役者やりたいと考えながら
2006年4月11日 火曜日
プロット書きをづらづら続ける。
去年もそうだったが、台本が半分書けるまでは、
(ほんとに出来るのかな)
という不安が常につきまとう。
(これいじょう書かないでいるのはまずい)
そう思って書き始め、あとは締め切りや状況に背中を押されるように書き始める。
今回の芝居はどうなるのだ?
自分でもわからないことが多い。
先日、チラシの話し合いをした時に、笑いについて話した。
「笑ってる場合じゃないのに笑っちゃう笑い」
について、自分でもまだ考え方が固まっていないのに、無理して話したような気がして、それがしこりとなって残っている。
笑いが嫌いか?
そんなわけはない。
要するに、好きが高じるあまり、嫌いになってしまっているのだ。
嫌いになることで好きを表すような状況。
テレビの押しすぎの笑いが、耳にうるさいということがある。
芸人にとっても本意ではない笑いをやらされているんじゃないか。
(このくらいしないと伝わらないよ)
みたいにディレクターなどが考えている節もあろう。
その辺に、
(余計なお世話だ)
と反発する自分がいる。
しらけてしまうのだ。
(笑えるところくらい自分で見つけさせてくれよ)
と思う。
演劇サイトBackStageを運営している鏡田君は、
「ドカさん、まだ役者やるんですか?」
と、会うたびに言ってくる。
「演出に専念した方がいいと思うんですけど」
「でもさ、ちょろっとでも出て体動かしてないと、ストレスで俺死んじゃうよ」
実際、舞台は出るのが一番だと思っていて、本当なら役者だけ存分にやっていたい。
「俺がマグネシウムリボンの演出やるから、お前は存分に役者やれ」
そう言われたら、結構うれしいかもしれない。
プロット書きをしながら、そんなことを考えていた。
