忘却力

 暑い。いつの間にか暑い。
 6月下旬の、調子こいてる感じの暑さが、7月になって訪れた梅雨寒でどこかに行ってしまったかと思いきや、雨雲の向こう側では夏がしっかりと包囲網を形成していたようだ。
 晴れ間が覗けばそれは太陽光線の一斉射撃。
 しかし地上はまだ梅雨の空気だから湿っている。
 結果として、蒸し暑いというのが今日という一日だった。

 という人達がいる。
 たとえば、解散してからのビートルズファン。
 フレディが亡くなってからのクイーンファン。
 キャンディーズの後追いファンも当然いるわけだが、宿命的に1978年4月4日の解散ショックを追体験することになる。
 これが、歴史的な出来事だっただけに、追体験とはいえ結構しんどいのだ。
 ファンサイトを見ると、後追いファンなのに解散コンサートでラストに歌った「つばさ」がいまだに聞けない人がいるらしい。
 悲しくてたまらない気持ちになるからなのだそうだ。

 自分の場合はさすがにそこまではいかない。
 一応解散をリアルタイムで知っているし。

 だが、一日モヤモヤしていた。
 鬱方向ではなく、イライラする感じに近い。
 悶々、が一番適当だろう。

 余計な体力が余っているからいけないのだ。
 そう思い、夜、西荻窪までジョギングをした。
 いつもより長め。
 なんだか映画『白蛇抄』で、お寺の後家に入った小柳ルミ子の色香に悶え狂い、真夜中のお寺の障子紙を勃起した逸物で「オラ!オラ!」と突き破っていく杉本哲太になったような気分だ。

 「忘れる力をつけるべきだ」
 とモチメに言われた。
 余計なことを覚えてい過ぎだという。

 日記をこうやってつけているのは、忘却するためなのだ。
 忘れてもいいと思えないと、忘れることはできない。
 日記につけていれば、何でもかんでも覚えているということはなくなる。
 その必要がないから。

 結局ここ数日不安定になったのは、『みごろ!たべごろ!笑いごろ!』のビデオを見て、余りにも沢山のことを一気に思い出したからなのだ。
 それはそれは大変な量で、とても書ききれないほどだ。
 いちいち昔のテレビ番組を見たくらいで頭の中が当時の記憶でパンパンになって欲しくはない。
 でも、思い出してしまう。
記憶が勝手に向こうからやってくる。
 小学校の教室で、床のどの部分が一番きれいだったか。
 未舗装の通学路で一番最初に転んだ場所。
 トラックに牽かれそうになったガソリンスタンド。
 学校帰りにお水を飲ませてもらったそば屋。
 書いても書いてもきりがないほどの量だ。
 これが再び無意識に沈んでいくまで、情緒不安定が続くかもしれない。

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