ロジャー・ダルトリー来日公演

夕方、有楽町の国際フォーラムへ。
ロジャー・ダルトリーのライブ。

情報を知った時は見に行くかどうか迷いがあった。
だが「TOMMY」をすべてやるということと、ピート・タウンゼンドの聴覚についてあまり良い噂を聞かないことから、もしかしたらフーのメンバーが日本でライブをするのは最後かもしれないと思い、チケットを購入した。
それに、2008年にTHE WHOとして来日した時の、マイクをぶん回すロジャーの鉄腕ぶりが目に焼き付いてもいた。
あの時ライブに行った人の多くはそれまでのロジャー評が覆ったのではないかと思う。

日本におけるフーの知名度の低さは60年代から続いている。
「フーの知名度は低い」という情報の「知名度が高い」という始末だ。

ところがゼロ年代になってから、ネット経由で演奏しているところの映像を見てファンになった人の数が急増したと思われる。
90年代後半にリリースされた「ワイト島ライブ」のビデオも、ファン拡大に貢献しただろう。
自分もゼロ年代にファンになった一人だ。

それでもストーンズに比べると知名度の低さは歴然としている。
ロックに興味のない人に話しても「誰それ?」と聞き返されることが多い。
フーでそれなのだから、ましてピートやキースに比べて「ボーカルなのに目立たない」と評されがちのロジャーが、単独で来日公演をしても、おそらくチケットは売れないだろうなあと思っていた。
だから少しでも客席を暖かく出来ればという義侠心も、チケットを買う動機になっていた。

エスカレーターを上がってロビーに入ると外国人の姿がちらほら見られた。
席は1階の真ん中くらいの列でかなり下手寄りだった。
座って会場の様子を眺める。
2階席は封鎖されていた。
6時半の時点でおよそ4割弱の入り。
ロビーに人がひしめいていたわけではなかったので、空席だらけになるのではと不安になった。
開演時間が近づくにつれ席は埋まっていき、直前になると8割ほど埋まっていた。
ぎっしり満席ではないが、格好がつく混み方だった。
通路を70代くらいの明らかにロックとは縁のなさそうな夫婦連れが歩いていた。
ご招待券で入ったのかもしれない。

7時を過ぎてから散発的な手拍子が起こる。
前方の席から歓声が聞こえた。
まだライトが当たっていない舞台にバンドメンバーが登場。
もったいつけることなく、ぞろぞろと出てきた感じ。
ロジャーの姿は暗くてよく見えなかったが、客席に背中を向けている人がそうだとわかり、思わず「ロジャー!」と叫んでしまった。

気を持たせるのではなく、純粋に音を合わせるための間がしばらくあって、おもむろに「Overture」の前奏が鳴り響く。
会場全体が拍手に包まれた。
そのどさくさに立ち上がる。
ライブが終わるまで座ってたまるかという気分だった。

「1921」まではサイモン・タウンゼンドが歌い、「Amazing Journey」からロジャーが歌い始めた。
会場のボルテージが一段階上がった。

おそらく、最初のうちは慎重だったのだと思う。
セットリスト前半は、本当にアルバム「TOMMY」をそのまま忠実にやるという感じだった。
ところがライブが始まってみれば、あちこちからロジャーの名を叫ぶ声が聞こえ、ファンは大いに盛り上がっている。
客席の熱気にあてられてか、ロジャーのマイク回しはどんどん数を増やしていった。

「Go to the Mirror!」のフレーズ、
Listening to you I get the music.
ここでロックオペラは一度目のピークに達する。
魂が高いところへどんどん上っていくような、素晴らしい高揚感を味わった。

そして「TOMMY」は後半へ。
ロジャーはかなりノってきた様子だった。
バンドの演奏は堅実でこなれていた。

「Sally Simpson」を生で聴く。
これを歌っているライブ映像はあっただろうか?
Youtubeでは見たことがない。
キース・ムーンが歌った「Tommy’s Holiday Camp」もロジャーの声で聴く。
実に楽しい雰囲気。

そして「We’re Not Gonna Take It」で、ロックオペラはフィナーレを迎える。
Listening to you I get the music.
再びそのフレーズを聴く。
リプリーズとして聴くことで、高揚感はさらに素晴らしいものになった。
TOMMYを聴くことは宗教的な体験に似ているといわれるが、キリスト教圏の人々にとってはまさに<神を見た>という感覚に近いのではなかろうか。

「TOMMY」全曲を終え、会場の雰囲気がすこしゆるんだ。
やっとロジャーが喋る。
客席は大盛り上がり。
サポートメンバーのベーシストが日本語を話すことができ、ロジャーのトークを訳してくれた。
四文字言葉に関しては、
「それは訳せません」
と言って笑いをとっていた。

ライブの後半は、一曲目がいきなり「I Can See For Miles」だった。
映像で見たことがない曲をいきなり聴けるとは思わなかった。

「Behind Blue Eyes」をやり、「Who Are You」をやり、「My Generation」をやり、「Young Man Blues」をやった。
「Young Man Blues」の最初のリフでは、会場のあちこちからうめき声に近い悲鳴がもれた。
「Baba O’Reilly」ではもちろん観客の大合唱。
ステージと観客が一体となっていた。

曲の合間にロジャーは、ピートの耳が悪いことをジェスチャー混じりで話した。
他に、バンドメンバーがジェットラグで眠れなかったことなど。
親しみのもてる話し方だった。

最後に「Blue, Red And Grey」を歌い、拍手のうちにライブは終了した。
アンコールを求める拍手を断ち切るように会場の明かりがついた。
「Won’t get fooled again」が聴きたかったけど、まあ仕方ない。
あれだけ聴いて、他に何を望む?
惚けたような気分で建物内のPRONTOに入り、ビールを飲み、軽く食事をする。

ロジャーだけしか来ないという理由でチケット購入を見合わせたTHE WHOのファンは結構いるのだと思う。
だが今日のライブは2008年の武道館と比べても遜色のないものだった。
ロジャーだけを比べるなら武道館よりも声が出ていた。
ピートがいた方が嬉しいけど、ロジャー一人だったからこそ、「TOMMY」完全再現というセットリストが組めたのだろうと思う。
歌い方も、ボーカリストとして「TOMMY」の再解釈をするかのようで、実に丁寧だった。

一人でも多くのTHE WHOファンに見に行って欲しいし、ロジャーにいい気持ちでステージをこなしていって欲しい。
ただただそう思い、ライブの興奮をそのまま文字にして、ビール片手にtwitterで発信した。

11時帰宅。
PCの電源を入れ、引き続きtwitterでロジャー日本公演の感想をつぶやき続ける。

そしてもちろん「TOMMY」を聴いた。