体焼きバナナ焼き生きる
2007年9月9日 日曜日
朝9時起き。
10時から1時間ほど屋上へ。
音楽を聴きながら体を焼く。
昨日よりも風が弱いため、太陽光線の熱さを感じられた。
紫外線は体に毒だなんてことはわかっている。
わかっていて、やっている。
昼前にトースト、ソーセージ、野菜スープ、スクランブルエッグを食べる。
昨日作ったレモンのタルトはそこそこおいしかった。
タルト生地が残っていたので、それを使って今度はバナナのタルト作成を試みた。
バナナをスライスし、バターでソテーし、砂糖とお酒を加えて冷ます。
空焼きしたタルト生地にカスタードクリームを流し、バナナを並べてできあがり。
簡単だ。
オレなんかに作られやがって、哀れな菓子だ。
3時に外出。
西荻の「甘いっこ」へ。
氷イチゴを食べる。
ここの氷イチゴは、普通のシロップではなく、本物のイチゴをつぶして作ったシロップをかけるのだ。
切ないほどにうまい。
買い物をして帰宅。
ゆっくり夕食の支度をする。
茄子を蒸し、醤油と豆板醤とごま油のタレに漬けて冷蔵庫へ。
大根とゴボウとこんにゃくとにんじんの水煮パックで簡易豚汁を作る。
米を研ぎご飯を炊く。
牛レバーともやしとニラでレバニラ炒めを作る。
普通の飯を久しぶりに作った。
しっかりとご飯を食べた気分になる。
夜、黒澤明作品リメイクドラマ『生きる』を見る。
志村喬の役を松本幸四郎が演じていた。
映画『生きる』が公開された当時と現在とでは、癌の治療方法や検査の仕方も違うし、告知についての考え方も違う。
その辺のずれはいかんともしがたい。
見る側としての興味は、あの役を誰がやるのか。これにつきる。
映画版で印象的だったのは、病院の待合室で志村喬に胃癌の自覚症状についてしつこく喋る男を演じた渡辺篤。
そして、志村喬を盛り場に連れ回す小説家を演じた伊藤雄之助。
残念ながらドラマ版では渡辺篤の役はカットされていた。
いい役なんだけどなあ。
伊藤雄之助の役を、北村一輝が演じていた。
しかし、小説家ではなく、車の販売をしている遊び人という設定だった。
これが、実に良かった。
伊藤雄之助演じる小説家もデカダンな感じがとても良いのだが、北村一輝演じる遊び人も平成のバブルを感じさせ、まったく違うキャラクターなのに成立していた。
なにしろ、遊び一つ知らない男に、いけない遊びをたっぷり教える男の役なのだ。
設定を現代にするならば、正しいやり方だ。
だがこれは、設定勝ちというよりは、役者勝ちだと思う。
白いスーツに赤いマフラー姿の車のディーラーなんているか?
いない。
でもいいのだ。
その衣装で夜の町を闊歩する姿の似合うこと似合うこと。
そして重要な台詞。
「(オレが)あんたのメフィストフェレスになって、最高の快楽を教えてやる」
こんな台詞を言って、似合う役者さんは、みんなで大切にしないといけない。
メフィストフェレスになって、という言葉は、伊藤雄之助も言っている。
しかしその呼称は、北村一輝にこそふさわしいと思えた。
たばこの吸い方、ルーレットでのチップの賭け方。
どれも格好良かった。
結局、北村一輝の出番が終わってからは見なかった。
お腹いっぱいだった。
松本幸四郎は、志村喬の演技に似せず、なおかつ上手かった。
さすがだなあと何度も思った。
昨日の『天国と地獄』にと比べてどちらがいいのかは、完全に好みの問題だろう。
ただ、どちらも設定を現代にしているのが厳しい。
特に『生きる』は厳しい。
CMで『椿三十郎』リメイク映画の存在を知った。
若侍が床下から顔を出すシーンが、黒澤版と同じだった。
しかし、そういうリメイクをして、なにかのためになるのか?
