場当たりで耳をすませる

2012年3月21日 水曜日

8時半にいつもより早く仕事場へ。
おにぎり、納豆巻き食べる。

昼、玉子丼食べる。
要するにカツ抜きカツ丼であり、鶏抜き親子丼であった。
わざわざ頼むものではない。

夕方6時過ぎに劇場へ。
昼からの場当たりに途中から参加。

ラストの場当たりで、明かりの問題が生じる。
照明の大村さんは、過去シーンと現在のシーンを明かりで分けるように考えていた。
ところが現在の役者の動きだと、過去と現在が同じ空間に混在している。
このままでは、明かりを作れない。
ではどうするのか。
役ができあがる課程で、シーンがそのように変化してしまった。
それならば、今から芝居を変えるということはせず、明かりを考え直した方がいいだろうというのが、大村さんの意見だった。

演出とスタッフが場当たりで議論している間、役者は「待ち」状態になることが多いのだが、出来る限りその議論が聞こえる場所に移動して、耳を傾けた方がいいと思う。
稽古場で稽古している時、自分の有り様を役の内面から理解することはできても、作品世界に自分がどう配置されるのか、またその配置によって自分が作品世界にどういう意味を与えるのかを、感覚的に把握することは難しい。
演出とスタッフの議論を聞けば、大きなヒントが得られる。
稽古場で作った演技をしつつ、明かりや音響やその他の舞台効果と、シンクロする助けになるものだ。

9時半に場当たり終了。
11時帰宅。

キース・リチャーズ『ライフ』半分ほど読み進んだ。

あいた時間で台詞読み

2012年3月20日 火曜日

8時半起き。
ラーメンとご飯を食べる。
インスタント麺の「好きやねん」がまだ沢山ある。
全部食べきるのは夏くらいになるかもしれない。

10時に萬劇場入り。
搬入の荷物運びを手伝う。
タタキの舞台スタッフさんが5人も来ていた。

楽屋に私物を置いてから舞台仕込みを手伝う。
平台や箱馬を運ぶくらいしか出来ることはなかった。
昼過ぎに休憩。
エンゲキブ名物の炊き出しで、中華丼を食べる。

午後、金ちゃんが小道具のレモンを作っていたので、それを手伝う。
終わってから仕事を探すが、自分の小道具の地図に書き込みを入れることくらいしかすることがなかった。

楽屋で台本を読んだ。
何度も声に出して読みながら、昨日感じた疑問を整理する。
頭でわかっていることを、実際に声に出して、心の動きとして体験する。
数をひたすらこなし、役の<人生>を経験し尽くす。

もやもやは残っていたが、少なくとも台詞を声に出して言うという行為は、飽きるほどできた。

夕方、炊き出しでカレー食べる。
らっきょうがちゃんと用意されていた。

7時過ぎ、舞監の今泉さんが楽屋に来る。
役者は随時解散とのことだった。

8時前に劇場を出る。
ドラッグストアに寄り、ヘアカラーを買う。
9時過ぎ帰宅。

役をもう少し悩んでみる

2012年3月19日 月曜日

7時半起き。
食パンとハム食べる。

マラソンから一日経った。
さすがに体が軽いというわけにはいかなかったが、階段の上り下りは普通にできた。
トレーニングの成果は、タイムではなく、こうしたリカバリー能力として現れているようだ。

昼、玉子屋の弁当食べる。

夕方、マックでハンバーガーを2個買って、稽古場で食べる。
普通に食べても面白くないので、重ねてビッグマックみたいにした。
面白かったが、別に美味くなかった。

通し稽古をする。
前半、ドタバタシーンのテンポが随分良くなっていた。
自分の場面は、今ひとつだった。
妻の望みを叶えるために、もう一つの町の地図を作るというのはわかっている。
それがどうして、迷路でなければいけないのか。

地図を作ることが、妻の望みだとは思えない。
そこには、彼なりの解釈があるはずだ。
望みを叶えるために、迷路のような地図を作る。
こういう心の動きをさせているものは、一体何なのだろう?
台本にはそのことが書かれていない。
そのまま演じると、自分は過去の場面に登場する、ただの風景になってしまう。

通し稽古終了後、和民で飲む。
稽古場打ち上げ。
明日の仕込みに来てくれる小山楊併くんと話す。
なぜか真面目な話。

12時前に店を出る。
キース・リチャーズ『ライフ』を電車の中で読む。
池袋でJRに乗り換える時に、前方を知恵が歩いていた。
先に店を出ていたのだ。
顔を真っ赤にして薄目をあけ、クラゲみたいにゆらゆら歩いていた。

1時半帰宅。
明日は仕込み。
休日なので全日いられる。
荷物の支度をし、3時就寝。

3年ぶりの板橋Cityマラソン

2012年3月18日 日曜日

5時半過ぎ起床。
焼き海苔をおかずに、ご飯を2杯食べる。

6時過ぎに家を出る。
外は曇り。
雨が降らなかったのが嬉しい。
寒さも感じなかった。

7時半過ぎに浮間舟渡へ。
ホームはランナー達で一杯だった。
初めてフルマラソンに出た時は、駅に着いた時から緊張したが、4回目になると慣れてくる。

8時過ぎに会場到着。
ユニフォームは下に着込んでいたが、あまり早く脱ぐと寒さでトイレが近くなるので、8時半を過ぎてから脱いだ。
地元のブラスバンドによる演奏が聞こえた。
なぜか甲子園のテーマ曲だった。
荷物置き場が混んでいた。
カートを預けてからトイレに並ぼうとしたが、スタートまで残り10分を切っていた。

今回のゼッケンは4000番台。
まあまあの位置だ。

9時に号砲が鳴る。
前に3000人ほどの人が詰まっているので、すぐに走り出すというわけにはいかなかった。
いつものことだ。
3分丁度過ぎた頃、スタートゲートをくぐれた。
前々回より3分早かった。
ストップウォッチを押す。

周りのランナーがそこそこのスピードで走っていたので、最初の5キロ地点まで1キロをおよそ5分前後のペースで走ることができた。
これは大きかった。
2008年の時は、10キロ地点まで人が密集していて、自分のペースで走れなかった。

5キロ地点を過ぎてから、1キロを4分40から50秒の間で走った。
沿道の応援は、あまり多くなかった。
太鼓やチアリーディングなど、集団による応援がまったくなかった。
雨が降りそうだったので中止になったのだろうか。

10キロを、ネットタイムでおよそ42分ほどで通過した。
筋肉、呼吸系の調子に異常はない。
周りのランナーのことも、まったく気にならなかった。

スタートした時からトイレに行きたかったが、15キロを過ぎるまでは我慢しようと思っていた。
そのあたりにくれば、トイレに行ってもそれほど多くのランナーに抜かれることはないだろうし、トイレが空いている可能性も高い。

給水とフードチャージはこまめにした。
給水はミネラルウォーターとスポーツドリンク。
フードはエナジータブ、あんパン、飴など。

17キロあたりでトイレに行き、およそ1分前後のロス。
そのあたりまで1キロ4分台後半のペースを維持できていた。
ロスを差し引いても淀川市民マラソンの時より早い。
足の筋肉が少し張り始めていたが、トイレから出たら治っていた。

JR総武線の鉄橋下で、女の人が一人でリコーダーを吹いていた。
何かの曲の間奏だった。
聞き覚えがあった。

グロスタイム1時間48分丁度で折り返し点に到達した。
ネットタイムは1時間45分。
3時間半ペースだ。
そのタイムで最後まで走れるはずはない。
むしろ、後半の失速に対してのアドバンテージだと思った。
3時間38分を切るためには、後半を1時間53分以上のペースで走ればよい。

折り返してからしばらく、1キロ5分を少し切るくらいのペースで走った。
リコーダーを吹く女の人の前を再び通る。
間奏を聴いた時から予感していたが、案の定、ZARDの『負けないで』だった。
淀川マラソンの時も、どこかのオヤジがラジカセでこの曲を流していた。
応援する側にとってのスタンダードナンバーなのかもしれない。

30キロ地点が近づくにつれ、タイムは徐々に遅くなってきた。
給水所でもらった飴の袋をあけて口に放り込む。
何気なく袋を見て驚いた。
「ノンシュガー0カロリー」と印刷されてある。
マラソン中にカロリー0の飴をなめて、何の意味があるのだろうか?
次の給水地点で吐きだした。

31.5キロを過ぎた頃には、1キロ5分をオーバーするペースに落ち込んでいた。
前半に稼いだタイムが、少しずつ減ってきていた。
ここから1キロごとに、段々スピードが落ちてきた。

37キロ地点で、土手の下から坂を上らなければならなかった。
以前は30キロ地点前後に坂を上るポイントがあったが、今年はコースが変更になったのだ。
残り5キロの地点で坂を上るのはきつい。
そして今回の地獄はそこから始まった。
筋肉が悲鳴を上げ、心と体が走ることを拒む。
時計を見る。
前半戦の貯金が、残り少なくなっていた。
3時間38分を切るには、1キロを5分30秒台以上のペースで走らなければならない。

水門を過ぎ、上った坂を下りる。
スピードを上げて少しでもタイムを稼ぐ。
残り4キロ。
膝関節の曲げ伸ばしを意識して、すり足気味に足を運ぶ。
腕をしっかり振る。

必死で走って1キロを5分半弱だった。
残り3キロ。
遠くに新幹線の鉄橋が見える。
その先には戸田橋。
ゴールだ。

1キロを5分40秒。
40キロ地点を通過。
あと2キロ。
苦悶の表情を浮かべていることを自覚し、あえて顔の筋肉の力を抜いてみる。
空を見て、
(気持ちいいな)
と無理矢理思ってみるが、苦しみは消えない。

あと1キロ。
時計を見るゆとりはもうない。
ゲートが見えてきた。

あと数百メートル。
最後の力を振り絞り、ラストスパートをかける。
上半身をフルに使い、腕を思い切り振り、体幹を意識して足を前に出す。

ゴールが目前に見えた。
コース脇のグロスタイムの時計は、グロスタイム3時間40分丁度をさしている。
ゲートをくぐる瞬間にストップウォッチのスイッチを押した。
3時間37分37秒。

ぎりぎりだったが、ネットタイム3時間38分を切ることができた。
ラストスパートをかけていなかったら、危なかったかもしれない。

係員のおじさんに、シューズのタブを外してもらう。
エアーサロンパスを無料で配布していた。
腿にしっかりスプレーする。
荷物置き場でカートをもらい、更衣室へ。

ユニフォームが血まみれだった。
走っている時にはまったく気づかなかった。
皮膚が擦れて血がにじんでしまったらしい。
脱ぐ時に初めて痛みを自覚した。

シューズのサイズは丁度良かったが、ふくらはぎの着圧サポーターが土踏まずのところでよれて、右足の裏が水ぶくれになっていた。
前回も同じことになったのをすっかり忘れていた。
次回は別のサポーターを買うか、何もつけずに走ろう。

大きいウェットティッシュで体全体を拭き、ゆっくりと着替え、タイムの検証をした。
後半は前半よりも7分半余計にかかっていた。
1キロあたり20秒の遅れだ。
ペースが明らかに落ちたのは、30キロ地点を過ぎたあたりからだったと思う。
それまでは何とか5分10秒台を維持していた。

30キロ地点を過ぎてからは、給水地点を過ぎる時にペースが少し落ちた。
パンやエナジータブレットを口にすると、少しだけ呼吸が乱れ、その分だけ遅くなった。
走りながら息を整えるのが辛かった。

周りのことはまったく気にせず走れた。
コースには、ストップウォッチと自分だけしかなかった。。
走りながらどんどん内向していくような感覚があった。

更衣室を出て、浮間舟渡の「王将」へ。
定番のコースだ。
生ビールを頼み、天津飯、野菜炒め、餃子を肴にちびちび飲んだ。
朝よりも気温が低くなり、そのせいだろうか、喉の乾きをあまり感じなかった。

4時近くまで「王将」で休む。
5時半帰宅。
ユニフォームを洗濯し、シャワーを浴びる。
上半身にお湯をかけたら、あちこちがひりひりした。

マラソン前夜

2012年3月17日 土曜日

10時前起き。ラーメン食べる。
外は雨が降っていた。
11時半に浮間舟渡へ。
板橋Cityマラソンの受付をする。
雨で地面がぬかるんでいた。
汚れたスニーカーを履いていって正解だった。

新宿から小田急に乗り参宮橋へ。
松屋で牛めしを食べ、EGO天の旗揚げ公演観る。
平木くん主宰。芹くん客演。
客席で綾香、タカと会う。

平木君、髪を金色に染めていた。
芹くんの出番は後半になってからで、それほど多くなかった。
口数の少ない殺し屋の役。
物語に起伏がないわけではないのだが、初めての演出ということもあって、それらを拾い切れていなかった。
むしろ、なんとか一つの作品を作るのに精一杯だったことを、様々な場面から感じ取れた。

終演後、芹くんと平木君に挨拶。
昨日、知恵が来たらしい。
マラソンのタイムで賭けをしたという話をすると、芹くんは、
「俺も乗りますよ」
と言った。
賭けに勝てば、アイスが二つ。
負けたらどうしよう。
知恵には福神漬けを、芹くんにはらっきょうをあげようか。

新宿まで綾香と一緒に帰る。
エンゲキブの本番について色々話す。

4時過ぎ帰宅。
レーズンパン食べる。

図書館に行き、予約していた本を借りる。
キーズ・リチャーズ『ライフ』
昨年出たばかりの本なのに、外観が痛みかけていた。
人気があるのだろう。

夜、トマトスープ、コロッケ、メンチカツ、焼きそば食べる。

ユニフォームにゼッケンをつけ、シューズにタグをつける。
荷物をカートに入れ、11時過ぎ就寝。

こまめに食べる

2012年3月16日 金曜日

朝、ご飯とさば缶。
朝10時、スニッカーズ食べる。
お腹を空かせないようにする。

昼、おにぎり2個とどん兵衛の大。

夕方、御徒町へ。
「えぞ菊」で味噌ラーメン食べる。
その後、アートスポーツでシューズ探し。
いいと思ったシューズは希望のサイズがなかったので、ジュエンに移動。
店員さんと話し、そこそこ軽くてそこそこホールド感のあるシューズを購入。

閉店間際の「二木の菓子」で、大袋入りの菓子をいくつか買う。

9時過ぎ帰宅。
買ってきたバウムクーヘンとえびせんをこまめに食べる。

タイム予想

2012年3月15日 木曜日

朝、ご飯とキムチ。それにインスタント麺。
今日から三日、炭水化物を多めに取る予定。
どか食いするのではなく、空腹感を感じる前にこまめに食べる感じ。

昼、釜揚げうどん、おにぎり、あんまん食べる。

仕事後、松屋で牛めしの並。

夜、東武練馬で稽古。
久未ちゃん、中村さんと三人で返し稽古をする。
沢山返したかったのだが、中村さんは他のシーンの稽古もあり、4回ほどしかできなかった。
それでも、返さないよりはマシだ。

ラストシーンをみきちゃんに見せて、稽古終了。
帰りの電車で知恵と話す。
日曜日のマラソンを何時間で走れるか、予想タイムを聞く。
「何時間で走れると思う?」
「どうだろう…」
「過去の実走タイムでいくと、初めての時が4時間2分、次が3時間58分、その次が3時間46分だったよ」
「伸びてますねえ。じゃあ、3時間38分」
「わかった。じゃあそのタイムを超えたら、ハーゲンダッツを奢ってくれよ」
「いいですよ」
「3時間38分かあ…」
「その代わり走れなかったらなんか奢ってくださいよ」

死ぬ思いして走って、奢るのは悔しい。

マラソン前のラストラン

2012年3月14日 水曜日

朝、コンビニでおにぎりとあんパンを買って食べる。
昼、コンビニでカップヌードルライト、おにぎり、フライドチキン、サラダ。
コンビニ食が続くのも珍しい。

夕方、荻窪の「菊池」でワンタン麺食べる。
同じ荻窪の「丸信」で修行した人のお店らしいが、具材の盛りつけが丁寧で、スープも上品で、良い東京ラーメンだと思う。
いつも空いている。
行列が出来るたぐいの店ではないが、客が少なくてつぶれてしまうのは悲しいので、もう少し混んで欲しいと思う。

腹が落ち着いてから走る。
東女の横から五日市街道を西へ。
国分寺街道まで走り、南下して連雀通りを人見街道まで戻り、三鷹台から西荻へ。
26キロ。
マラソン本番前に20キロ以上走るのは、おそらく今日が最後。
へたることなく最後まで普通に走れた。
12時帰宅。

デューン2巻目

2012年3月13日 火曜日

朝、昨夜作り置きしたカレーピラフ食べる。
昼、「丼達」でしょうが丼と卵。

最近仕事先で、自分のことを「俺」と言ってしまうことが多い。
仕事の時は「僕」と言うようにずっと前から心がけていたのだが、規制がゆるんできているようだ。

夕方7時半帰宅。
カレーピラフとポテトフライ食べる。

『デューン 砂の惑星』2巻読了。
一冊の長さはそれほどでもないのだということに今回気づいた。
『砂の惑星』は映画にもなったし、動きが多いのでストーリーは辛うじて覚えている。
初めて読んだ時は、作品内にのみ使われる用語がいちいち難解で、巻末の用語辞典をいちいちめくっていたのだが、そんなことをしなくても大意がつかめるし、内容が理解できることを知った。
この作品を読んで論文を書くわけではないのだから、気軽に読めるのが一番だ。

デューン

2012年3月12日 月曜日

朝、昨日作った残りの麻婆豆腐。
昼、おにぎりと弁当。

『デューン 砂の惑星』1巻読了。
以前から持っていたもの。
23歳の時に一度読んだ。
『砂の惑星』『砂漠の救世主』『砂丘の子供達』『砂漠の神皇帝』
合計11冊を読むのに、1年もかかった。
とにかく難解で、『砂の惑星』以降のシリーズは、内容をほとんど覚えていない。
今回読み直したのはただの気まぐれ。
ぱらぱらとめくってみたら、思いの外内容がすんなりと頭に入ってきた。

以前、ル・グインの『ゲド戦記 影との戦い』を借りだ時、面白くてあっという間に読んでしまった。
その後何年かして古本屋で見つけて購入。
改めて読んでみたら、今度は内容が全く頭に入ってこなかった。
読む時の自分の状態と、本の内容の関係は、読書において重要な要素かもしれない。

ル・グインで他に持っているのは『闇の左手』『所有せざる人々』『オルシニア国物語』
初めて買ったのは『オルシニア国物語』
19の時に買った。
これも読みづらく、すべて読むことが出来たのはだいぶ経ってからだった。
今ならすんなり読めるかもしれないと思い、『デューン』と一緒に本棚から出して、ちゃぶ台の上に置いてある。

夕方、東武練馬へ。
通し稽古をする。
前半のテンポがかなり良くなっていた。
トータル時間も2時間を切りそうだった。

久未ちゃんの予定を聞き、今週もう一度稽古に行くことにする。
次の日曜日はマラソンの本番なので、今週は稽古に参加できないと随分前から言っていたのだが、そんなことを言ってはいられない。
15日に参加することに。

10時半帰宅。
クレイジーケンバンドのニューアルバムが届いていた。
発売日に買うことが出来ず、翌日に荻窪のCD店を覗いたら売り切れだと言われ、先週稽古帰りにドンキホーテを覗いても置いていなかったので、Amazonで買ったのだ。
早速聞く。
「夕凪」にグッと来た。

一年

2012年3月11日 日曜日

朝、ツナトーストとスープ。
昼過ぎ、ラーメン食べる。

震災から一年が経った。
テレビをつけると、各放送局が特別番組をやっていた。

天皇陛下が追悼式にご出席された。
手術後間もないお体でお言葉を述べられた。

どこかのサイトで、国民が皇室に払っている税金は、一人あたり年間200円ほどだと書いてあったが、本当だろうか?

夜、NHKのドキュメンタリー見る。
『あれから一年』
被災地の方々にインタビューする番組だった。
渡辺謙さんがナビゲーターをしていたが、素人の喋りと喋りの間に挟まると、どうしても作り物っぽく感じてしまう。
ナレーションだけにした方が良かったと思う。
泣かせようとする演出がまったくないところは良かった。

必要なコミュニケーションさがし

2012年3月10日 土曜日

昼起き。
納豆キムチとご飯、ラーメン食べる。
走り込みのため、炭水化物多め。

腹が落ち着いてから走る。
東女の横を通り、五日市街道を小金井街道まで往復。20K。
ゆっくりではなく普通のペースで走った。
5キロ走るのに30分もかかっていた。
途中信号で止まったりしたとはいえ、もう少し速いと思っていたので、ショックだった。

シャワーを浴び、夕方東武練馬へ。
サンドイッチとあんパンを買い、稽古場で食べる。

自主練部屋にて、久未ちゃん、中村さんと三人で稽古。
家族三人のシーン。
言い回しや台詞の間を、個人レベルで何とかしたところで、場面全体が良くなるわけではない。
自分だけではなく、その場面に出ている全員が生きた存在になるためにはどうすればいいのかを、演出ではなく、いち役者として考える。
コミュニケーションが重要だと思った。
問題は、どういうコミュニケーションであるかだ。

自分の役は、死んだ父親。
過去の場面に登場する。
父親はいない。
結婚して古い一軒家を買い、母と妻と三人で暮らし始める。
やがて子供ができる。
絵に描いたような幸せだ。

ところが妻は病気になる。
そういうシーンはないが、示唆される台詞はある。

妻は、わからない、ということが好きだった。
難しいことが、楽しみだと言った。
そして家を愛していた。

彼は、住んでいる町の地図を作っていた。
妻の望みをかなえるために、彼は地図に細工をする。
自分たちの住む家を、迷路のただ中にある、たどり着くのが難しい場所に変えた。

やがて地図は完成したが、妻は死んだ。
彼も病にかかり、後を追うように死んでしまった。
残った地図は、長女が引き継いだ。
彼女は、父と母の願いを叶えてあげようと思った。

…というのが、過去の場面の設定だ。

夫婦と、母親三人のシーンは、二つしかない。
結婚して家に引っ越してきたシーンと、お腹に子供が出来たシーン。
どちらも、他愛のない会話をするだけだ。
他愛のない会話を普通にする。
必要なのは、そういうコミュニケーションではないだろうか。

場面を数回返し、他愛のない会話をしながら、幸せを探す。
心配することは何一つなく、幸せを確認するための努力さえ必要ない。
あるがままそこにいて、穏やかに流れる時間を眺める。

時々、自分がその場面で相手のことをどういう風に思っているのかなどを、久未ちゃんや中村さんに伝える。
こういうことができるのが、自主練のいいところだ。

10時半帰宅。

BBCが製作した、東日本大震災のドキュメンタリーを見る。
死者と生者に、敬意が払われているように感じる番組だった。

意見の引き際

2012年3月9日 金曜日

朝、昨夜西友で買ったパンを食べる。
閉店直前のパン屋の、30%引きのやつ。

仕事先で避難訓練。
机の下に潜るだけだった。

久しぶりに飯田橋大勝軒でラーメン。
雨が降って寒いのに、空調の冷風が吹き付ける席に座ったから、熱いスープを飲んでも汗をほとんどかかなかった。

夜、東武練馬へ。
通し稽古をする。
後半が長かった。

稽古からの帰り道、思いついた意見をなるべく言うようにしているが、引き際の判断が難しい。
そうするべきだ、ではなく、そういう道もある、という示唆にとどめ、あくまでも自分で選んだ形にして欲しいのだが、意見を言ううちにいつの間にか、そうして欲しいという意図が言葉に混じりがちになってしまう。
特に相手が目下の役者になると、こちらの意見に逆らえない空気ができたりするから、要注意だと思う。

10時半帰宅。

貴重な稽古時間

2012年3月8日 木曜日

朝、コンビニ食。
手巻きとおにぎり。

昼、サンドイッチとカップヌードルキング。
カップヌードルのボスキャラ。
実は、量は大したことない。
ペヤングの特盛りの方が衝撃度は大きかった。

仕事を早めに上がり、「とくまるペルファ」でナポリタンを食べてから稽古場へ。
自主練ルームで久未ちゃんと稽古。
来週はマラソン一週間前の追い込み期間になってしまうので、今日と土曜日くらいしか実質的な稽古ができない。
場面の長さがそれほどでもないのが幸いだ。

10時半帰宅。

自主練ルーム活用開始

2012年3月7日 水曜日

朝、トーストとハムエッグ。
昼、VELOCEでツナサンドイッチとあんパン。

夕方東武練馬で稽古。
自主練用の稽古場が今日から使えることになったので、早速利用させてもらう。
山ちゃん、中村さんとのシーンを、何回も繰り返す。
昨日長い距離を走ったせいで、体が重かったが、沢山稽古ができたという充実感があった。

10時半帰宅。

記憶のがらくたで、一つ思い出した。
子供の頃、クエスチョンマークが怖かった。
何もない白い空間で、「?」に追いかけられる夢を見たせいだ。
遠くにある黒い点が、段々大きくなって、「?」になり、どこまでも追いかけてくる。
逃げられないと感じた瞬間、悲鳴を上げて夢から覚めた。

いつくらいに見た夢なのかは覚えていないが、小学校の低学年の時、マジックインキのケースにある「?」を見て、怖いと思った記憶があるから、それ以前のことだったろう。

記憶のがらくた

2012年3月6日 火曜日

朝、ハムトーストとスープ。
日本から撤退するTESCOのスープ。

昼、突然妙なことを思い出した。
小学二年生の時に見た夢。
近所にライオンが出没し、友達が追いかけられていた。
トラックが止まっていたので、助けてもらおうと思い、ドアをあけると、オヤジがいた。
オヤジは弁当を食べていた。
ただそれだけの夢。
何を意味しているのか全くわからないが、ライオンが怖かったことだけ強烈に覚えている。

人間の頭の中には、普段思い出すことはないけれど、何かの拍子に意識に上ってくる記憶のがらくたが一杯詰まっているのだろう。

夕方、荻窪の「二葉」でつけ麺の特盛りを食べて帰宅。
腹が落ち着いてから走る。
青梅街道を西へ。
新青梅と交差する手前でひばりヶ丘方面に右折。
ひばりヶ丘の手前の交差点を右折し、保谷方面にしばらく進んで左折。
西武池袋線の踏切を渡り、北へ走り、川越街道に出る。
そこから笹目通りに戻り南へ。
環八に合流し、四面道まで下る。
およそ28キロ。

炭水化物の補給が十分だったので、最後までへたらずに走ることができた。

自主練部屋が欲しい

2012年3月5日 月曜日

朝、家で朝食を食べず、コンビニであんパンとおにぎりを買い、仕事先で食べた。
真夏にこの方法をとると、汗をあまりかかずに済む。
体を燃やすエネルギーが空のうちに移動し、空調が効いたところでエネルギーを補給するというわけだ。
夏になるとその方法をいつも忘れ、駅までの道のりを汗まみれになって歩くことになるのだ。

夕方7時に稽古場へ。
太田達也くん稽古初参加。
『三国志』以来の共演。
挨拶をする。
「声がすこし太くなったね」
「そうですか」
「大人になったよ」
「そうですか」
などなど、叔父と甥みたいな会話だった。

たっちゃんの稽古をしている間、久未ちゃんと別のフロアで簡単に稽古する。
一つのシーンを稽古している時、他の人が稽古できるスペースがないのが痛い。

稽古場に戻り、みきちゃんに稽古場を二つ取れないか聞いてみる。
由理ちゃんが受付に確かめに行った。
どうやら次回稽古で取れるらしい。
もし自主練スペースがあれば、あれこれ考えずに繰り返し稽古ができる。
効率がいい。

11時帰宅。
トースト食べる。
明日は稽古休み。
走る予定。

朗読の会

2012年3月4日 日曜日

昼過ぎ、東武練馬へ。
ラストシーンがらみの稽古をする。
立ち位置と動きを決め、4時に早退。

神田へ移動。
駅を出て人通りの少ない道を新日本橋へ。
コンビニが閉まっていた。
千代田区ならではの光景だ。
途中、立ち食いスタンドでうどんを食べる。

5時にお江戸日本橋亭へ。
優都子ちゃんの参加する朗読サークルの発表会を鑑賞。
芹くんが会場整理をしていた。
彼もサークルに参加しているのだ。

優都子ちゃんの演目は、「雉も鳴かずば打たれまい」ということわざの元になったという民話。
かわいそうな子供の話なのだが、「かわいそう」を作り出しているもののことを考えずにはいられなかった。
朗読を楽しむためには、雑念となる思念だったと思う。
それでも彼女の声は澄んでいて、役の使い分けにメリハリがあり、語りは淀みなかった。
他の本を朗読するところを聞いてみたいと思った。
ケストナーとか。

朗読に向いているテキストを選ぶ判断基準を定めるのは何だろう。
その朗読のスタイルだろうか。
そのスタイルが受け入れられる文学作品の幅について興味がわいた。
朗読に関わったことがないから、スタイルや技術よりも、作品そのものを味わいたいと思ってしまう。
(こういうものも、朗読できるんだ)
という驚きを期待してしまう。

極端に言えば、DVDデッキの取扱説明書の、地デジTVとの接続方法の朗読をしたらどうなるだろう。
そんなもの朗読じゃない、と否定されるだろうか。

もしも自分が朗読をやり始めたら、朗読をしながら、朗読とは何だろうということを考えずにいられないと思う。
(どこまで壊せば、朗読とはいえないものになるだろう)
そんな好奇心を抱くかもしれない。

終演後、着物姿の優都子ちゃんに挨拶する。
千代紙で作った人形みたいで可愛かった。

綾香、仲澤さん、畑中君、柳瀬君と会う。
駅まで一緒に歩く。
歩きながら、今稽古しているエンゲキブの話などする。

話をしているうちに、稽古で自分はどうあるべきか、考えがまとまっていった。

9時帰宅。

瓦礫を舞う真央とキムヨナ

2012年3月3日 土曜日

朝、トーストとラーメン食べる。
箱買いした「好きやねん」は確かに美味しいが、さすがに30袋もあると飽きてくる。

昼過ぎ、ランニング。
青梅街道を西へ。
ひばりヶ丘の手前まで往復。17キロ。

夕方、着替えて渋谷へ。
六本木通りの坂を上がったところにあるライブハウスで、原マスミさんとGさんのライブを観る。

ニヒル牛マガジンというサイトで、
「何々を何々風で」
という依頼を、見事に漫画にしてくれるスハラさんとう方がいる。
彼女が列に並んでいた。
モチメに紹介され、挨拶をする。
実は、ひょんなことからお題を考えることになり、「キムヨナと浅田真央を大友克洋風」にという依頼をさせてもらったのだ。
それが、これ。

http://nekoinusuhara.jugem.jp/?eid=32

脱帽。

ライブはまずGさんが歌い、次に原さん、最後に二人でジョイント。
Gさんは声が掠れていた。
「レインコート」が聴けたのは、ただもうありがたかった。
原さんはギターも歌も絶好調だった。
知り合いらしきおっちゃんが盛んに声をかけていた。

11時帰宅。
キムチと豆腐を食べる。

邦洋邦洋邦洋洋洋

2012年3月2日 金曜日

7時半起き。
トーストを食べて仕事へ。

PHSに太一からメールが来ていた。
電池が切れており、昨日は受信できなかったようだ。
1月に『太一人』の精算会をやった時に話した一人芝居のプロットを、次回の一人芝居を書いてもらう作家さんに提案してみたいという。
使われるのかどうかはわからないが、自分ですぐにやるつもりでいたわけでもないので、問題ないと返信する。

昼、「えぞ松」で回鍋肉定食。

定時に退社し、まっすぐ稽古場へ行く。
6時半入り。
着替えて台本を読む。
稽古は、相手役がいない関係で、あまり出来ず。
実質的に、今月の前半しかまともな稽古は出来ないので、すき間時間が重要になってくる。
出番がない時の時間の使い方をうまく活用出来ないか考える。

10時半帰宅。

昨日の日記に書き忘れたこと。
朝、喫茶店の「リヨン」で、プリンスのWhen Doves Cryが流れていた。
昼過ぎ、スパゲティの「チャオ」でも、同じ曲が流れていた。
一日に2回も80年代の同じ曲を聴くのは実に珍しいことだ。

ちなみに「リヨン」で流れていたのは、アリス「チャンピオン」、プリンス「When Doves Cry」、河合奈保子「エスカレーション」、スティーブ・ウィンウッド「Roll With It」、ラッツ&スター「め組のひと」
「チャオ」で流れていたのは、デビッド・ボウイの曲、プリンス「When Doves Cry」、マドンナ「Holiday」だった。

名古屋うろうろ

2012年3月1日 木曜日

8時半にモーニングコールで起きる。
着替えてチェックアウトし、地下道入り口にある喫茶店「リヨン」へ。
あずきトーストのモーニングセットを食べる。

食べ終わり、そのまま地下街を駅に向かって歩く。
地下鉄のホームで切符を買い、路線図を頼りに名城公園まで行く。

公演沿いに歩き、名古屋城へ。
(名古屋城を拝んでおけば、名古屋に来たっていう気がするだろう)
そんな安易な気持ちで来てみたのだが、けっこう面白かった。
城の中には沢山の展示品があり、フラッシュをたかなければ写真撮影も大丈夫だった。
カメラを買ってもらったばかりの中学生みたいに、目につくものを撮りまくった。

名古屋城を出ると、すぐ近くに市役所前という地下鉄の駅があった。
名城公園駅よりもそちらの方が近かったのだ。

名古屋駅に戻り、うなぎの「イチビキ」へ。
なんと、その隣の店が、昨夜食べたラーメン屋だった。

上丼を頼む。
その上に特上丼があり、ウナギやご飯の量がさらに多かったのだが、モーニングセットを食べてからそれほど時間が経っていなかったので、今回は上丼で十分だった。
注文して15分くらいで上丼がきた。
汁物は肝吸い。
食欲をそそられる焦がし方だった。
焼き方に芸があり、そこに値段がついているのだ。

会計を済ませて店を出ると、入り口の張り紙に目がとまった。
原料価格高騰のため、3月から値上げをすると書いてあった。
今日からだ。
間が悪い。

足の裏が痛かった。
皮が分厚くなっているところが固くなっていた。
路上でPCを開き、近くにある100円ショップを探す。

線路に近いところのドラッグストアへ行く。
店内に100均コーナーがあった。
インソールを100円で買って靴の中に敷いてみると、びっくりするほど楽になった。
今まで自分は何をしていたんだろうと思った。

正午を過ぎたばかりだった。
新幹線の乗車時刻まで3時間半あったので、散歩がてら七ツ寺共同スタジオまで歩いた。
住宅地にぽつんとある印刷屋さんといった感じのたたずまいで、入り口の扉は閉まっていた。
壁に演劇のポスターが貼られていた。

大須の商店街がすぐそばにあった。
浅草の仲見世のようだった。
おもちゃ屋が2軒あった。
店頭にBB弾のピストルが売られていた。
値段は600円だった。
子供の頃は高いものに思われたが、大人になって見るとそうでもない。
BB弾のライフルも売っていた。
こちらは1200円だった。
おもちゃとはいえ、見た目は結構精巧にできていて、芝居の小道具にでも使えそうだった。
「大人買い」をする人の気持ちが少しわかったような気がした。
今の子供はこういったおもちゃで遊ぶことがあるのだろうか。
自分が小学生の時は、駄菓子屋に銀玉鉄砲というのが100円で売っていた。
ビニールの袋に詰まった玉が10円だったが、道ばたに落ちていたので、買う金がもったいなかったら拾って使えば良かった。
泥警(われわれはこう言っていた)で遊ぶ時にそれを使った。
ただの泥警よりも数段面白かった。

おもちゃ屋を出て、大須の演芸場へ。
全盛期のコント55号が無名時代のやすきよと共演したという大須の演芸場だった。
平日の昼ということもあってか、閑散としていた。

大須観音にお参りをしてから、地下鉄で名古屋に戻った。
2時半だった。
新幹線に乗るにはまだ早かった。
うなぎを食べてからまだ3時間経っていなかったが、せっかくだから昨日食べ損なったあんかけスパゲティでも食べて行こうと思い、「チャオ」に入った。
ミラカンの普通盛りを食べる。
たっぷりの野菜とソーセージが乗っていて美味しかった。

店を出る。
すぐそばのパチンコ屋が目に入った。
20年くらい前、パチンコをよくしていた。
その頃、名古屋はパチンコ王国だと言われていた。
今はどうなのだろう。
気になって入ってみた。

羽根ものだけのシマがあった。
ビックシューターやマジックカーペットの他に、知らない機種がいくつかあった。
パチンコをやめて随分経つが、今でも羽根ものならば打ってみたいという気持ちはある。
デジタルなしの、釘勝負の、アナログ台。
ああいうのが本当は、一番楽しいのだと思う。

パチンコを打つ時間はもちろんなかった。
駅に入り、新幹線のホームでビールを買い、登りのこだまを待った。
短い時間だったが、その割には名古屋観光を色々楽しめたなあと思う。

こだまに乗り、新横浜で降りる。
夕方6時前だった。
地下鉄に乗り換えて横浜に出る。
腹はまったく空いていなかった。
相鉄本多劇場へ行き、旧知の美佐穂さんが出演する舞台を観劇。
阪神大震災がモチーフとなっている作品だった。
現在と過去と、クールなノスタルジーと、女優の演技が印象的な舞台だった。

9時過ぎ終演。
湘南新宿ラインにぎりぎり間に合う時間だったので、美佐穂さんにメールをしてから駅に走る。

10時半帰宅。
ネットで、Perfumeガイシホールの書き込みなどを調べる。
二日連続で行った人によると、今日のステージも素晴らしかったらしい。
うらやましかったが、行けない人よりも自分は恵まれていたのだと思う。
そして、観に行った回こそ最高の回ではないかと、今回のライブを観て思うようになってきた。
武道館のチケット、取れるかどうかが心配。

JPNツアーガイシホール見届ける

2012年2月29日 水曜日

朝10時起き。
雪が積もっていた。
列車の運行情報を調べる。
新幹線は東京と熱海間で速度制限をしていた。

Perfumeが徳間からユニバーサルへレーベル移籍することをYahoo!で知る。
itunesのダウンロード配信も世界50カ国で始まるらしい。
今夜のガイシホールで発表すればサプライズの仕掛けとなったはずだが、そういうことをしないところがいい。

1時前に家を出る。
雪はくるぶしが埋まるほど積もっていた。
2時前に東京駅へ。
ぷらっとこだまは乗車券ではなく、旅行クーポン券という扱いだった。
片道1枚につきドリンクチケットが1枚つく。
ライブハウスのチケットみたいだ。
ライブに行くのだから丁度良い。
駅員のいる改札を通り、KIOSKでヱビスビールに引き替えた。

14時26分にこだま乗車。
二人がけシートの窓際に座る。
乗客はまばらで、隣の席は名古屋まで誰も座らなかった。

ノートPCを開き、昨日の通し稽古で考えたことをまとめる。
長い文になった。
メールにして知恵に送信する。
「長いですね」
と返事がきたのは、さらに長い続きメールを二通に分けて送る直前だった。
その後はもう返事が来なかった。

三島を過ぎると空に晴れ間が見えてきた。
東の方を見ると、御殿場や箱根あたりの山並みに厚い雲がかかっていた。
そこから東は雪で、西は晴れということだろう。

17時過ぎに名古屋着。
東海道線に乗り換え笠寺に向かう。
電車の中は、ガイシホールに向かう人々で混雑していた。
女性二人が、m
「これみんなPerfumeのコンサート(の客)じゃない?」
と話していた。

18時前に笠寺着。
改札を出て左にいくとそのまま陸橋となっていた。
線路を渡ると目の前右手奥にガイシホールが見える。
そのまま進むとスタンド席入り口前の広場に出た。
グッズ売り場が設けられていた。
中に入る前に小腹を満たそうと思い、階段を下りて1階の広場に出た。
道路際に、たこ焼き、クレープ、ポテトフライなどの屋台が出ていた。
そういうものを食べたい気分ではなかった。
ホール周辺に飲食店はなさそうだったので、駅の反対側へ探しにいくことにした。

道路を駅方面に戻ると、陸橋が線路を渡りきるあたりの階段に着いた。
駅から真っ直ぐ渡って左に曲がればその階段を降りることになり、右に曲がればガイシホールの2階に出るのだ。
階段を上って駅に戻り、反対側の階段を下りてみた。
駅前に小さいロータリーがあり、左手にコンビニがあった。
少し進むと線路と平行して大きな道があったが、道沿いに飲食店はなかった。

コンビニにイートインスペースがあったので、おにぎりとハンバーガーを買って食べた。
食べ終わって時計を見ると、6時を過ぎたところだった。

駅に戻り、もう一度陸橋を渡って、ガイシホールに戻る。
グッズ売り場近くの階段を下に降り、アリーナ入り口への列に並ぶ。

席は、アリーナやや下手の真ん中くらいの列だった。
自分の席の右側は十数人すべて女性。
Perfumeのライブに来たのは今回が5回目だが、女性客の比率は今回が最も高いのではないかと思った。
スタンドも含めた全体を見渡せば男性客も沢山おり、男女比半々というわけにはいかないだろうが、男性6に対し女性4くらいにはなっていたと思う。

7時を過ぎるとどこからともなく手拍子がわき起こり、全体に広がっていった。
今日は何分押しになるだろうと考えながら手拍子をしていると、思ったより早く客席の照明が暗くなった。
「The Opening」のイントロが流れる。
コールと拍手が鳴り響く。
今夜のライブを楽しむためのエネルギーが会場全体に充填される。
弓をゆっくり引き絞るかのような、ための時間だ。

その力が一曲目の「レーザービーム」で一気に解き放たれた。
正面からやってくる低音の衝撃波がたまらない。
見上げると何本ものレーザー光線が会場を貫いている。
そこに集まった人々を罠に捕らえたかのように見える。

続けざまに「VOICE」「エレクトロ・ワールド」「ワンルーム・ディスコ」
飛ばしまくりという表現がぴったりくる曲が続く。
「エレクトロ・ワールド」のイントロに歓声をあげるのは男性が多く、「ワンルーム・ディスコ」には女性が多かった。

MCは、名古屋は第二の故郷であるというトークで始まり、恒例の客いじりへ移行していった。
特に面白いことを喋っているわけではないのに、声を出して笑ってしまう箇所がいくつもあった。
三人が気の向くまま喋り、楽しさを与えあっているその空気が、ステージから客席に伝わる。
その波動が心地良いのだろう。

MCが終わり、アルバム『JPN』収録曲のパフォーマンスが続いた。
『IPNツアー』なので、アルバム収録曲を中心としたセットリストが組まれている。
さすがに「ポリリズム」「チョコレイト・ディスコ」が外れることはないが、「コンピューターシティ」も「マカロニ」も「Night Flight」も、今回のツアーでは選曲からもれている。
やらない曲だけで別のセットリストが余裕で組めてしまうだろう。
Perfumeの本当の恐ろしさは、そういうところじゃないかと思う。
どの曲にもその曲のファンがいて、イントロが流れれば必ず会場がどよめくのだ。

会場のノリに煽られたのか、三人の歌や踊りは、時間が経つごとにはじけてきた。
計算された振り付けを、躍動する肉体が超えていくような、全能感に似たものがあった。
ステージの上で三人はとても幸せそうにしていた。

アンコール前の「MY COLOR」は、SSAの時と同じく、曲に入る前の演出が素晴らしかった。
歌が流れるとドキッとし、すぐに途方もない幸福感がこみ上げてくる。
この感じを味わうためだけでも価値がある。

嵐のようなアンコールの後、三人が出てきた。
スクリーンに映る表情は、充実感に満ちあふれていた。

今回のライブは、どこかいつもと違っていた。
楽しさが限界を押し広げてていき、以前いたところよりも高い場所に三人を連れて行ったようなステージだった。
見ている方にも、アーチストが目の前で殻を破る瞬間に立ち会えた興奮と喜びがあった。
2時間半が本当にあっという間の出来事のように感じられた。
最後の曲「心のスポーツ」の歌声が、とても力強かった。
どういう風に歌えばいいなどと考えず、気持ちの赴くままに声を出している感じが素晴らしかった。

客席のライトがつき、惚けたような気分になるが、気を取り直して急いで出口に向かい、駅への通路を使わず下の道路を駅に向かって走った。
コンビニに行く時に使ったのと同じ階段を上がると、ホールから出てきた客はまだそれほど歩いていなかった。
下の道を走ったおかげで、ホール出口の大混雑を迂回し、一番最初に出た客の集団に紛れることが出来たようだ。

臨時停車の新快速で名古屋に戻る。
電車はライブ帰りの客ですし詰め状態だった。

名古屋駅に10時過ぎに着いた。
あんかけスパゲティでも食べようと思って店の前まで行くが、ラストオーダーが終わっていた。
仕方ないのでホテルに向かって歩く。
途中でラーメン屋を見つけたので入り、餃子とラーメンを頼む。
まずかった。

11時前にホテルに着く。
足の裏が痛かった。
部屋に入って靴下を脱ぎ、しばらく休んでから大浴場に行き温泉に入る。

部屋に戻ってビールを飲み、PCを開いて今夜のライブについての書き込みなどをチェックし、余韻に浸る。
ついでに、明日の午後3時過ぎまでに余った時間をどう使うか、名古屋のグルメ情報や観光情報などを見て、簡単に計画を立てる。

2時過ぎに電気を消す。
すごくいい気分で電気を消せたなあと思っていたら、次の瞬間うとうとしていた。

引き続き発信

2012年2月28日 火曜日

明日から名古屋行きなのだが、新幹線のぷらっとこだまを予約し忘れていた。
ネットは5日前までだったらしい。
代理店に直接行けば1日前まで受け付けているらしかったので、仕事が終わってからJTBに行った。
客は数人しかいなかったが、30分くらい待たされた。
ぷらっとこだまのチケットはまだあった。
往復で6000円近く安くなるので、馬鹿に出来ない。

夜7時半すぎに稽古場着。
前半部分の通しをする。

場面のつながり方がぎくしゃくしていることよりも、登場人物の役作りがしっかりとされていないような気がした。
自分がどういう人物なのかわからないまま、疑問を棚上げにしてとりあえず決められた動きをしているという感じ。
だから、楽しくあるべきのシーンが、見ていて辛いものになっていた。
楽しめない役者に、
「楽しんでやってください」
と言って、
「わかりました楽しみます」
というふうに行くはずはない。
そこには必ず何らかの原因がある。
各役者の抱えた疑問を解消すれば、うまくいく。
それは間違いない。
だが、すべての疑問を快刀乱麻を断つかのごとく解決できる人は、そういない。
問題なのは、それらの疑問が誰にも聞かれないまま、役者の中で燻り、本人のやる気や情熱を削いでしまうことだろう。

たぶん、思ったことをどんどん言うだけでいいのだ。
そして、誰かがじっくりそれを聞いてやればいいのだ。
「でも、それはさあ」
という風に、途中で遮るのは厳禁。
話している本人も、最後まで喋り尽くすうちに、自分の考えが整理されるという効果もある。
喋る前よりは冷静になれる。
冷静になれば、次にいける。

通しを見ながら思いついたことを、帰りの電車で知恵、真希ちゃん、由理ちゃんに話す。
駄目出しをするようになるとまずいので、こういう手もある、という言い方を心がける。

もっと色々、意見が飛び交うようになるといいが、今は自分だけでも発信をつづけるつもりだ。

言葉を発していく

2012年2月27日 月曜日

8時過ぎに家を出る。
コンビニでおにぎりとあんパンを買い、仕事先に着いてから急いで食べる。

昼、コーヒーとサンドイッチ。

夕方7時半に稽古場へ。
全体が<ものづくりしている>雰囲気で包まれるのが望ましいと思う。
そのために自分のできることとして、まず芝居の見方や考え方をどんどん言葉にして発していこうと思った。
ところかまわずそれをしていては稽古の邪魔になることもあるので、タイミングを見計らったり、言い方を考えたりして過ごした。

9時半稽古終了。
10時半過ぎ帰宅。

田中慎弥『犬と鴉』読み始める。

客演するということ

2012年2月26日 日曜日

13時半起き。
トーストと目玉焼きとスープで遅い昼食。

午後、客演する時に自分が作るものについて考える。
まず、人物だ。
そして、相手役とのやりとりによって醸される空気だ。
その空気を、芝居全体においてどのように配置し生かすかを考えるのは演出の役割と考え、その部分には触れない。
台詞を言った時に感じることや考えることは、稽古で繰り返すごとに溜まっていく。
自分の役がどういう状態にあるのかを知ってもらうため、あるいは知ってもらいたいという欲求を満たすため、時々はき出す。

役者の仕事は、台本に書かれた活字上の定にすぎない人物を、目に見え声を聞くことの出来る存在にして見る者に提示することだと思う。
<そいつが本当にそこにいる>
という感じをどれだけ強く作れるかどうかだと思う。

今回の客演では、稽古時間がほとんど取れていないので、繰り返し稽古によって空気を醸成するということが出来ていない。
一番の問題は、稽古時間の使い方だと思う。
3時間あるとして、実際に演じて動いている時間の占める割合が低い。
場面を一回やった後、出のタイミングの確認に多くの時間を取られ、話し合いの時間になってしまうためだ。
たとえば5分のシーンがあるとして、5分実際にやった後、話し合いが20分かかり、もう一度5分やってみるといった具合。
不真面目でそうなっているということであれば、事態は単純なのだが、全員真面目に取り組んでいる結果そうなっているというところが、事態をややこしくしている。
結果的に、役者個人個人の稽古不足が深刻な状態に陥っている。

これを解消するために自分ができることは何だろう。
<俺がなんとかする>
というヒロイックな発想ではなく、共にある者として、作品を作るという意味において、どういう行動をすればものづくりをしていく雰囲気が盛り上がるだろうか。

黙って見ているだけは、駄目だろう。
思ったことや考えたことは、相手に言ってやる。
<意見>という言葉の絶対量を増やす。
雰囲気を作ることよりも、芝居そのものを作る方向で行動する。
自分のシーンだけじゃなく、芝居全体に対して主体的になる。

当たり前のことだ。

そうやって一つ一つ積み上げて行けば、台本の活字に現れていない沢山のおもちゃを、場面場面から見つけていくことが出来るんじゃないかと思う。

夕方、図書館で本を借りた。
『愛妻から見た素顔の三沢光晴』
『若気の至り』

後者は郷ひろみの本。
なぜ予約したのか覚えていないが、とにかく借りた。
ぱらぱらめくってみると、全編ヒロミ・ゴーの軽口で埋め尽くされており、面白いといえば面白かったが、真面目に読もうという気が若干削がれた。

『愛妻から見た素顔の三沢光晴』は一気に読んだ。
そこに書かれているのは、亭主関白だけどどこか憎めない、普通のおじさんである三沢光晴だった。
どこか憎めない人というところは、ノアを引っ張っていく上で、非常に大きかったのではないだろうか。
奥さんは、夫が死んでからも、携帯は解約できなかったという。
葬儀が終わってしばらくして、一回だけ夫の携帯にメールをした。
「父ちゃーん」
目の前の夫の携帯に、メッセージが届いたそうだ。

夜、後頭部が激しく痛んだ。
考えすぎたためかもしれない。
アスピリンを会社に置きっぱなしにしていたので、薬で何とかすることができなかった。
布団を敷いて横になれば治るかと思ったが、痛くて眠れなかった。

何時間も横になったのに頭痛が治まらなかったので、試しにお灸を据えてみた。
あっさり治った。
プラシーボ効果かもしれないが、治ったのだから文句はない。

うまくいってないオーラ

2012年2月25日 土曜日

13時過ぎ起き。
外は小雨が降っているようだった。
ハムと卵をフライパンで焼き、トーストと一緒に食べた。
夜まで走ることなく過ごす。
色々考えたりなどする。
時間をどぶに捨てている感覚があった。
イライラが極限に達したかと思うと、何もかもどうでもよくなったり、その間を行ったり来たりしていた。

夜、インスタント麺で夕食。

少しでも景気をつけようと思い、プロレスの映像を見た。
昔のノア。
昔、といっても2003年から2005年くらいのものだ。
小橋と三沢のGHC戦と、小橋と健介のドーム戦。
前者はテレビ放送寺に見て、後者はドームへ見に行った。
映像は何度も繰り返して見たので、どこでどの技が出るのか、何となく覚えている。

三沢が亡くなってから、選手達とフロントが一枚岩になっているかというと、そうではないらしい。
むしろ、契約を解除されフリーになる選手が、ここ数年で増えている。
<うまくいってないオーラ>を感じる。

プロレス界全体がそんな感じだ。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。

だが、プロレスはまだマシなのかもしれない。
かつてプロレスにとって驚異だったK-1は、興業さえできずに存続を危ぶまれている。
隆盛をきわめたPRIDEも今はない。

もしかすると、隆盛がいけないのではないだろうか。
ほどほどの繁栄を持続させていく方が大切なのではないか。

つじつま合わせ

2012年2月24日 金曜日

コロッケ、まだ一つ余っていた。
冷蔵庫に入れていたものを温めて朝食に食べる。

昼、カップヌードルキングに触発されたかのようなサイズのカップ麺を買って食べる。

仕事を6時にあがり稽古場へ。
ラストシーン直前を稽古する。

自分の役の設定に関わってくるシーンなのだが、台本上納得の行かないところがあった。
センスとして納得がいかないのではなく、つじつまの問題があったので、演出に意見を伝えた。
ただ、つじつまが合ったから良くなるという問題ではなく、やっとスタートラインに立てるということなので、勘違いをしてはまずい。

稽古後、まっすぐ帰宅。
柿ピー補充。

創作科

2012年2月23日 木曜日

朝、一昨日買ったコロッケとメンチカツがまだ冷蔵庫に残っていた。
レンジで温めて食べる。

夕方までいつも通り仕事。

6時半、ハングリー味川で久しぶりにハンバーグカレーを食べる。

7時過ぎ、王子小劇場へ。
りほさん客演の舞台を観劇。

UFOとそれに関係する人々の年代記。
パートは飛行機黎明期、昭和四十年代、2015年前後の3つに分かれる。
りほさんは黎明期に出演。
お手伝いさんを演じていた。
役者は全編において達者だった。
特に昭和四十年代のシーンは、演技が火花を散らすようで、他のシーンと空気感が違った。

今稽古しているエンゲキブの作品に通ずるところも多くあり、参考になった。

客席に綾香、森(宏之)さん。
綾香と荻窪まで一緒に帰り、色々話す。

『アメリカ短編小説興亡史』読了。
雑誌「ニューヨーカー」のことや、大学の創作課程のことなど、知らない知識をいくつか得られた。
日本にも創作科はあるのか気になって調べてみたら、早稲田と日大にそれぞれあるらしい。
もっと増えるといい。

雨漏りを捨てるペースで

2012年2月22日 水曜日

漏洩に関わらぬ範囲で、仕事について書く。

Accessのデータベースを作り、それを管理している。
もとは別の管理者がいたが、運用開始直前の土壇場でなぜか自分が作ることになった。
フォームの体裁やテーブルはその人の設計で、VBAやクエリがらみは自分が手を入れた。
運用が軌道に乗ってから、仕組みを作り直した。
去年、それとは別にもう一つのデータベース作成を頼まれた。
期間が一ヶ月という条件だったが、完成品を作るのではなく、作りながら日々修正アップデートできるのがAccessの気軽さと強みであると担当者に話し、かなり早めに運用開始した。
というわけで、現在二つのデータベースを管理している。
最近、古い方のデータベースに、新機能をつけてくれと頼まれた。
去年の秋頃から言われていたが、担当者の忙しさや、その他政治的あれこれで、やるのかやらないのかわからないまま待機状態が続いていた。
結局やることになり、先週から取りかかっているが、非常に面倒な作業が続いて、頭を悩ましている。
簡単にいえば、エクセルからデータを取り込み、データベースと連携させ、検索やCSV出力を可能にするのだ。
それ自体は別段難しくはない。
だが、取り込み対象のデータは、もともとデータベースから出力したもので、それを表の形に組み直したものだ。
つまり、データベースから出力して、見た目を表形式にしたものを、またデータベースに入れるわけである。
人間の見やすい形というのは、コンピュータにとっては扱いづらい。
セルが結合されていたり、シートによって項目が不揃いだったりする。
人間向けの理由は、数式化できないのだ。
それでも何とか、悪戦苦闘してインポートの仕組みを作った。
そして出力のシステムを作り始めた。
ここで問題が生じた。
そのデータは月ごとにインポートするのだが、先月と全く同じ数値が沢山ある。
基本数値みたいなものだ。
ひと月で1万5千件くらいある。
毎月律儀にデータベースに取り込んでいったら、1年もすればデータが肥大し、大変なことになる。
さてどうするか。
基本数値は一度入れるだけにして、翌月も同じ数値だったら入れないことにしよう。
そして、レコードごとに、インポート初回月を登録しよう。
翌月に値が変わっていたら、別のテーブルに格納して、その月だけは例外であるという処理をしよう。
翌月にその案件のレコードがなかったら、前月で終了したと見なし、0を入れよう。
色々考えて、その仕組みを延々作っていた。
そして思った。
なぜこんなに複雑なことをしなきゃいけないのだろう?
そして、自分がここで面倒なことをしたり、考えたりしていることを、誰か知っているんだろうか?
自分が倒れてしまったら、続きは誰がやるのだろう?
新しく作った方のデータベースのメンテナンスや改修や、古い方の細かい改修も、ひっきりなしに依頼が来る。
案に煮詰まり、外の空気を吸いながらあれこれ考えをめぐらすが、事情を知らない人からさぼっているんじゃないかと思われてやしないか気になる。
かといって机に座り、延々と動作チェックを繰り返していると、時々頭が変になってくる。

と、まあ、そんな感じの数週間をこのところ過ごしていて、それに加えて芝居の稽古や本番やマラソンのトレーニングが重なり、心身がギブアップしてしまったのが昨日というわけだ。

明けて今日、なんとか具合もマシになった。
そして思った。
不満は、時々吐きだした方がいい。

というわけで、仕事についてダラダラ書いた。
すっきりしたわけではないが、読み返してみると、別に対したことではないように思えてくる。
やらないわけにはいかないのだ。
少なくとも、吐きだしたことで、誰にも言えない状態というのはある程度脱したわけだ。
解決は自分でなんとかするしかない。
不満は、雨漏りに似ていると思う。
屋根に上って穴の空いた箇所を修繕するのが一番いい。
だが、ハシゴや道具がない時だってある。
たまたま訪れた部屋がそうだった場合、出来るのは受け皿を用意することくらいだ。

受け皿に水が溜まるには、いささかの猶予がある。
溜まったら、流しに捨てに行けばいい。
音がする度に立ち上がり、数ミリリットルのそれを捨てに行く必要はない。
どの周期で捨てに行くか、機械的に決めて、あとは目の前の仕事に集中しようと思う。

夕方まで仕事。
夜は稽古。
照明の大村さんが来ていた。
台本後半部分の修正版を渡される。
冒頭からラストまで強引に通し稽古。
決まっていないところや、代役を立てなければいけないところが多く、混乱した通しとなった。
通しが終わると稽古終了時間となっていたので、自分の稽古はできなかった。

稽古後、池袋へ移動して、飲み。
つじつまの合わないところが少しずつ修正されているが、つじつま合わせが主目的になりそうな気配がある。。
作品の背景や、登場人物がなぜそこにいてそうしているのかなど、そのあたりの解説が少ない。
演出のみきちゃんは、論理的説明を苦手としているとのことだったが、役者達は説明の言葉に飢えているように思える。
役者の指示待ち状態が続くと、やばいことになる。
じゃあ役者達が自分でどんどん作っていけばいいのだが、最初のきっかけとなる言葉がまた足りない。

焼酎のビール割りというとんでもないものを1杯だけ飲んで帰る。

たぶん、役者同士でどんどん作っていくべきなのだろう。
そのために必要な言葉が足りなければ、それを埋めるという方向で、自分が何かできるかもしれない。
というより、何かやらなければいけない。

コロッケ対決

2012年2月21日 火曜日

仕事と芝居が両方とも忙しく、マラソンに向けてのトレーニング疲れもあり、さすがにバテバテにになってしまった。
すべての内蔵が重みを増し、移動を拒んでいるような感覚がある。
立ち上がると自分の胴体がズタ袋のようになり、底の方に腸や胃が弛緩したまま溜まっているようだ。
足を動かすと、それらは揺れながらついてくる。

今日あったこと。

注文していたインスタント麺が届いた。
関西だけで売られているハウスのインスタント麺「好きやねん」30袋入りひと箱。

青山南『アメリカ短編小説興亡史』読み始める。

西荻窪「とらや」のコロッケを買う。
もう一軒、南に行ったところにある「ニシジマ」のコロッケも買う。
食べ比べてみた。
「とらや」のコロッケは肉の味が濃厚。
「ニシジマ」はジャガイモがほんのり甘い。
どちらも美味しい。
西荻窪にはもう一軒、北口に「宝家」という肉屋があり、そこのコロッケも美味しい。
今日はタイミングが悪く、まだ揚げていなかった。

1980年代後半のことを調べたくなり、自分の書いた古い日記をめくってみた。
調べたいことはそれでわかった。
初めてやったアルバイトのことが書いてあった。
時給が600円で、一週間で9時間働いて、5400円もらっていた。
大金を稼いだような気になっているのが、我ながらおかしい。

好きやねんを食べてみた。
昆布と魚系出汁のあっさりしたラーメンだった。
「東京ラーメン」の範疇に入るのではないか。
どうして関西にしか売っていないのか理解に苦しむ。

『ヒミズ』が映画化された

2012年2月20日 月曜日

7時半過ぎ起き。
トーストとハム食べる。

『ヒミズ』が映画化された。
知人が観に行って、Facebookに感想などを書き込んでいた。
この漫画が連載された時のことを思い出す。
2001年だったか。
前作『グリーンヒル』がとても好きだったので、同じような作品を期待していたが、第1話を読んですぐに、この作品はギャグマンガではないとわかった。
ある意味、期待を裏切られたと言ってもいいが、期待を裏切ってくれることを期待してもいたから、不満はなかった。
それに、『稲中卓球部』の頃から、ギャグの中にシリアスな問いかけがあったりしたので、意外には感じられなかった。
ただ、その方向をどこまで突き詰めるつもりなのかわからず、不安でもあった。

結果的に『ヒミズ』は、アンチハッピーエンドの作品となった。
それほど長い話じゃないのだが、コミックスを一気に読むと、あまりの救いのなさに気分が落ち込んでしまう。
次作の『シガテラ』になると、不幸を表現するということへの徹底さは失われ、笑える場面も沢山出てくる。
ホラーやスプラッタ、もしくはギャグを、ことさら描こうとするのではなく、日常を描写し続ける結果、それらの要素すべてが入ってくるというところが、きわめてユニークだった。
それこそが<古谷実ワールド>なのではないかと思う。

つまり『ヒミズ』は、古谷実ワールドが完成する前の、過渡的な作品であるともいえる。
過渡的である故に、様々な要素を付け加えることが出来る。
『ヒミズ』が映画化された一番の理由は、そこではないかと思う。

夜、東武練馬で稽古。
相手役の久未ちゃんが来たので、稽古参加日程などを打ち合わせる。
現在、別の舞台の稽古にも参加しており、そちらの方が先にオファーを受けた関係で、来られる日が限られてしまうのだという。
条件は自分も似たようなものだ。
だが、台本を読み合わせてみると、実はそれほど台詞のやりとりが多いわけではないとわかった。

久未ちゃんの近況などを聞いてから、場面を立ってやってみる。
設定が先んじ、言葉が嘘くさくなってしまう。
こなれるまで、繰り返し稽古がしたいものだが、その時間をいつ取るかが問題だ。

10時半帰宅。
帰った途端、疲れがどっと出た。

軽く走ってから稽古

2012年2月19日 日曜日

10時半起き。
ご飯とキムチと卵食べる。

『哲学思想の50人』読了。
田中慎弥『神様のいない日本シリーズ』読み始める。

三鷹のNTT武蔵野研まで走る。
往復およそ11キロ弱。

夜、東武練馬へ。
ゲキダン◎エンゲキブの稽古参加。
自分の出番は、相手役に代役を立ててもらった。
繰り返し稽古があまり出来ないのが歯がゆい。

10時半過ぎ帰宅。

20キロが壁

2012年2月18日 土曜日

10時起き。
小さいピザトーストお二つ食べる。

すぐに眠くなり、二度寝して、3時過ぎに起きる。
塩麹をつけた豚肉を焼いて食べる。

Youtubeに、『田園に死す』初演時のダイジェスト映像がアップされていた。
見て、感動を追体験する。

地図でコースを調べ、走りに行く。
仕事や芝居の疲れがたまっていたので、30キロ走るのはやめにした。

四面道から日大通りを経て中杉通りへ。
北上し、鷺宮の踏切を渡り、目白通りを東へ。
練馬駅から豊島園方面に抜け、環八に出る。
再び目白通りに戻り、笹目通りの交差点から、富士街道を西へ。
新青梅街道と合流するより手前で左に曲がり、青梅街道に出てから荻窪方面に戻る。
25キロほどだった。

普通のペースで走ったが、やはり20キロを過ぎるとエネルギーが切れてへたった。
一人で長い距離を走るには、飴かなにかポケットに入れておいたほうがいいかもしれない。

10時、ご飯と豚肉、キムチ食べる。

『田園に死す』観劇

2012年2月17日 金曜日

昨夜、自由が丘から帰る時、駅の改札前で若い男が、膝小僧を抱えて座り込んでいた。
駅員がやって来て何か声をかけると男は、
「どうしたらいいかわかんないんすよっ!」
と言って泣き出した。
一体何があったのか。
差し伸べた片手を宙に止めたまま、中腰で固まっている駅員の姿が心に残った。
あれは、公と私の狭間に立つ人間の姿だったと思う。

朝7時半起き。
もらい物の塩麹につけた豚肉を焼いて食べる。
塩の代わりに調味料として使うと、使い道が色々ありそうだ。

昼、博多ラーメンセンターで豚骨ラーメン。
替え玉はせずライスを頼む。

夕方、下北沢へ。
ホットドッグで小腹を満たす。
7時前にザ・スズナリへ。
流山児事務所公演『田園に死す』観劇。
寺山修司の原作を天野天街が演出。
寺山ワールドの天野演出か、寺山作品の天野ワールドか、どちらにせよ楽しみだった。

冒頭、出演者がマッチをすり、ローソクに火をつけながら群唱し、舞台上を埋め尽くしていく。
舞台には映画『田園に死す』の映像が流れている。
最前列に座ったので、燐の匂いがよくわかった。

短いやりとりが何度も反復されたり、設定を変えてやり直されたりしながら、物語全体の時間は過去から現在に向かってゆっくりと進む。
筒井康隆『ダンシング・ヴァニティ』を思い出す。
双子のシーンでぐるぐる回る動きが、わけもなく楽しい。
役者さんが皆うまい。
うまいのだけど、個性を突出させるというよりは、一人一人が集まって大きな全体を形作っている感じは失われていない。
団長さんの演技がキレ良く素晴らしい。
一瞬流れるカラスの映像が素晴らしい。
活字のアニメーションが素晴らしい。
シャドー・ボクシングのシーンは、涙が出そうになった。
流山児さんが、チェ・ゲバラTシャツを着ていたのが良かった。
クライマックスの活字アニメと共に、再度登場人物の群唱。
「終幕」
の言葉と共にラストシーン。
スズナリの入り口を模した装置がある。
寺山さんが階段を上がり、劇場の中に入る。
(あ、入ってきた)
と思った瞬間、芝居が終わり、客殿がつく。

夢を見ているようだった。
2時間、足が痺れるのも忘れ、目を瞠り続けていた。
十代の頃から今までの観劇体験で、間違いなくベスト3に入る作品だった。

劇場を出ると雪が降っていた。
強烈な感動のため、頭がフラフラした。

スズナリ脇の坂道を上り、「マジックスパイス」で遅めの夕食。
豆と野菜のカレーを食べる。
辛さは「極楽」にした。
8年前に来た時は、それよりも一つ下の辛さだったと思う。

カレーはスープカレー。
辛いのだけど、赤唐辛子一辺倒の辛さではないので、おいしさもちゃんと味わうことが出来た。
ただし、汗が止まらなかった。

12時前帰宅。

『太一人』再演

2012年2月16日 木曜日

朝、トーストとソーセージ。

昼、久しぶりに「とんがらし」で、盛り合わせうどんを食べる。
営業時間が変わっていた。
これまでは夜までやっていたのだが、夕方までになったらしい。
おじさんかおばさんの具合でも悪いのだろうか。
気になった。

仕事を16時50分に早退し、自由が丘のギャラリーSIZEへ。
太一、鈴木さん、佐藤君、森さん、すでに来ていた。
「ラストの段取りで、塚ちゃん待ち」
と言われる。

最後の台詞を言って太一が去ってから、鈴木さんと佐藤君に出てきてもらい、太一を呼び入れるという段取りを簡単に打ち合わせる。
それから、ラストにかける音楽のきっかけを、森さんと合わせる。
以上で終了。

開演時間まですることはなく、席の最後列に座ってスペース全体を眺めたり、隣のパイ専門店でパイを買ったりして過ごした。

19時開場前に松本さんが来た。
開場時間を間違えたらしく、時間をつぶすために外に出て行った。

19時開場。
前回のスロコメより、若干客席が広かったが、前回よりもお客さんの入りは多かった。
立ち見のお客さんもいた。
前説をやってもらうはずの役者さんが、本番の日程を間違え、来られなくなってしまうというハプニングがあり、竹井さんが急遽前説をすることになった。

19時半開演。
佐藤君の紙芝居から始まる。
ネタは同じだったが、前回より集中して見ることが出来た。
場面が変わるタイミングに独特のスピード感があり、見ている人を飽きさせない。
Youtubeにアップしたら面白いのではないかと思った。

続く鈴木さんもネタは前回と同じだった。
年頃の娘を持つ父親がギター教室にやって来たという設定は、出オチ的でもあるなと思った。
シリーズ化して、段々ギターがうまくなり、同時に娘と先生の物語も進行していく構成にすると、1時間ものになるのではないかと思った。

休憩を挟んで、太一の一人芝居が始まった。
前回は、空腹で倒れそうになった男が、あかりに誘われて入ってくるという演出だったが、今回はジョギングをして道に迷った男が、疲れ切って入ってくるという設定になっている。
特に大きな変更ではないが、今回の方がマラソンのユニフォーム姿と台詞がマッチしていた。

太一は落ち着いていた。
中盤から、笑いという感じの芝居ではなくなるのだけど、笑いを取ろうと焦る様子が消え、どこか一点に向かって集中しているように演じ続けていた。
途中、思い切り台詞が飛び、うろたえる箇所があったにもかかわらず、すぐに持ち直したあたりが良かった。
ラストで、
「また明日、走ります」
と言って電気を消すと、そこで終わりではないのに拍手がわき起こった。
太一はそのままステージの外に出て、「太一人」の看板の明かりを消し、街へ去っていく。
客席から、去っていく太一の後ろ姿がいつまでも見えたら最高なのだが、配置的にそれは無理だった。

鈴木さんと佐藤君が電気をつけ、太一を呼び入れる。
短めに挨拶をし、今回の再演は終了となった。
太一はとても面白かった。

終演後、松本さんと少し話す。
「一人芝居だと、マグの芝居よりも、塚本さんの核にあるものが見えやすいかもしんないですね」

自由が丘近くの居酒屋で打ち上げ。
ビール1杯分だけ参加する。

森さんから、味わい堂々の浅野さんに紹介される。
どぎまぎし、ダメな営業マンみたいな自己紹介をする。

太一、鈴木さん、佐藤君に挨拶して店を出る。
太一に、なんと言葉をかけてよいのかわからなかった。
よくやった、というのも変だ。

帰りの電車で色々考える。
もう二度とやらない、という形で終わらなかったのが、何よりも嬉しかった。
だが、役者が煮詰まっている時の自分のあり方や、その他色々のことについて、今回は本当に考えさせられた。

11時半帰宅。
アップルパイを食べ、コーヒーを飲んだ。
明日から、自分の芝居と、マラソンだ。

底上げ

2012年2月15日 水曜日

朝、トースト、インゲンと卵の炒め物。
昼、VELOCEでサンドイッチ。

夕方、仕事を定時で切り上げる。
7時前に等々力へ。
『太一人』の最終稽古。
親族代表の竹井さんも見学にきた。

7時半過ぎから通し。
土曜日に通した時より良くなっていたのは、キャラクターのデフォルメに関するところだった。
全体的には、見ている人に同意を求めて呼びかけるようなしゃべり方になっていた。
語尾の「ね」が微かにしりあがりになる感じだ。
太一のしゃべり方の個性でもある。

ある種の強靱さというか、精神的タフさが12月に比べて底上げされ、話を物語っていくという部分ではぶれがなかった。
PCに気がついたところをメモし、口頭で伝え、メールでも送信する。

10時前に稽古終了。
途中まで竹井さんと一緒に帰る。
穏やかな声で優しそうに話す人だった。
親族代表結成の時の話など少し聞く。

11時半帰宅。

ある程度ためて出す

2012年2月14日 火曜日

朝、ご飯と納豆。
昼、カップうどんとあんぱん。

午後、ここ数日の忙しさと、仕事がなかなか進まないことでたまったイライラを、同僚に愚痴ることで少し解消する。
話したことで解決はしないのだが、心が軽くなり、解決しようという意欲がわく。
だからやっぱり、話した方がいいのだ。
小出し小出しにするよりも、ある程度ためてから話した方が、不満を一気に放出する快楽がある。
どの程度までためるかが、判断のしどころかもしれない。

夜、トースト、インゲンと卵の炒め物。
薄く作ったウイスキーコークを飲む。

間が出来るわけ

2012年2月13日 月曜日

7時半起き。
ご飯、納豆で朝飯。

午前中、フォームの修正作業。

昼、サンドイッチとサラダ、カップヌードルライト。

午後、修正作業の続き。
うまくいかず、煮詰まり、イライラする。

夕方、7時過ぎに東武練馬へ。
ゲキダン◎エンゲキブの稽古に参加。
演出のみきちゃんにこれまで送っていたメールが、すべて届いていなかったらしい。
PCからのメールを着信拒否する設定にしていたそうだ。

いくつかのシーンを、台本手持ちでやらせてもらう。
ラストシーンの設定に問題点があると思ったが、書き直しされるとのことだったので、それまでは様子見。

稽古後、駅前の和民へ飲みに行く。
ビールを1杯だけゆっくりと飲んだ。
知恵から、
「塚本さんは、台詞を喋る時に、独特の間がありますね」
と言われる。
「檸檬の木を眺めたり、家の様子を確認したりして出来た間だよ」
と答えると、納得したようにうなずいていた。
12時過ぎ帰宅。

距離もわからず走ると疲れる

2012年2月12日 日曜日

12時前に起きる。
トーストを3枚食べ、図書館に行く。
ハイデガー『存在と時間』1巻。
田中慎弥『神様のいない日本シリーズ』借りる。
ハイデガーについては、図書館で借りてさらっと読める代物ではないことはわかっているので、ラスボスの強さをレベル1で体験するためにシャレで借りてみた。
真ん中くらいのページをめくって読んでみたら、あまりのわからなさに気分が悪くなった。
全部読んだら死んでしまうのではないか。

2時前に走りに行く。
狛江方面に行くとだけ決めていたが、そこからどういうコースをたどるかは決めていなかった。
久我山の踏切を渡り、甲州街道を左折し、仙川を南に曲がる。
狛江方面に向かって走り、世田谷通りに出て多摩川を渡り、そこからどこに向かうか少し迷う。
世田谷通りを真っ直ぐ進むと、南武線を渡るのが面倒だ。
元の道を戻っても20キロ少しにしかならない。
多摩川沿いの道を見ると、走りやすそうだった。
走ったことのない道だが、迷うことはないだろう。

多摩川縁を上流に向かうことにした。
風が冷たかった。
視界が開けているせいか、どのくらいの距離を走ったのかわかりにくい。
Walkmanの時計を判断材料にして、何分走れば何キロというふうに距離の目安をつけた。
多摩川原橋に着いたあたりで、大体18キロ弱走っていたのだが、走っている時点ではそのことがわからない。
川沿いを15キロくらい走り続けたような気もしたし、せいぜい5キロくらいしか走っていないような気もしていた。
いずれにせよ、エネルギーが切れて、へたっていた。

橋を渡り、水分と糖分を補給して、甲州街道まで戻る。
電気通信大学のあたりだった。
そこから東へ走り、千歳烏山から北に曲がり、久我山の踏切を渡り、5時過ぎにようやく帰宅。
シャワーを浴びてから地図を調べると、走行距離はおよそ30キロ半だった。
いつもよりも疲労感が強かったのは、途中で何キロ走っているのかわからなくなったからだ。
特に川崎市の多摩川河川敷を北上している時がそうだった。
どこまで走ればいいのか不安になった。

夜、ポークビーンズを作って食べる。

OK GOのPVを、昨日に続いて見る。
どれも手間暇がかかっており、撮影に何時間かかったのだろうと思うものばかりだ。
メンバーが黙々と出演しているのが面白い。
曲も演奏も好み。

稽古仕切り直し前進

2012年2月11日 土曜日

昼、自転車で深沢の稽古場へ。
走り込んでいるおかげで、昨年12月に通った時より、自転車をこぐのが楽だった。
何遍行っても迷う稽古場だが、今日はほんの少し道を間違えただけで済んだ。
2時に稽古場着。

前回の稽古では時間がなく、太一が今回の再演でどういう「良き方向」に持って行こうとしているのかを、突き詰めて話し合うことができなかった。
場面を見て、駄目出しをしただけだった。
答案の採点をするようなあり方だったと思う。
家に帰り、ひとしきり考え、そのやり方で稽古に行くのは良くないことだと思った。
残り時間の少なさに自分が影響を受け、焦りを助長するような言葉を吐くのは、カーチェイス中に助手席でギャーギャー騒ぐようなものだ。
良くなっている部分を指摘して、自分なりに「良き部分」を増やしていく手助けをした方が生産的だ。
そう思い、先日その旨を太一にメールした。

太一は通しができるよう、稽古をしてきていた。
水曜の時点では無理だと言っていたのだが。

2時半から通しを見る。
導入部分から大分スムーズになっていた。
途中、色々な人物を演じ分けるシーンになると、出来不出来の差があったが、全体的に落ち着いた芝居になっていた。

気がついた箇所を指摘し、意見とアイディアを出し、5時に稽古終了。
前回よりも、良き方向に流れつつあると感じた。

稽古後、八幡山へ移動。
京王線ガード下の「ポんタ」という店に入る。
四人がけのテーブルと二人がけのテーブルが二つずつあり、四人がけの方にはおばちゃん三人組みと中年夫婦が座っていた。
二人がけのテーブルには老人が座っていた。
カウンター席は椅子が四つあった。
真ん中の一つに座り、チキンカツ定食を頼んだ。
少しして、店に女一人男二人のグループが入ってきた。
カウンターにいたマスターが、
「お兄さん、テーブルの方にどうぞ」
と言った。
老人の座っている隣の、二人がけテーブルに移動した。
中年夫婦の夫が馴れ馴れしい口調で、
「マスター、納豆ちょうだい」
と言った。
納豆?
そんなものが置いてあるのか。
少しして、おばちゃん三人組みが会計をするために席を立った。
同じタイミングで、買い物袋を下げた店のママさんが入ってきた。
ママは老人に声をかけた。
「…さんおひさしぶり」
老人は何事か返事をした。
ママはおばちゃん三人組みに話しかけ、その場にいない誰かのうわさ話を少しした。
おばちゃん達が店を出てから、マスターがチキンカツ定食を運んできた。
ご飯と、チキンカツと、サラダと、付け合わせのスパゲティと、味噌汁。
値段は600円。安い方だろう。
食べていると、スーツ姿の男が弁当箱を抱えて店に入ってきた。
「ごちそうさま。おいしかったよ。マスター、明日なんだけど」
男は明日頼む弁当を注文していた。
夫婦連れが会計のために席を立った。
夫がママに話しかけ、ママは伝票を計算しつつ、笑いながら応対していた。
チキンカツ定食を食べ終わり、
「ごちそうさま」
と言うと、マスターがこちらをみてにこりと笑い、
「ありがとうございました」
と言った。
親しげな笑顔だった。

常連しかいない店に入って食事をしたのだが、場違いな気分を味わうことがなかった。
いい店だった。

7時過ぎにワーサルシアターへ。
桃原君主宰の平熱43℃公演を見る。
タイトルは『真冬の夜の夢』

『真夏の夜の夢』をモチーフにしているというよりは、シェイクスピア作品から登場人物の名前と設定を借りて、お宝探しもののストーリーにはめ込んだような作品だった。
綾香がパックを演じ、上岡君が主人公グループの連れを演じていた。
松原由賀さんも出演していた。
前回よりアクション担当の役者が増え、見た目の印象がハードになっていた。
場面ごとに、笑わせることを意図しているであろう台詞や所作があった。
これが、劇を中断させていたように思う。
綾香のパックは動くが速かったが、軽やかというよりは筋肉を感じさせるような速さだった。
パックを演じることを楽しんでいるのがわかったが、役を演じることを楽しみだすと、その喜びがある種の「力み」として出てきてしまうのが、綾香の特長でもあり弱点でもあるかもしれない。
たぶん10年以上も彼女の芝居を見ているから、そんな風に考えてしまうのだろう。

終演後、松原さんに挨拶する。
パンフレットで所属が「その他」となっていたので、どういう団体かを聞いてみると、バンドであるとのことだった。
キーボードを担当しているそうだ。
知恵ちゃんが見に来ていた。
背の高い松原さんと知恵の身長をこっそり比較してみた。
知恵の方が少し高かった。

綾香、上岡君、知恵と話す。
「飲み禁止令が出ているんです」
動く芝居なので、楽日までは酒を飲むなと言われていたらしい。

知恵に、来週ゲキダン◎エンゲキブの稽古に行く旨を伝える。
稽古のことなどを少し話す。

10時過ぎ帰宅。
稽古と観劇と自転車で疲れていたが、夜中までOK GOのPVをネットで見て過ごした。