イチロー10年の孤独

 WBC決勝戦。
 日本は初回に4点を入れ、常にリードをキープしたまま試合を進めた。
 途中、6対5と一点差まで詰め寄られたものの、9回表にだめ押しの4点を入れ試合を決めた。
 日本の優勝だ。

 韓国戦に負けて準決勝進出が絶望となったのは先週の木曜日のことだ。
 金曜日にアメリカが敗戦し日本の準決勝進出が決まった。
 韓国との準決勝は日曜で、決勝は明けて火曜日の今日。
 どん底からわずか5日目の歓喜だ。

 1989年の日本シリーズで近鉄の加藤哲郎は、初戦から3連敗した巨人はロッテより弱いというニュアンスの発言をしてしまった。
 激怒した巨人ナインはその後4連勝してシリーズを制覇した。
 もし先週金曜にアメリカが勝っていれば、イチローは30年発言により、戦犯扱いされていたかもしれない。
 そうはならなかった。

 イチローはプロ1994年に、1シーズン200本安打を達成し、パリーグの首位打者に輝いた。
 翌年の95年は、2年目のジンクスをものともせず、打率と打点の二冠王に輝いた。
 96年も首位打者をとり、加えてオリックスのリーグ優勝とシリーズ制覇に大きく貢献した。
 そのあたりから我々は、イチローは過去に存在したあらゆる打者とは違った特別の存在であるという認識を持つようになった。

 今回のWBC日本チームで、誰よりも<やる気>を全面に出していたのはイチローだった。
 アメリカで5年間プレイすることで、自分が日本人であることを強く意識するようになり、それがWBC参加のモチベーションを強くしたという解釈は、ある程度は当たっていると思う。
 しかし、日曜の韓国戦や今日のキューバ戦で、勝ってはしゃぐイチローの姿を見て思った。
 彼は、10年間くらいずっと孤独だったんじゃないか?

 日本にいた時に在籍していたオリックスは、1996年を最後に優勝から遠ざかっている。
 2001年に移籍したマリナーズは、その年こそプレーオフ進出を決めたものの、その後は優勝争いに絡んでいない。
 プロ野球選手が望んでやまないものは、チームの勝利であり優勝である。
 あの落合でさえ、1988年に中日が優勝した時は、チームプレイに徹し、その年の打率は3割以下だった。
 2003年に阪神が優勝した時、金本の成績は優勝できなかった翌年より悪かったが、あの年のアニキの格好良さは野球ファンの目に今でも焼き付いている。
 自分のチームが優勝争いに関わっている時に、己のタイトル獲得だけにこだわる選手はいないということだ。

 1994年以来、イチローの打率は3割を切ったことがない。
 日本での首位打者は7回。メジャーで2回。
 前人未踏、空前絶後、驚天動地の記録だと思う。
 だが1996年以来、所属するチームで優勝を経験したことはなかった。
 素晴らしい記録は手に入れたが、野球人が最も欲しがるチームの優勝だけは手に入れられなかった。
 せめてお客さんが喜ぶためにと、ヒットや盗塁を量産するのは、たった一人で野球をやっているにも等しい。
 それは、途方もなく孤独な作業だろう。

 WBCで優勝を目指すということは、イチローにとって原点回帰だったのだろう。
 野球の最大の喜びは、チームで勝つということ。
 だから、ことさら己を鼓舞するような発言を繰り返し、イチローはクールであると思っていた周囲を驚かせた。

 原点回帰。
 ひょっとしてそれは、愛工大明電野球部の雰囲気かもしれない。
 一言でいえば、体育会的雰囲気だ。
 以前、松井と対談した時も思ったが、イチローが後輩と話す時の口調は野球部の先輩そのもので、そこにはクールさなどみじんもなかった。

 今回のWBCでイチローは、そんな体育会系的雰囲気に包まれながら、仲間と共に勝利を得る喜びを得たかったのだろう。
 イチローはチームリーダーの役割を自ら任じていた、それは間違いない。
 だが、チームメイトを啓蒙するためでは決してない。
 勝利を共有するためにそこにいた。

 そしてリーダー的言動は、結果的に他の選手を守ってもいた。
 準決勝進出出来なかったとしても責められるのはイチローで、松中や西岡を責める者はいなかったろう。
 リーダーの条件の一つは、そうしたリスクをさりげなく負うことだ。
 イチローは確かにリーダーだった。

 しかし、アメリカの敗戦からは、イチローのもって生まれた強運を感じる。
 彼は土壇場で加藤哲郎にならずに済んだ。
 そして伝説はまだまだ続く。

 インタビューで一番感銘を受けたのは次のやり取り。
 キューバ戦9回表、イチローはだめ押しのタイムリーを打った。
 そのことを記者にインタビューされ、
 「それはまあ、(どうでも)いいんです」
 と答えたこと。
 その答えには、野球人の思いが凝縮されている。

コメント

  1. カワハラ より:

    結局試合は一回も見る事無く終わってしまったんですが、何度もイチローのインタビューなどを見てました。

    イチローはずっと孤独だった。
    すっごく感じました。

    ずっと野球という団体競技にいたはずなのに、初めて団体競技をやった喜びを知った子供のような印象です。

  2. ドカ山 より:

    >カワハラさん

    逆に言えば、孤独ゆえに技術が研ぎ澄まされていったんじゃないかな。
    たとえばオリックスじゃなくて、西武やダイエーにいたら。
    孤独じゃなかったかもしれないけど、首位打者とか200本安打とか、そういう記録とは無縁だったかもしれない。
    無縁だったらメジャーリーグに行ってなかったかもしれない。
    WBCにも出てなかったかもしれない。

  3. 朱色会 より:

    エイジアのBaseBall

    本日は、一昨日行われたWBC 2006 セミファイナルについてTV観戦記を上梓し

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