常に作っていたい

11時起き。
冷凍庫の肉でカレーライスを作って食べる。

昼過ぎ、ニヒル牛2へ行き、モチメの新作切り絵を見る。
アコヤ貝の中に、少年が眠っている。
後宮の女官を思わせる女達が、周りを囲んでいる。
少年の見る夢を祝福しているかのようだ。
微笑む少年の夢は指先に伝わり、銀色に光る美しい真珠となっていく。
「あこがれ」をモチーフにしている作品だが、「あこがれ」と「夢」は兄弟のようなものだおt思うので、こういう解釈もありかなと思う。

突然、オーナーのあるさんに、明後日に一人芝居をやらないかともちかけられ、焦る。
「無人島やれば」
とモチメに言われるが、上演時間が1時間15分もある。
必要なのは20分くらいの小品なのだ。
「知り合いでできそうな人がいるか調べてみます」
と、もごもご答える。

図書館に寄り、帰宅。
知り合いで、20分くらいの一人芝居ができる人はいるだろうか?
腕組みしつつ考えるが、明後日までにそれができるひとは、とんと思い浮かばなかった。
これが二人芝居であれば、マグでやった『1:1』のうち1本をやればいいのだが。
これも役者に声をかけて台詞を覚えて稽古する時間を考えると、明後日まではとても無理だ。

独り芝居をこれから続けるなら、20分くらいの小品を沢山作っておかないといけない。
つくづくそう思った。

夜、残りのカレー食べる。

ありものでアップルパイを作った。
来週も仕事は自宅待機継続となった。
いつ再開されるのか不安になある。
なにか作っていなければ落ち着かない。

なぜそれがアップルパイのようなお菓子類なのかというと、作り手と消費者を同時にやれるからだと思う。
ご飯のおかずなどは、作ろうと思って作るより、必要に迫られて作っている。
わざわざ作るというものではない。
限界まで手を抜いて、食べたいものの味になればいいのだ。
お菓子は違う。
買ってきた方が安い。
だから、作りたいという欲求がないと、なかなか作れない。
できたら、コーヒーを飲みながらそれを食べればいい。
自分が食べるために作るのだから、誰にも文句は言われない。
円の中に身を投じられる。
落ち着く。

セ・リーグの開幕問題で球界が揺れている。
ナベツネの論調は、災害が起きたからこそ、人々を元気づけるため、野球をするというものだ。戦後の復興と今回の震災をダブらせているのだろう。
だが、ダブらせるのだとしたら、まだ戦争は終わっていないということに気づくべきだと思う。
気づくはずはないが。

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