『天国』と『地獄』
2007年9月8日 土曜日
9時起き。
やはり、起きる時間が遅くなっている。
10時に外出。
ソーセージ、ホールトマト、舞茸、かぶ、鶏ガラを買う。
うちに帰り、鶏ガラスープを作る。
本格的なものではなく、小一時間だけ煮たもの。
それにホールトマトと野菜を加える。
きのこのキッシュと野菜スープを食べる。
遅い朝飯。
昼1時、屋上へ。
扉のガラスが割れていた。
一昨日夜の台風で、強く閉まった時に割れたのだろう。
そう言えば夜中に、物が落ちる音がした。
音楽を聴きながら、体を焼いた。
風が強く、昼過ぎの強い日差しを浴びても、それほど暑くなかった。
むしろ風は心地よかった。
2時半に部屋へ戻る。
あまり汗をかいていないつもりだったが、風で気化していただけらしく、喉がかなり渇いていた。
夕方、レモンチキンを作る。
鶏のもも肉に塩胡椒を振り、レモン汁をかけてよくもみ、ジャガイモと一緒にオーブンで焼いただけ。
そこそこうまかった。
出てきた肉汁を小麦粉やバターでどろっとしたソースにすればもっとおいしかったろう。
食後、レモンタルトを作る。
お菓子作りの本をひょんなことからもらい、その中のレシピでおいしそうなものを選んだというわけ。
8月前半、スコーン作りにはまった。
その時に、粉の中でバターを粒にしていく作り方を経験した。
それがキッシュ作りに生かされた。
そして今度はタルト生地作りに挑戦というわけだ。
レモンタルトの場合、生地の空焼きをしない分簡単だった。
黒澤明の『天国と地獄』と『生きる』が、ドラマでリメイクされると聞き、見ることにした。
今日放送されたのは、『天国と地獄』
冒頭シーンは権藤邸の居間。
会社の乗っ取りを画策する重役達と、自分の仕事にこだわる権藤による会話劇だ。
まるで舞台劇のように切れ目なく続く会話が、そのまま権藤という男のキャラクター紹介になっている。
すぐれたシナリオだ。
だが、やはりテレビ版は面白くなかった。
舞台的な<掛け合い>が存在していない。
演劇的な掛け合いが映画やテレビドラマに必要でないとしても、このシーンはそもそも<演劇的>に見せるためにシナリオが書かれたのだから、掛け合いくらいちゃんとしてないと。
重役の芝居が類型的に見えた。
秘書・川西の演技は、映画版の三橋達也さんをコピーしているように見えた。
(権藤の妻は鈴木京香がやるんじゃねえかなあ)
と想像した直後、鈴木京香が出てきたので、吹いてしまった。
そして衣装にたまげてしまった。
ノースリーブの、ウエストきゅーの、おっぱいボーン。
フランス書院文庫の表紙に出てくる人妻みたいだった。
ほぼ、黒澤明のシナリオに忠実にドラマは作られていた。
忠実ゆえに、演出の拙劣さが時々目立つ。
たとえば、運転手の息子が誘拐され、身代金を出すことはできないと権藤が皆に弁ずるシーンだ。
画面を二つに割り、左右に別々の登場人物を映していたが、非常に間抜けだった。
特急での身代金受け渡しシーンは、画面構成をかなり忠実にコピーしていた。
橋のたもとに映る共犯者の映像など、かなりそっくりだった。
ここで、設定を現代にした弊害が出てくる。
1963年当時、特急・こだま号は洗面所のドアが数センチだけ開いた。
今はそうではないらしく、鞄を車掌室から投げるという展開にしていた。
これじゃ面白くないし、どんでん返しにもならない。
このシーンを撮影した時、計算外のことが色々起こたらしい。
黒沢監督は、
「もう駄目だ!」
とへたり込んだという。
だが1回しかチャンスのない撮影のドキドキ感は、画面に異常な迫力を生んだ。
<ボースン>刑事役の石山健二郎さんはきっかけをとちったそうだ。
だからあのシーンでのボースンは、NGカットが使われている。
もちろん、うまく編集されている。
犯人・竹内を妻夫木聡が演じていた。
冒頭からばんばん姿を見せる演出は、しない方が良かったと思う。
結局、どのように見ても黒澤明版と比べてしまう。
比べられる方としては、決して勝てない勝負に挑まねばならないようなもので、しんどい戦いだろう。
決して勝てない部分というのは、技術ではなく、製作にかけられる予算や期間や志のことだ。
たとえば出演者すべてのスケジュールをこのドラマのために数ヶ月押さえるなんてことは不可能だろう。
それでもラストシーンの妻夫木君は良かったと思う。
ラスコーリニコフ的な鬱屈に近いところの感情に、天賦の資質のみで近づいていた。
個人的に大好きな演技だった。
目が潤んでなければもっと良かったんだが、それは個人的好みとしておこう。
しかし、このシーンで本当に難しいのは、佐藤浩市が演じた権藤の芝居だろう。
竹内の芝居を、どういうふうに受ければいいのか。
黒沢映画における三船敏郎の演技の中でも、『天国と地獄』ラストシーンでの<受けの芝居>は一番好きだ。
真似しようと思ってできるものじゃないと思う。
相手の人生をどういう感性で感じ取り、どういう沈黙で表現するかというレベルだ。
この演技が、次作『赤ひげ』に通じているように思う。
『酔いどれ天使』から始まった黒澤映画でのキャリアが、『赤ひげ』で終わるのも、演技者の到達しうる境地という点で考えれば、納得がいく。
それ以上、なにを望む?
竹内と権藤の面会シーンが終わり、ドラマはスタッフロール。
しかし、権藤とその妻による、安っぽい付け足しシーンは、要らないだろう。
このお話は『天国と地獄』なんだから。
『天国』と『地獄』なんだから。
