溝口健二

 5月は「風薫る」と形容される。
 今まで意識したことのない言葉だ。
 しかしそうなのだろうと思う。
 この季節になると草木若葉が発する呼気とでもいえるものが空気に入り交じり、明け方など深呼吸するとまるで命のエキスを吸っているような気になる。
 もちろん好きな匂いだ。
 「薫る」と書くとよそよそしい感じがするのは自分だけだろうか。

 昨晩は「ある映画監督の生涯」を観てから眠った。
 溝口健二監督のドキュメンタリーで、新藤兼人がメガホンをとっている。
 ラストで溝口監督との恋愛感情について延々と話す田中絹代は、なんとも迫力があった。
 形式はドキュメンタリーだが、あの表情や仕草、テンションを引き出すことを目的とした「映画」だとも思える。

 「昭和16年夏の敗戦」読了。
 イラク戦争と比べながら読んでしまった。
 負けるとわかっていながら戦争を押しとどめられないところに、理性を超えた日本人の精神の源があると思う。
 そこのあたりは外国人にとってわけがわからないだろうし、日本人ですら解明しえぬ領域だろう。

 夜、一昨日作っておいた豚ロースのトマト煮を食う。
 どうも気分がすっきりしない。
 理由はない。
 強いていうならば5月だからだ。