていたので、夜はありもので夕食を済ませた。
昨日作ったカブの浅漬け。
同じくカブの味噌汁。
鮭としめじのホイル焼き。
麻婆豆腐。
井原高忠『元祖テレビ屋大奮戦』読了。
図書館の書庫にあったもの。
ずっと前から読みたかった本なので、借りた時は嬉しかった。
本人が書いたのではなく、語り下ろしという形をとり、そのため井原氏の<井原語>が伝わりやすくなっている。
小林信彦による<テレビの黄金時代>関連作品は、多くをこの本に負っていることがよくわかった。
局長時代の、ナベプロとの戦争話が一番面白い。
日本テレビ音楽部が井原の元に一致団結し、井原自身は各芸能プロダクションに協力を請う。
社長はみな、かつての楽隊仲間で、井原の方が少し先輩<ちょい先>である。
日本テレビは『スター誕生』で誕生した歌手を各プロダクションに分配し、日本テレビ音楽祭で賞を与え、スターにしていく。
つまりは、井原自身の立てた出来レースの暴露話だ。
陰湿な感じを受けないのは、文体が井原語でまとめられているためだろう。
まだ<貴明と憲武>と名乗っていた頃のとんねるずは、出演していた赤坂のコルドンブルーで演出を手がけていた井原氏にコンビ名をつけてもらったらしい。
<とんまとのろま>か<とんねるず>のどちらかを選べと言われ、
(<とんまとのろま>じゃなあ…)
ということで、とんねるずを選んだそうだ。
その後、85年か86年頃に井原氏はハワイに移住したため、とんねるずがブレイクしていく過程を見ていない。
88年から89年にかけて『みなさんのおかげです』が高視聴率番組になった時、小林信彦はハワイの井原にビデオを送った。
井原氏は、
「あのとんねるずがここまでになるなんて。素晴らしい。敬意を表します」
と返事をした。
小林信彦はその話を木梨憲武に伝えた。
憲武は、
「井原さんにそういってもらえるなんて感激です。ゲバゲバ90分以来のお約束を僕らはやってるんで」
と喜んだそうだ。
伊東四郎も、著書『この顔で悪いか』で井原氏に絞られた話を書いている。
てんぷくトリオが坂本九のバラエティー番組『九ちゃん!』のレギュラーになり、メンバー中もっとも若かった伊東は、歌、踊りすべて<本物>を要求された。
タップダンス、ちゃんとした歌、バイオリンまで弾いたという。
駄目出しもすごい。
「そこ、四分の一音違う!」
好きなエピソードだ。
