ロシア的

2007年9月20日 木曜日

ipodの電池が切れ、久しぶりに電車内で読書にいそしんだ。
『カラマーゾフの兄弟』2巻を読む。

ドストエフスキーやトルストイの小説を読むと必ず、「ロシア的」とはどういうことだろうかと考える。
多くの日本人同様、オレも「ロシア的」な考え方についての知識に乏しい。
(大体こんなことかなあ)
と漠然と思っている。

人間の持つ<弱さ>の底が、日本人のイメージするものよりももっと深いんじゃないかと思う。
それゆれに、その弱さを許す<寛大さ>も大きくなると言える。

終戦を満州で迎えた森繁久彌は、ソ連兵のことを、
「唾棄すべき人種でしたね」
と語っている。
シベリアに抑留された多くの日本人の証言からも、その事実は裏付けられる。

黒澤明が松竹で監督した『白痴』が世間で受け入れられなかったのは、原節子演じるナスターシャ(那須妙子)が発するロシア的なものが理解されなかったためではなかろうか。
そう考えると、『どん底』や『赤ひげ』は見事だなあと思う。
『赤ひげ』は原作・山本周五郎であるが、表現されている貧困は非常にロシア的だと思う。
三船敏郎の外見も、ロシア人みたいだ。

『椿三十郎』が映画でリメイクされるらしい。
なぜ『用心棒』をすっ飛ばしていきなり『椿三十郎』を?
冒頭シーン、若侍達の密談中、あくびをしながら登場する三十郎。
『用心棒』をやってないと、成り立たないじゃないか。
(あ、あの男だ!)
って、思えないじゃないか。
家老を藤田まことが演じるのは、台詞から考えても納得いくが、大丈夫なのか?
森田芳光監督、本当にやりたくて撮るのか?
森田監督、好きだから、心配だ。

夕方実家へ。
靴擦れするスニーカーを履き、ジョギング10K。
食後2時間経っていたのに、途中胸焼けする。
アクエリアスを飲んでお腹をさする。

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