ギャグが人を殺していく
2006年4月17日 月曜日
8時半起き。
小林信彦編集『テレビの黄金時代』読む。
4年くらい前に古本屋で買ったもので、文春文庫から出ている同名のノンフィクションとは違う。
谷啓による<ガチョーン>の分解写真が載っており、正しいやり方がわかる。
それによると、
(さあ困った、返す言葉もない…)
と、小心者が追いつめられている状況から始まり、
(裂帛の気合いで)
(万物をつかみ寄せるように)
ガチョーンをするらしい。
裂帛の気合いというところが非常におかしい。
そして、万物をつかみ寄せるようにというところがさらにおかしく、それならば相手のリアクションである<ハラホレヒレハレ>に納得がいく。
10年以上前に、江東区森下の稽古場で木野花さんが演出する芝居の稽古をしていた。
その稽古場はセゾングループかどこかが資本を出していて、大きな建物に稽古場がいくつかあるという形だった。
銀座セゾン劇場公演の稽古もそこでやっていて、江守徹さんや坂上二郎さんをロビーで見かけた。
谷啓さんをみかけたのはなんとトイレの中。
隣にいるおじさんがその人だった。
内心、非常に驚いたのだが、それを顔に出すわけにもいかず、状況が状況だけにじろじろ見るわけにもいかない。
自分はミーハーではないのだが、この時は大変緊張した。
『テレビの黄金時代』を読むと、谷啓さんは非常に照れ屋で、食事は手で隠しながらするし、風呂は一緒に入りたがらないし、トイレに行くところを見られるのも嫌がっていたのだという。
二重の意味で貴重な邂逅だったかもしれない。
昨日作った炊き込みご飯、みそ汁、野菜の煮物で夕食。
鏡田くんと飲もうというメールを交わしていて、その件で中山君に電話。
「もしもし中山君かい? 今大丈夫」
「ちょっと待ってください、いま建物の中にいるんで」
「急ぎじゃないからかけ直すよ」
「立ち読みしてただけなんで、出ますよ」
「実はね、鏡田の親分と飲もうって話をしてるんだけど、親分が中山君をご指名でね」
「え? い、いつくらいですか?」
「週末土曜はどうかって感じなんだが」
「なら大丈夫ですよ。僕今、リセットダイエットにつき合わされてるんで」
「な、なに?」
「炭水化物を食べちゃいけないんです。あと、肉はオーケーみたいな」
他にリセットするべきものはたくさんあるじゃないかと言いかけてやめる。
ヤングマガジンで古谷実の新作『わにとかげぎす』の連載が始まった。
今回の主人公はうだつの上がらない警備員。
前作『シガテラ』では、ちょっと間違えばグロい話になるところを、絶妙のセンスで軽い方向にそらしていた。
それでも前半はかなり重かったから、連載中に身につけた芸当かもしれない。
今回の作品でもその軽さを遺憾なく発揮し、中年フリーターみたいな主人公を見事に<他人から見たら笑えるが本人は悲惨>という状況に追い込んでいる。
まだ4話目だが、間違いなく中毒になるだろう。
結果論だが、もしも『ヒミズ』の連載がなければ、案外ギャグマンガ家として才能をすり減らしていたかもしれない。
デビュー作『稲中卓球部』は紛れもなくギャグ漫画だったが、2作目『僕といっしょ』にはすでに自分探しみたいなテーマが内包されていた。
3作目『グリーンヒル』は苦みと表裏一体になった笑いが特徴的だった。
『稲中』にあったようなギャグのためのギャグはどんどん少なくなり、悲惨な状況に陥る登場人物を笑うというスタイルに変わっていったのだが、考えてみたら笑えないのだ。
「読んで笑ってるお前がそうだろ?」
みたいな。
『ヒミズ』は、読む者を徹底的に落ち込ませる漫画だ。
まったく救いがない。
だが、読者におもねることなく人生の不幸を描いたことは、作品の評価以外に得られるものが大きかったのではないか。
普通の出版社だったら連載そのものを断られているだろう。
あの救いのない話を1年以上も連載させたヤングマガジンは、えらかったと思うのだ。
<消えたマンガ家>として有名な鴨川つばめも、『マカロニほうれん荘』の次にギャグ漫画ではないものを描いていたら、あるいは違った人生を歩んでいたかもしれない。
