迂回作戦で道に迷う
2006年6月20日 火曜日
夕方、大和で稽古。
稽古場前の建物を見て玉山さんは感嘆の声を上げていた。
緩い坂道に三軒の店が並んでいて、つなぎ目が段々になっているのだ。
台本の続きを渡す。
100頁くらいで収まるかと思っていたが、予定よりだいぶ延びそうだ。
帰り道、DMやらその他いろいろのことを話し合う。
話し合いの時間が最近ほとんどないが、正直なところ話し合うほど複雑な問題はなく、ただ仕事が山積みになっているだけだ。
片っ端から片付けるしかない。
オレの場合、まずは最後まで台本を書かねばならない。
が、言葉が枯渇してきたのを感じる。
陳腐きわまりない表現しか浮かばず、書くのがほとほといやになった。
昨日などは気がつくと、
「それで?」
という台詞を1頁に5つも書いていた。
「それで?」
を全部カットしたら、ただの長ゼリだ。
そしてその長ゼリも退屈きわまりなく、どうでもいいことを言っているのに過ぎない。
2時間頑張ってそのていたらくだったので、ぶち切れてパソコンの電源を切った。
書くべき内容ははっきりと決まっている。
問題は、その内容にいかに触れずに筋を転がしていくかなのだ。
直に触れたらそれは戯曲なんてものではなく、ただの筋書きになってしまう。
Aの告白でBが犯人だとわかる、といった内容だとして、
A「私、見たんです。Bがあの人を殺すところを」
なんて書いたら、自己嫌悪で死んでしまうぞ。
せめて、
A「わたしがあの人を殺しました」
から始まり、一分の隙もない独白にある矛盾を刑事に突かれて、結果的にBの犯罪を立証してしまうくらいの迂回がしたい。
べりべりとはがされてむき出しになった本質より、おのずから明らかになった本質の方が好ましく映る。
だが、それをどうにかしようと考えることがすなわちべりべりはがしなのだ。
己を消すしかない。
書いているという意識と、設定全部を忘れること。
だんだん、宗教じみてきたな。
