演劇と題材

 昨日は妙な安酒をオレンジジュースで割って飲み、そのまま寝入ってしまった。
 起き抜けの気持ち悪さの原因だ。
 地味に地味に気持ち悪い。

 昼、カート・ヴォネガット「ガラパゴスの箱船」読む。
 来年やろうと思っている新作と重なる部分が沢山あった。

 最近気づいたことが一つ。
 映画で出来ること、漫画で出来ること、小説で出来ること、それらは色々あるわけだが、どのジャンルもそのジャンルでしか出来ないことを備えている。
 映画でしか出来ないこと、漫画でしか出来ないこと、小説でしか出来ないこと。
 ここで、演劇にしかできないことを考えるのが演劇人であるのだが、ストップだ。焦ってはいけない。たぶんね。

 言葉を「似合う」に変えてみれば、随分探すのが楽になるのじゃないか?
 すなわち、
 演劇が似合う題材。

 こうすれば制限が取り払われ、眼前に可能性という青き平野が広がる心地がする。

 で、似合う題材を考えてみたわけだ。
 俺なりの答えは、「寓話」

 寓話:教訓や処世訓・風刺などを内容とし、動物や他の事柄に託して語られる物語。

 動物に託して語るのはイソップ物語を想起すればいい。
 が、演劇には向いていない。
 向いているのはそれ以外の部分、すなわち、「他の事柄に託して語られる物語」だろう。

 安部公房の「方舟さくら丸」などは現代の寓話だが、あれは映画でもテレビドラマでも生かせないだろう。
 演劇にしてこそ、小説にある寓話的要素を生かせるのではないか?

 寓話が導き出すものが現世に生きる者への教訓その他であるなら、新聞記事やゴシップが寓話になる現代は、ある意味で「寓話の飽和状態」であるといえよう。
 ということは、寓話の供給メディアとしての演劇が先細りになるのもわかる。
 「お呼びでない」ってことだ。

 じゃあ寓話以外、どんな表現が「似合う」だろう?
 とりあえず一つだけ見つけた。
 「術」だ。
 これだけは、生身の人間が生身の人間を前にして施さなければ効果がない。

 夕方、劇団HOTSKYの芝居を観る。
 3方向を客席で囲み、劇場そのものを夜の学校に見立てて芝居を構成していた。

 帰りに99円ショップで豆腐、パスタ、ふりかけを買う。
 夜は麻婆豆腐。

 9時過ぎに突然大雨が降り、マラソンが出来るかどうか危ぶまれたが、小一時間でやんだ。
 11時から走りに行く。
 奮発して甲州街道まで。往復8キロ。

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。